石井四郎とは731部隊(659部隊を含む)の創始者であり最高司令官である。

 1892年(明治25年)に出生、1959年に新宿区若松町で死亡。

 1920年、京大医学部卒業。

 出身地は、千葉県山武郡芝山町加茂で、京成本線終点、芝山千代田駅の東側に位置する。

  https://www.google.com/search?newwindow=1&safe=off&tbm=lcl&sxsrf=ALeKk0049ZzQRiMD5oHqSHZNB2naGUTUSQ%3A1613963107418&ei=Yx8zYNT-GMr7-QbmnaSYDw&q=%E8%8A%9D%E5%B1%B1%E7%94%BA+%E5%8A%A0%E8%8C%82&oq=%E8%8A%9D%E5%B1%B1%E7%94%BA+%E5%8A%A0%E8%8C%82&gs_l=psy-ab.12...0.0.0.85732.0.0.0.0.0.0.0.0..0.0....0...1c..64.psy-ab..0.0.0....0.9kADEE8WK9w



 なぜ出生地を引用したかというと、ここが成田空港南東で、私が半世紀前、三里塚芝山、空港反対同盟の戦いに馳せ参じた土地でもあるからだ。

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E9%87%8C%E5%A1%9A%E9%97%98%E4%BA%89



 https://731butaiten.web.fc2.com/sannriduka31.pdf



 当時の私は、まだ高校生で、すでに学校へは行かなくなっていたが、ベ平連のデモや三里塚闘争デモには積極的に参加していた。

 うろ覚えだが、反対同盟行動隊長は石井さんで、やはり加茂地区の人だったと思う。



 実は、石井四郎が、関東軍の命を受けて、細菌兵器開発のための731部隊を創設したとき、最初のメンバーの大半を、自分の郷里である芝山町加茂から引っ張ったのだ。医師は、自分の出身大学である京大から招き寄せている。



 731部隊の歴史的な悪行は、ナチスのホローコストや、中国共産党の臓器殺人移植に匹敵する人間に対する巨大犯罪として知られるようになった。

 https://ja.wikipedia.org/wiki/731%E9%83%A8%E9%9A%8A



 上のウィキリンクは、最近改変されて、当時の残虐行為に関する資料が削除されてしまったので、歴史改竄を目的とした保守系の関係者が隠蔽を図ったと考えられる。

 また、ネット上で731部隊の悪行を系統的に証拠立てて編集したサイトも、検索不能にされている。

 http://avic.doc-net.or.jp/syuppann/120909panel-syu.pdf



 私が、たくさん書いた731部隊関係のブログも、ほぼ検索不能にされてしまっている。

 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-769.html



 政府関係者が、どれほど731部隊の歴史を闇に葬り去りたいのか、よく分かるが、グーグルによる検索隠蔽は激しく糾弾されなければならない。

 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/74905



https://books.google.co.jp/books?id=b_r0CwAAQBAJ&pg=PT33&lpg=PT33&dq=731%E9%83%A8%E9%9A%8A&source=bl&ots=-1lKMk_glm&sig=ACfU3U3FgSuGHBICh_gSum9ovrtkHuJYyA&hl=ja&sa=X&ved=2ahUKEwiO2Nj5x_zuAhWPGaYKHYZUCQg4PBDoATAJegQIDBAD#v=onepage&q=731%E9%83%A8%E9%9A%8A&f=false



 石井四郎は、超A級戦争犯罪者にもかかわらず、米軍と人体実験資料を取引した結果、訴追されずに帰国し、新宿区若松町で旅館(名が公開されていない)を経営、67歳で死亡している。なぜ、若松町なのか? それは地図を見れば一目瞭然だ。



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 関東軍防疫給水部の日本本部は、現在の厚労省感染研が置かれている新宿区戸山の国立感染研にあった。石井の帰国後の家があったのは若松町電停前で約500メートルしか離れていない。徒歩5分ほどだ。

 【若松町という停留所で降りると、向いに小鳥屋がある。その横を真っすぐ入ると、やがて「トイチ」と呼んでいた東京第一陸軍病院(国際医療研究センター)につき当たる。病院の左側の塀にそってしばらく歩き、左に折れた先に、隊長のお宅があった】



 つまり、石井四郎は、帰国後も731部隊に関係していたと考えられる。そして、その国立感染研=旧731部隊本部で何が起きていたのか?



 https://jinkotsu731.web.fc2.com/



 石井が死んだのが1959年で、拷問を受けて損傷した大量の人骨が発見されたのが1989年であるから、30年間の空白があるものの、厚生省戸山感染研のメンバーの大半が、731部隊帰還者の人脈である。

 731部隊帰還者の大半が厚生省医官など政府系の医学関係者となり、「六大学医学部教授は731部隊出身者でなければなれない」とまで言われていた。



 1989年、100体を超える拷問と人体実験を受けたと思われる損傷遺体が発見されたとき、厚生省は調査を約束したが、関係者は誰一人口を割らなかった。

 実は、石井は、731部隊が敗戦で解散し、日本に引き揚げるとき、関係者の一人一人に口止めの恫喝を行っていた。

 「もしも、日本に帰国して、731部隊のことを少しでも口にしたら、私が制裁する」

 と言われたと関係者が証言している。

 石井が、帰国後、故意に731部隊本部近くに居を構えた理由は、それかもしれない。



 いずれにせよ、戸山の感染研で出土した、恐ろしい遺骨群の謎は、未だに解明されていないが、これが731部隊による「国内(戸山本部)における在日朝鮮・中国人に対する人体実験・拷問」による死者のものであることは間違いないであろう。

 もしかしたら、戦後、石井が帰国後に行われた可能性さえあるのではないか?戸山に拘留されていた生体実験捕虜を、戦後に殺戮したのではないか? という疑問さえ湧くのだ。



 石井が、何のために若松町に居を構え、旅館を経営したのかも、おおむね想像がつく。つまり、関係者を口止めし、監視するためにちがいない。



 今回は、石井四郎、731部隊の悪行を糾弾することが目的ではなく、石井細菌兵器開発を支えた京大医学部について触れたい。

 731部隊には、京大医学部から多数の関係者が参加し、帰国後、再び厚生省や京大で研究者となっている。

 

 731部隊関係の文献は、戦後も長らく非公開にされていたが、2001年度に制定された情報公開法で、731部隊関連の政府保有情報が明らかになった。

 この中に、731部隊軍医の学位論文に「猿にペスト菌を植え付けたら頭痛を訴えた」という内容が書かれていたことから、関係者が、「これは人体実験を意味するもの」と判断し、告発した。

 https://www.sankei.com/west/news/180525/wst1805250002-n1.html



 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-1043.html



 なぜ、京大側が、この事件を隠蔽しようとしているのか? その理由は、もしも京大と731部隊の関係が明るみになると、戦後帰還して医学部教授を歴任した人物の過去が暴かれ、京大がどれほど戦争に協力していたかが暴露されるからということのようだ。



  https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/155149

【京大医学部講師から731部隊に派遣され凍傷研究を行い、戦後は京都府立医科大学長になった吉村寿人によると、「京大の助教授・講師級の若い者が8名(病理学3、微生物学2、生理学2、医動物学1)が派遣されることになった」(「喜寿回顧」より)。

 戦後、京大出身の元731部隊員たちは医学界に戻り、金沢大医学部長、京大医学部長などを務めた。学者以外にも京大出身者はおり、石井軍医中将の片腕といわれた増田知貞軍医大佐も、戦後ミドリ十字を設立した内藤良一軍医中佐も京大医学部卒。

 731部隊が行った実験の記録は、米国が占領期に行った尋問調書や持ち帰ったペスト菌、炭疽菌などを注射するなどした解剖記録(ヒル・レポートなど)が米国で機密解除されており、米国立図書館で閲覧できる。のちに京大医学部長を務めた医学者の「実験のため使用された500体を解剖した」との調書も含まれている。】



http://www.kyoto-up.org/archives/2952



  霊長類学者でありながら、関東軍731部隊軍医将校の「さる実験(人体実験)」に関する学位論文の検証を一貫して拒んできた山極京大総長、山極壽一京大総長の虚像と実像(その2)

 https://hiroharablog.hatenablog.com/entry/20200702/1593633210



 霊長類研究といえば京大の十八番、あの本多勝一も関係していたが、一番よく知られているのが進化論の今西錦司だ。

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%8A%E8%A5%BF%E9%8C%A6%E5%8F%B8



 登山の大先達である今西の悪口を言いたくはないが、実は今西錦司も731部隊と関係があった証拠が残っている。

  https://www.youtube.com/watch?v=EXd7MkrChdc&ab_channel=%E9%BB%84%E7%A6%8F%E4%BC%A0



 今西は、戸田正三と二人三脚で京大を牽引してきたが、その戸田が石井四郎から莫大な研究資金を受け取っていたことが暴露されたのだ。

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%B8%E7%94%B0%E6%AD%A3%E4%B8%89



 むしろ、石井四郎は、戸田正三人脈を731部隊で多用した可能性が強い。

 以下が731部隊の名簿だ。京大から、どれほど多数の研究者が入ったか分かる。

 http://eritokyo.jp/independent/aoyama-731orgf2.htm



 京大は、小出裕章ら反原発グループを輩出してはいるが、同時に、原発推進組も多い。だが戦前は、明らかに軍部に対する協力姿勢が鮮明だった。

 京大と731部隊の関係は、あまり表に出ていないが、戸田正三を通して想像を絶するほど強い結びつきがあった可能性がある。

 石井四郎は、郷土の加茂部落から多数の関係者を参加させたと同時に、母校の京大からも、731部隊に多数勧誘しているのが間違いないところだ。