中国共産党が、なぜ他国との軋轢を引き起こす強引な領土拡張に邁進するのか?

 なぜ、なんでも一番になろうとするのか?

 

 中国国民は「すごいもの」が大好きだ。世界中の人々の耳目を集め、視聴者を圧倒すれば「最高の価値」であるかのようにもてはやす。

 映画のカンフーものでも「凄いこと」が主題になっている。

 「中国人は凄い」という自己陶酔に浸りたい嗜好がありありと見える。



 中国人の心を形作ってきたものは、「凄さ」なのだ。

 秦の始皇帝が作った万里の長城・馳道は凄い。飢饉の規模も凄い。蝗害の規模も凄い。大躍進や文革で、殺されていった人々の数も凄い。

 中国人は、生まれたときから「すごいもの」に晒され、見慣れてきた。「すごいもの」がないと納得できないのだ。



 習近平が、「一帯一路」や「南水北調」、「世界一のダム」にこだわり、その弊害が警告されても、一向にやめず、無理矢理実現しようとしている理由は何か?

 それは、始皇帝の「万里の長城・馳道」と同じように「自分が作らせた、自分は凄い」という恍惚に浸りたいからに他ならない。



 習近平世代は、大躍進・文革で年少・青春期・青年期を過ごしたので、世界を学ぶ機会がひどく少なかった。

 彼が幼少時から読んだ書物は、中国の家庭なら必ずある三国志、水滸伝、金瓶梅と相場が決まっている。

 https://www.toho-shoten.co.jp/toho/readers-ranking.html



 中国人が大人になるまでに読む本の大半で、その主題は「凄さ」なのだ。

 だから、中国共産党指導者たちは、何をおいても「凄いこと」をやりたがる。それは論理的整合性や地球社会における協調、そして持続可能な未来とは無関係である。

 国が崩壊することと、凄いことをやることと天秤にかければ後者が勝るのが中国人なのだ。



 つまり、これが「一帯一路」事業の本質であると考えてよい。

 なお、一帯一路には我々の知らない、報道されない恐ろしい野望が含まれているといわれる。それは「中国による世界統一」である。

 1990年代に、李鵬が計画した中国領土拡大計画に沿って、日本列島に対して第一列島線、第二列島線が定められた。

 つまり、「この範囲は中国のもの」と内心決めているのだ。

  https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC%E4%B8%80%E5%88%97%E5%B3%B6%E7%B7%9A

 

 現在では、櫻井よしこなどが公開していた、中国領土拡張計画についてデマであると指摘されているが、内容は、私が1990年代に確認したものと同じだ。

 http://redfox2667.blog111.fc2.com/blog-entry-238.html



 以下の李鵬発現は、すでに私が25年以上前に確認して、驚かされたものだ。

 https://plaza.rakuten.co.jp/4chan52/diary/202003110000/



 李鵬発言

1994 年、 中国の李鵬首相が、 オーストラリアのジョン・ハワード首相に向かって

「いまの日本の繁栄は一時的なものであだ花です。 その繁栄を創ってきた世代の日本人がもうすぐこの世からいなくなりますから、20 年もしたら国として存在していないのではないでしょうか。 中国か韓国、 あるいは朝鮮の属国にでもなっているかもしれません」

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%8E%E9%B5%AC



 このように、中国人は、最初表向きは慇懃無礼ながら、内心では、「自分の凄さを見せつけてやる」という敵愾心に満ちている。

 こうした精神性を土台にしなければ、香港・台湾問題、尖閣諸島問題、南東シナ海問題などが起きる道理がない。

 まるで問答無用のヤクザのやり口である。



 もちろん、こうした思想性は、儒教の序列主義からの反映であると考えることもできる。

 儒教は人々に序列をつけ、差別社会を作り出すことで民衆同士を対立させ、国家権力を維持してきた。その序列を定める基準こそが「凄さ」なのだ。

 中国では凄くないと舐められる。



 中国にとって不幸なのは、習近平の世代が、青少年期に国際的な交流から「世界を知る」機会を得られなかったことである。

 中国共産党指導部の頭の中身は、自分を歴史上の中国の大物たち、始皇帝・項羽・劉邦・チンギスハンなどに重ね合わせて、「自分たちが、どんなに凄いことをするか」というビジョンしかなく、人間社会の調和という概念を理解できないのだ。



 こういう事情だから、中国共産党と、欧米世界観との激突は避けられない。

 尖閣・スプラトリー諸島・フィリピン・マレーシア・ベトナム・インド・ブータン・ロシアと世界中をまとめて侵略している中国が、世界を相手に軍事的勝利を収められるかといえば、それは無理であることは誰にでも分かる。

 しかし、軍事衝突はひとたび戦術核の火を吹けば、もはや誰にも止めることができない。

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E6%B2%99%E8%AB%B8%E5%B3%B6%E6%B5%B7%E5%9F%9F%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E4%B8%AD%E8%8F%AF%E4%BA%BA%E6%B0%91%E5%85%B1%E5%92%8C%E5%9B%BD%E3%81%AE%E4%BA%BA%E5%B7%A5%E5%B3%B6%E5%BB%BA%E8%A8%AD



 まともな世界観を教育された国家指導者なら、こんな馬鹿げたことをする者はいないが、中国では価値観が違うのだ。

 彼らは、「自分たちが世界を支配する」という「凄い夢」を実現できないなら、国ぐるみ核ミサイルで心中した方がマシなのだ。

 だから、核兵器が使われれば、情け容赦なく、日本列島の米軍基地にも核ミサイルが撃ち込まれる。



 日本で最初に中国からミサイルが飛んでくるのはどこか?

 それは、おそらく那覇基地よりも先に、相模原のキャンプ座間だろう。

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%97%E5%BA%A7%E9%96%93



 余談だが、この近辺で、ヤマユリ園事件や、9名首切事件など超凶悪事件が続く理由を考えると、座間に置かれた米陸軍司令部が使っている電磁波が影響を及ぼしているのではないかと私は疑っている。

 司令部が移転したとの報道もあるが、私は擬装用フェイクニュースと考えている。もし移転するのなら、とっくに引き渡されているはずだが、そんな様子は見えないからだ。



 その他、三沢基地・岩国基地・那覇基地・横田基地など、基幹的在日米軍基地は初期段階の標的である。周辺都市も含めて、ほぼ助からない可能性があるので、中国との軍事衝突が勃発したなら、すぐに米軍基地から遠く離れた山中に避難すべきだ。

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%A8%E6%97%A5%E7%B1%B3%E8%BB%8D



 私の予想は、戦争の初期段階で、EMP爆弾が使われ、マイコン機器や発送電設備は取り返しのつかないダメージを受ける。

 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-411.html



 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-764.html



 それから本格的な核戦争が始まるが、首都圏が無事にすむとは、とても思えない。

 こうした予想は、ちょうど戦前の国威発揚精神主義時代の日本軍と同じである。

 乃木希典は203高地で、ほとんど戦略らしい戦略もないまま、無闇に若者たちを旅順要塞火器に晒して数千人の大切な命を失わせた。

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%85%E9%A0%86%E6%94%BB%E5%9B%B2%E6%88%A6



 第二次大戦中、もっとも卑劣な司令官といわれた牟田口廉也は、数十万の優秀な日本兵の多くを、精神主義だけの愚かな戦術で死なせた。

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%AB%E4%BD%9C%E6%88%A6



 同じように、朝鮮戦争が激戦に突入した1950年前後、毛沢東の指示による中国人民解放軍がアメリカ軍と戦争を行ったが、米軍の凄まじい重火器弾幕に、ひたすら盲目的に突撃して倒れ、後続の兵士は、屍の川を渡ったとの中国らしい逸話がある。

 https://news.yahoo.co.jp/byline/endohomare/20180730-00091168/



 ここで書きたかったことは、中国共産党には「命を大切にする、人々の幸福を求める」という価値観はない。それは、中国史のどの局面にもない。

 中国では人の命が安いのだ。だから、自衛隊や米軍が、どれほど優秀であっても「屍の川を渡る」軍隊が押し寄せてきたとき、何ができるのか、考える必要がある。



 中国には、古代から「械闘」という伝統・習慣があった。

 一定の生産力しかない地域に人が増えてくると飽和が始まる。すると、部族どうしが皆殺し戦争を始めるのだ。だから、古代から使われる客家の集合住宅は、完全な要塞の機能を持っている。械闘に備えなければならないからだ。

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%9F%E5%AE%A2%E6%A2%B0%E9%97%98#:~:text=%E5%9C%9F%E5%AE%A2%E6%A2%B0%E9%97%98%EF%BC%88%E3%81%A8%E3%81%8B%E3%81%8F,%E6%B8%85%E6%9C%AB%E3%81%AB%E7%99%BA%E7%94%9F%E3%81%97%E3%81%9F%E3%80%82



 この械闘が、中国人の精神性の根底に強固に存在しているのだ。

 ちょうど、2500年前、呉越戦争に敗北した呉民族が九州に上陸し、邪馬台国などを作ったが、(神武天皇は呉の太伯の2番目の弟である季歴との記述が残されている)、彼ら弥生人たちは、新たな国を探して瀬戸内海を大阪に向けて下った。

 このとき広島・岡山・愛媛などに多数の子孫地ができたが、やはり械闘の習慣が持ち込まれたので、すべて客家円楼と同様の砦=要塞の機能を持っている。



 つまり、日本人のうち弥生人系の人々にも、中国人の伝統・習慣が持ち込まれ、儒教や械闘が残っているために、無闇に戦争に憧れる人々がいるわけだ。

 だから乃木希典の超無謀な突撃自爆作戦が、太平洋戦争にも引き継がれた。

 

 戦争は起きる。戦争は、人口が増えすぎて、生産力が追いつかないようになると、いつの時代でも必ず起きる。中国の場合、それが極端であるとともに、人々の価値観に刷り込まれている。

 それは、愛とか調和とかの概念の反対側にある、憎悪や強欲を引き出してゆく。

 だが、中国では、土地の生産力が限られてきたから、戦って、殺し合い、人口を減らさなければ、全員が飢えて共倒れになったという事情があったのだ。



 今、戦後70年以上を経て、再び、そのような飽和的状況に達していると理解する必要がある。

 中国周辺諸国は、すべて侵略の嵐の洗礼を受けてきたのだ。

 おどろおどろしい、凄い時代が始まった!