日本政府による「道徳教育」は、これまで、付加的な必須外教科だったものが、今年から必須教科よりも、一段強制度の高い「特別教科」に格上げされ、今年から全小学生教育に導入され、来年には全小中学校教育に強要される。
東洋経済より引用
https://www.msn.com/ja-jp/money/personalfinance/%EF%BD%A2%E9%81%93%E5%BE%B3%E3%81%AE%E6%95%99%E7%A7%91%E5%8C%96%EF%BD%A3%E3%81%AB%E6%BD%9C%E3%82%80%E6%84%9B%E5%9B%BD%E6%95%99%E8%82%B2%E3%81%AE%E5%8D%B1%E3%81%86%E3%81%95-%E5%9B%BD%E3%81%8C%E9%81%93%E5%BE%B3%E8%A6%B3%E3%82%92%E5%AE%9A%E3%82%81%E6%95%99%E5%B8%AB%E3%81%8C%E8%A9%95%E4%BE%A1%E3%81%99%E3%82%8B%E3%81%AE%E3%81%AF%E9%81%A9%E5%88%87%E3%81%8B/ar-AAxkUqM#page=2
国語、算数、理科、社会――おなじみの教科のほかに、小学生が学ぶ教科がこの春から1つ増えたことをご存じだろうか。これまで「教科外の活動」とされていた道徳が、「特別の教科」に格上げされたのだ。
「道徳の教科化」は、2020年を目処に進む学習指導要領の改訂のなかで、2018年度から先行して始まった(小学生のみ、中学校は2019年度から)。授業時間数は1年生から6年生まで週1時間であることに変わりはないが、道徳が「特別の教科」になることによる大きな変化は2つある。
第一に、道徳の授業で文部科学省の検定が必須の「教科書」が用いられるようになること。第二に「評価」が行われるようになることだ。この2つの変化が子どもたちにどのような影響をもたらすか、今回は考えていきたいと思う。
教科書に求められる「郷土愛」
まずは教科書である。日本では、学校で用いられる教科書について、文科省による検定が行われており、生徒が学ぶ教科書は国の基準に沿った内容となる。昨年、道徳の教科化に向け作成された教科書に記載されていた「パン屋」という表記が、「国や郷土を愛する態度」が不足していることを理由に「和菓子屋」に書き換えられたというニュースが話題になった。あの件は文部科学省による教科書の検定がきっかけとなっている。
引用以上
参考 パン屋問題
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/51321?page=2
なぜ、突然、安倍晋三自民党政権が、道徳教育体制に強い関心を示し、改憲とともに強い姿勢を示し始めたのかといえば、日本の国家主義化=全体主義化を強く意識し、戦前のようなファッシズム独裁国家を目指すという強い意志であろう。
それは自民党改憲案に明瞭に現れていて、基本的人権はじめ国民のあらゆる権利を制限し、国家に奉仕させるための、物言わぬ使用人として利用するという明確な意思が見える。
http://saigaijyouhou.com/blog-entry-1803.html
しかし、彼らの言う、日本国家とは何か?
これだけを、しっかり理解しないと、大変なことになる!
自民党が、日本人を家畜や奴隷のように使役し、その命まで捧げさせようとしている相手は、日本国家? それとも天皇?
違うんだよ、自民党政権は、アメリカの飼犬にすぎず、アメリカは、世界金融資本=通称「ユダ金」の道具にすぎないのだ。
つまり、我々日本人は、「ユダ金」と呼ばれる、世界の富を一極集中している連中のために、命まで利用される「ゴイム=家畜」となる運命なのである。
自民党のグローバリズム推進姿勢からいえば、日本国家は、国際金融資本(アメリカとユダ金)のための道具(打ち出の小槌)にすぎなくて、世界を支配する国際資本に、日本人の命を自由に利用させ、家畜奴隷に変えてゆくことを意味している。
そこでは、天皇でさえ、名前と権威を利用されるだけの気の毒な存在となるのである。
*****************************
安倍政権登場以降、日本政府の行政全般に、極端な右傾化、全体主義化が著しく見られ、「国家権力独裁を強化する」とする意思が鮮明に見えるようになったが、道徳教育とは、子供たちの思想教育に他ならず、「国民のための国家」ではなく「国家のための国民」という、「日本国の人々を、国家を支配する連中の利権のために利用してやろう」とする強欲と悪意が鮮明に見えるようになった。
内容は、子供たちにナショナリズムを洗脳し、「日本は凄い」とのナルシズムを共有させること以外にありえない。
「こんな凄い日本の我々は、世界に冠たる存在であり、他国を侵略しても構わない」
という論理的帰結が待っている。
そもそも、道徳とは、人間性を高めるための研鑽の場であり、それを汚職と腐敗に満ちた文科省が主導するなど、何かの悪い冗談だろうとさえ思える。
道徳とは、文科次官の息子を裏口入学させることか? 首相の友人に、ルール破りの利権を与えて、巨額の賄賂をせしめることか?
政権に近い人物が強姦事件を起こしても、権力を使って捜査を妨害し、隠蔽することか?
下村議員が、家計学園から明確な賄賂を、もらっても不起訴にすることか?
何もかも政権に都合のよい権力の恣意的運用が続き、さすがに安倍晋三が希代の詐欺師である事実が、誰の目にも見え始めた今、国家権力を美化する洗脳工作を強化するという意味での道徳教育が、どれほど国民に受け入れられてゆくのだろう?
これほど汚い非道徳的政権の推進する道徳を、素直に受け入れる日本国民がいるとすれば、完全に世も末であり、人類滅亡確実なのだから、もう核事故で一刻も早く死んでしまうべきであろう。
ちょうど今、周防大島で行方不明になった2歳の子を発見した、尾畠春夫さんのことが大々的に報道され、人々に感動を与えているが、いわば「生ける道徳の教本」のような尾畠さんの人生が、道徳教科書に取り上げられるか? といえば甚だ疑問で、おそらく政府は「困ったやつが出てきたな」と呻吟するか、尾畠さんを美談仕立てにして、どう国家権力に利用するかに頭を抱える程度だろう。
政府が道徳で子供たちを洗脳する目的は、「国民のための国家」という発想を放棄させ、「国家のための国民」という隷属意識を育てることであり、権力による強制に文句もいわず、唯々諾々と従い、個人的権利や人生を、「国家権力者のために捧げる」という奴隷的人生観を刷り込むことである。
ドロドロに腐敗した安倍政権と文科省が考えそうな道徳教科書の内容は、戦前の肉弾三勇士や、特攻隊の美化、賛美あたりしか考えられない。
国民は国家のための捨て駒であり、黙って文句を言わずに命を捧げよと教育するのが目に見えていて、問題は、こうした嘘八百、国家主義の虚構と屁理屈に、子供たちが、どれだけ正しい姿勢で、その本質を見抜けるかにかかっている。
「美しい日本」を標語に掲げた安倍晋三と文科省が、官僚の息子は、医科大に裏口入学できたり、友人のために運用基準を完全に外して、特権的援助をしてみたり(森友家計問題)、ありとあらゆる不正行為を働いても、検察も最高裁も買収して、安倍政権に都合のよい捜査、判決を出す事例が、毎日、これでもかと明らかにされているが、まさに、これらの事態は、安倍政権が、どれほど素晴らしい道徳を体現実践しているか、身をもって国民に示しているといえよう。
上が腐れば下も腐る、こんな腐敗ゴミ政権の道徳教育では、日本中が腐りきってしまうことになるだろう。
我々は、「真の道徳」を尾畠春夫さんの行動に学び、安倍政権と対極の、すばらしい人間性を目指して、ドロドロに腐敗した利己主義、金儲けだけの自民党政権に別れを告げねばならないときが来ている。
東洋経済より引用
https://www.msn.com/ja-jp/money/personalfinance/%EF%BD%A2%E9%81%93%E5%BE%B3%E3%81%AE%E6%95%99%E7%A7%91%E5%8C%96%EF%BD%A3%E3%81%AB%E6%BD%9C%E3%82%80%E6%84%9B%E5%9B%BD%E6%95%99%E8%82%B2%E3%81%AE%E5%8D%B1%E3%81%86%E3%81%95-%E5%9B%BD%E3%81%8C%E9%81%93%E5%BE%B3%E8%A6%B3%E3%82%92%E5%AE%9A%E3%82%81%E6%95%99%E5%B8%AB%E3%81%8C%E8%A9%95%E4%BE%A1%E3%81%99%E3%82%8B%E3%81%AE%E3%81%AF%E9%81%A9%E5%88%87%E3%81%8B/ar-AAxkUqM#page=2
国語、算数、理科、社会――おなじみの教科のほかに、小学生が学ぶ教科がこの春から1つ増えたことをご存じだろうか。これまで「教科外の活動」とされていた道徳が、「特別の教科」に格上げされたのだ。
「道徳の教科化」は、2020年を目処に進む学習指導要領の改訂のなかで、2018年度から先行して始まった(小学生のみ、中学校は2019年度から)。授業時間数は1年生から6年生まで週1時間であることに変わりはないが、道徳が「特別の教科」になることによる大きな変化は2つある。
第一に、道徳の授業で文部科学省の検定が必須の「教科書」が用いられるようになること。第二に「評価」が行われるようになることだ。この2つの変化が子どもたちにどのような影響をもたらすか、今回は考えていきたいと思う。
教科書に求められる「郷土愛」
まずは教科書である。日本では、学校で用いられる教科書について、文科省による検定が行われており、生徒が学ぶ教科書は国の基準に沿った内容となる。昨年、道徳の教科化に向け作成された教科書に記載されていた「パン屋」という表記が、「国や郷土を愛する態度」が不足していることを理由に「和菓子屋」に書き換えられたというニュースが話題になった。あの件は文部科学省による教科書の検定がきっかけとなっている。
引用以上
参考 パン屋問題
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/51321?page=2
なぜ、突然、安倍晋三自民党政権が、道徳教育体制に強い関心を示し、改憲とともに強い姿勢を示し始めたのかといえば、日本の国家主義化=全体主義化を強く意識し、戦前のようなファッシズム独裁国家を目指すという強い意志であろう。
それは自民党改憲案に明瞭に現れていて、基本的人権はじめ国民のあらゆる権利を制限し、国家に奉仕させるための、物言わぬ使用人として利用するという明確な意思が見える。
http://saigaijyouhou.com/blog-entry-1803.html
しかし、彼らの言う、日本国家とは何か?
これだけを、しっかり理解しないと、大変なことになる!
自民党が、日本人を家畜や奴隷のように使役し、その命まで捧げさせようとしている相手は、日本国家? それとも天皇?
違うんだよ、自民党政権は、アメリカの飼犬にすぎず、アメリカは、世界金融資本=通称「ユダ金」の道具にすぎないのだ。
つまり、我々日本人は、「ユダ金」と呼ばれる、世界の富を一極集中している連中のために、命まで利用される「ゴイム=家畜」となる運命なのである。
自民党のグローバリズム推進姿勢からいえば、日本国家は、国際金融資本(アメリカとユダ金)のための道具(打ち出の小槌)にすぎなくて、世界を支配する国際資本に、日本人の命を自由に利用させ、家畜奴隷に変えてゆくことを意味している。
そこでは、天皇でさえ、名前と権威を利用されるだけの気の毒な存在となるのである。
*****************************
安倍政権登場以降、日本政府の行政全般に、極端な右傾化、全体主義化が著しく見られ、「国家権力独裁を強化する」とする意思が鮮明に見えるようになったが、道徳教育とは、子供たちの思想教育に他ならず、「国民のための国家」ではなく「国家のための国民」という、「日本国の人々を、国家を支配する連中の利権のために利用してやろう」とする強欲と悪意が鮮明に見えるようになった。
内容は、子供たちにナショナリズムを洗脳し、「日本は凄い」とのナルシズムを共有させること以外にありえない。
「こんな凄い日本の我々は、世界に冠たる存在であり、他国を侵略しても構わない」
という論理的帰結が待っている。
そもそも、道徳とは、人間性を高めるための研鑽の場であり、それを汚職と腐敗に満ちた文科省が主導するなど、何かの悪い冗談だろうとさえ思える。
道徳とは、文科次官の息子を裏口入学させることか? 首相の友人に、ルール破りの利権を与えて、巨額の賄賂をせしめることか?
政権に近い人物が強姦事件を起こしても、権力を使って捜査を妨害し、隠蔽することか?
下村議員が、家計学園から明確な賄賂を、もらっても不起訴にすることか?
何もかも政権に都合のよい権力の恣意的運用が続き、さすがに安倍晋三が希代の詐欺師である事実が、誰の目にも見え始めた今、国家権力を美化する洗脳工作を強化するという意味での道徳教育が、どれほど国民に受け入れられてゆくのだろう?
これほど汚い非道徳的政権の推進する道徳を、素直に受け入れる日本国民がいるとすれば、完全に世も末であり、人類滅亡確実なのだから、もう核事故で一刻も早く死んでしまうべきであろう。
ちょうど今、周防大島で行方不明になった2歳の子を発見した、尾畠春夫さんのことが大々的に報道され、人々に感動を与えているが、いわば「生ける道徳の教本」のような尾畠さんの人生が、道徳教科書に取り上げられるか? といえば甚だ疑問で、おそらく政府は「困ったやつが出てきたな」と呻吟するか、尾畠さんを美談仕立てにして、どう国家権力に利用するかに頭を抱える程度だろう。
政府が道徳で子供たちを洗脳する目的は、「国民のための国家」という発想を放棄させ、「国家のための国民」という隷属意識を育てることであり、権力による強制に文句もいわず、唯々諾々と従い、個人的権利や人生を、「国家権力者のために捧げる」という奴隷的人生観を刷り込むことである。
ドロドロに腐敗した安倍政権と文科省が考えそうな道徳教科書の内容は、戦前の肉弾三勇士や、特攻隊の美化、賛美あたりしか考えられない。
国民は国家のための捨て駒であり、黙って文句を言わずに命を捧げよと教育するのが目に見えていて、問題は、こうした嘘八百、国家主義の虚構と屁理屈に、子供たちが、どれだけ正しい姿勢で、その本質を見抜けるかにかかっている。
「美しい日本」を標語に掲げた安倍晋三と文科省が、官僚の息子は、医科大に裏口入学できたり、友人のために運用基準を完全に外して、特権的援助をしてみたり(森友家計問題)、ありとあらゆる不正行為を働いても、検察も最高裁も買収して、安倍政権に都合のよい捜査、判決を出す事例が、毎日、これでもかと明らかにされているが、まさに、これらの事態は、安倍政権が、どれほど素晴らしい道徳を体現実践しているか、身をもって国民に示しているといえよう。
上が腐れば下も腐る、こんな腐敗ゴミ政権の道徳教育では、日本中が腐りきってしまうことになるだろう。
我々は、「真の道徳」を尾畠春夫さんの行動に学び、安倍政権と対極の、すばらしい人間性を目指して、ドロドロに腐敗した利己主義、金儲けだけの自民党政権に別れを告げねばならないときが来ている。

コメント
尾畠氏のボランティアは単独完結型が基本で、装備も食糧も用意して単身乗り込む。公的補助や協力者、謝礼どころかカンパすら必要としないから、小回りが利く。
人間観察 人間社会観察 有名大学を出なくても、捜索救助活動の正式な訓練を受けてなくても、市井で篤実に生きてきた智慧と登山の経験がそれを上回ったのだ。
ボランティアの根源は利他精神であり自発的なものである。下心や党派的な色の付いた利他精神などあるまい。ここを間違うと道を誤る。詐欺で逮捕された「大雪りばぁねっと」の例もあるし、分け前を巡って仲間割れするボランティアまであると言う。
尾畑氏は長年コツコツと働いた年金生活者で、活動資金もそれで賄っている。まさしく無私の人である。それを都合よく利用する権力者があるなら、許し難いではないか。尾畠氏に尋ねてみたい。東京オリンピックのボランティアを募集しているが、応募しますかと。
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