安田純平さんへの「自己責任論」バッシングが止まらない。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181102-00000069-asahi-int
だが、これはひどい欺瞞の屁理屈なのだ。何が欺瞞なのか?
安田さんらジャーナリストが、危険地帯に自己責任バッシングをおもんばかって行かなくなれば、日本のジャーナリズムは死滅してしまう。
ジャーナリズムというのは、一般人が敬遠して立ち入らない危険地帯に、危険を冒して入り込み、何が行われているのか、世界に報道するというのが使命なのであって、弾の飛んでこない安全地帯で、あれこれ屁理屈をこねて報道しても、ジャーナリズムは成立しないのである。
かつて、岡村昭彦や本多勝一、沢田教一らが、「究極の陰惨な泥沼戦争」ともいわれたベトナム戦争のなかに単身入り込んで、たくさんの報道を発信し、これによって世界に大きなインパクトを与えた情報を伝え、「アメリカ軍の侵略と暴虐を許すな」との世界的な運動を巻き起こすことができた。
これこそジャーナリズムの神髄であって、危険地帯に行くのは自己責任だからと、行って迫害を被った記者をバッシングするなど、まさに人類の恥というしかなく、どこまで臆病者なんだと驚嘆するしかないほど、人間が腐りきっている。
現地に行かずして何を報道しろというのか?
こんなバッシングをしているのは、大方が、安部信者の極右ネトウヨが多い。この連中は、基本的に極度の臆病者ばかりである。
安倍政権=自民党を支持することだけでも、よほどの臆病者でなければできないことだ。要は、権力の奴隷としての地位に甘んじ、自分のおかれた閉塞的状況を打開できず、そのフラストレーションを、勇気ある他人をバッシングすることで晴らしているにすぎない。
要するに、奴隷でいる自分を正当化したいだけだ。自由な他人が羨ましてく仕方ない。すべての人間を、自分がつながれているのと同じ鎖につないで、自分だけは、彼らを監督する立場を得て、権力からおこぼれをもらいたいということだ。
だから、自由で価値ある人生を送っている他人が憎らしくて仕方なく、バッシングせずにはいられない。
私に対しても、同じ意味で不満があるのか、毎日大量の嫌がらせ文を送りつけてくるのだが、本気で怒ってるのなら、私の家に直接来て、暴力的に襲撃すればいい話で、私が逆の立場なら必ずやるだろう。
なんで、私に対する直接襲撃をやらないかといえば、人間性が卑劣で臆病だからで、身元をこそこそ隠し、絶対に本名や自分の住所がばれないように、卑怯そのもの、卑劣そのものの手口で、私をバッシングし続けている。
もちろん、奴らの本名住所が分かれば、私は超短気な人間であるから、すぐ飛んでいって、たまりに溜まった憎悪感情を晴らしにいくわけだが……。
(最近、私に「働け、引きこもり老人」とバッシングし続けている馬鹿が、権力奴隷の郵便局員であると判明した)
この連中も、自分の身元がばれるはずがないとタカをくくって嫌がらせを繰り返しているのだが、これまでネットの嫌がらせマニアで身元が最後までばれなかった者など1人もいない。いつかは必ずばれる。そのときは、巨大な金利をつけて長年のバッシングのお返しをしてやりたい。(まあ、カネをもらって職業的に嫌がらせしているわけだが)
もう一度、本題に立ち返ると、私の若い頃は、ジャーナリストに限らず、命がけで危険地帯に飛び込んでゆく無謀な若者が無数にいた。
だが、彼らの勇気ある行動が、たくさんの果実を産んできたのも事実であり、日本社会は、彼らを高く評価してきたからこそ、世界的に賞賛される、多くの価値を生み出すことができた。
例えば、冒険登山だ。私は、若い頃、山岳同志会の小西政継や植村直己らに強烈に憧れ、もちろん彼らほどの凄まじい行動はできなかったが、厳冬期の単独中央アルプス、南アルプス大縦走はよく行った。また単独で、アルプスの沢登りに何十回も入った。
こうした意欲は、小西や植村らの、もの凄い冒険に触発されてのものであり、この種の冒険が、自分自身の人生にとっても巨大な利益をもたらしたと実感している。
もし、戦後日本に、山岳同志会を初めとする冒険家たちがいなかったなら、戦後の繁栄も、また矮小なものになっていたと私は思う。
人は、他人の凄い冒険を見て、奮い立つものであり、人間と社会には、冒険家が必要なのだ。命がけの冒険のない社会に、生き生きとした人間解放の息吹も、究極の真理も存在しないのである。
私の同世代や、少し上の冒険家世代は、生き残っている者が数えるほどしかいないほど、凄まじい冒険に命を落としていったが、例えば、加藤保男の厳冬期エベレスト登頂や、山岳同志会と植村らのグランドジョラス北壁厳冬期登攀など、今でも実現する者がいないほどの冒険を次々と行い、参加者で生き残っている者はいないと思うが、こうした究極の人間存在における限界の追求が、日本社会にどれほど大きなインパクトを与え、活性化をもたらしてきたかを考えれば、彼らの死ですら、自己責任ではなく、自己犠牲と呼ぶものであったと思う。
死など恐れて、まともな仕事ができるか!
私も、若い頃、そうした薫陶を受けてきたから、放射能の専門家として危険性を百も承知で、事故後の福島汚染地に八回入ってサンプルを採取し、自腹で測定器を買い、真実の情報を社会に伝えようとしたのである。
今、原子力産業や極右連中を真っ向から敵に回して、いつ殺されるか、などと思いながら不退転で彼らを糾弾している理由も、若い頃、小西らから受けた勇気の薫陶であった。
金儲けなどに何の価値もない。権力や大企業の家畜として、同じ立場の奴隷をバッシングするだけの愚劣極まりない人生を送っている者は気の毒だ。
私はカネがないが、いつもカネに困ると、どこからかカネが飛んできて、反権力活動を続けることができている。
カネがなくなれば、餓死だって覚悟している。だが、実際には、そうならない。なくなれば、なくなったまでで空腹を抱えていればいい。
こんな覚悟も、若い頃の、冒険家たちの巨大な薫陶から学び、得たものなのである。
自己責任なる愚劣なバッシングを受けている安田純平こそ、まさに冒険家の正統な系譜を受け継ぐものである。
日本から安田純平のような勇者がいなくなれば、それが日本社会死滅の日である。
我々は、小西政継・植村直己・安田純平らを引く次ぐ、勇者を必要としているのである。冒険家の無謀なくして、未来は存在しないのである。
安田を自己責任とバッシングするような馬鹿ばかりが増えれば、日本社会は、まさしく奴隷社会に変貌し、「奴隷は、隣でに鎖につながれている者の鎖を、ますます強くしようとする」の格言どおり、人間同士が互いに監視しあい、奴隷としても身分を逸脱しないように弾圧しあうような汚れた卑劣社会がやってくるのである。
人間に必要なものは、勇気である。バッシングを繰り返すゴミどもは、襲撃するほどの勇気もない。陰に隠れてこそこそと低劣なバッシングの遠吠えしかできず、彼らが、日本社会の未来に貢献することなど絶対にありえない。
高遠菜穂子さんや安田純平さんを攻撃してきたクズどもは、日本社会を底辺から腐らせることだけに役立っている。
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一昨日報告した断層状雲の結果が出たようだ。
http://www.jma.go.jp/jp/quake/20181102075813495-02165401.html
和歌山M5.4 方位的には、九州方面に見えたが、方位を検証していないので、規模とタイミングは、この地震であっても合致する
昨日、出た断層雲は、明日発生と予想している。今のところ福島沖M7クラスと考えているが、後続に、さらに大きな地震が控えている場合は、予想より規模が小さくなるかも知れない。

コメント
https://www.k2o.co.jp/blog4/2018/11/post-725.php
【日本語字幕】ペンス米副大統領 対中方針演説
https://www.youtube.com/watch?v=bmgSFzIyDZs
政治家の格が違う。米中対立点を詳細に語るペンス副大統領。
中国共産党政権は、何れは、打倒されざるを得なくなるだろう。
日本の政治家は、ゴロツキ程度。
https://blog.goo.ne.jp/j4goocast/e/41b71616d725a92a37c2adc5047a6f93
「かれらはでかい戦争は無理(諸外国の権力中枢が核戦争はやんね〜べ〜な?との合意を確認し合っているらしい?)と判断し核より恐ろしい移民でやる!破壊する!アジェンダを強力にすいしんすることにしたようだ?
かれらの戦争での破壊(カナン人の遺言<既成秩序の破壊>)と移民での破壊の両建て戦略である
多文化共生は軍産議会複合体がすいしんしている 移民と土人との戦いで儲かるからだ」
「移民問題は仕事があるか?ないか?の話です 仕事はこれからドンドン自動化されてなくなるのです 移民はどんどん生活保護になります もちろんそのための国籍法です 帰化は5年です」
趣味でハザールマフィアの研究に入ったのは、他人の債務に保証をして、その家族が払うと言って銀行も納得したのに、銀行子会社に債権を譲渡し保証人に求償し脅してきたからだ。遠隔地の被告であったから、裁判管轄を被告の地にしろと本案前の抗告をし最高裁まで特別抗告をした。論点は独逸民法に規定のある約款規定(消費者向けの約款は消費者に不利な条項は無効という規定がある)を明治民法は独逸民法第一草案をもとにしたが入れなかったからだ。これで銀行は政府監督の約款を押し付け脅して債権を回収する。折しも民法債権法改正審議中で、御用学者は約款規定を入れない意見もあったが、特別抗告のせいもあり不十分ながら約款規定が入った。勇気がないと闘争は出来ない。国際銀行カルテルは強盗殺人犯で国の立法も全部支配する。サウジの肉切り殺害の現品がネット公表されたが、メデアを支配し流さない。
https://shanti-phula.net/ja/social/blog/?p=178936
「民主党政権時代に辺野古移設について「最低でも県外、できれば国外」と公約した鳩山由紀夫総理(当時)に外務省が「捏造文書」でレクチャーし、政権を失脚させたとしたらこれは民主主義に対する挑戦であり、外患誘致罪、内乱罪に相当。」
アマさんにしつこく絡む人たちは、アマさんの記事が本質を突いていることを、一生懸命に補強しているようにしか思えないのですが…
安田さんが会見で深々と頭を下げられたのを見て気づきました。大変なリスクを覚悟しながらも、自由な意志と、知りたい伝えたいという情熱を失わない孤高の人への、羨望と嫉妬。そして安全圏で「自己責任論」に守られながらも、組織に隷従せざるを得ない人たちは、あのように安田さんに頭を下げさせることでしか、己れの溜飲を下げることができなかったのだと。
日本人は心の在り処を失ってしまったのでしょうか…それは何時からなのでしょうか。物が周りに溢れ、使い捨てが始まった頃からだったかもしれません。不自由であればこそ知恵が知性が必要です。
アマさんが毎日眺めておられる景色を拝見して羨ましいと同時に、眼にするものが人の心をかたち創る、その大きさに思い至ります。清々しい気持ちで見上げ、そして険しくも懐深く見下ろしてくれる、そんな存在が心に在るのはとても幸せなことですね!こちらでは谷川岳が山人間の聖地です。山田昇さんは今でも慕われて続けています。拙見を申し上げました。
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