先に、田布施について別に書くとした。



 何も知らない人が田布施の人脈について知るとき、天地がひっくり返るほどの驚愕の事実が浮かび上がってきて、日本近代史の意味が、まるで違ったものになってしまうのである。



 山口県熊毛郡田布施町 この鴑田舎の草深い小さな町に、後に総理大臣になる二人が生まれた。岸信介と佐藤栄作である。



 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B0%E5%B8%83%E6%96%BD%E7%94%BA



 田布施にかかわる政界経済界の人脈図は凄まじいの一語に尽きる。



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 そして田布施の人々、その近隣の多くの住民も、どのような理由で、田布施の人脈が、日本近代史のなかで凄まじい地位を占めているのか、知っているといってもいいだろう。



 だが、このことを表沙汰にするのは厳格なタブーである。それは、天皇家の万世一系説の神話を根底から否定することであり、日本史における、もっとも深刻な「公然の秘密」といえるからである。



 



 壮大すぎて分かりにくいので、近代に関する人脈はこうだ。



http://rapt-neo.com/?p=31962



もう少し絞ると

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 このなかに、総理大臣になった人物が、どれだけいるか分かるだろうか?

 岸信介・佐藤栄作・吉田茂・麻生太郎・宮沢喜一・安倍晋三・鈴木善幸



 実は、これでも肝心要の人脈が不足している。田布施人脈の最大の原点こそ大室寅之祐であり、すなわち明治天皇なのだ。

 明治天皇という巨大な存在が、現代に至るまで田布施人脈を政界の支配者として送り出し続けているといってもよい。

  https://ja.yourpedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%AE%A4%E5%AF%85%E4%B9%8B%E7%A5%90



 先に紹介した、鬼塚英昭氏の「日本の真相 1」によれば、大室寅之祐は、田布施の出身であって、萩の松下村塾とも関係があった。

 寅之祐は、高杉晋作が組織した「長州奇兵隊」に馳せ参じ、力士隊に加わっているのである。



 田布施近郊では、どんな人物が日本近代史に登場してくるか、見てみると空恐ろしいというしかない。

 山口県出身と限定しても、総理大臣だけで、明治から現代に至るまで9名いる。寅之祐の姉の子孫でもある橋本龍太郎も、総理になった。弟の大二郎は、NHK記者から、今でもテレビの第一線で活躍している。

 もちろん、他の都府県ではありえない。有力政治家といえば数え切れない。実業界でも、日産グループ創始者の鮎川義助、太平洋セメント創業者の笠井順八ら、多すぎて書き切れない。



 もっと凄いのは、日本共産党の創始者である、野坂参三や宮本顕治、福田正義、河上肇らまでもが田布施・萩周辺から出ていることである。

 

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 これらを見ると、山口県田布施や萩の出身者は、表舞台に出る確率が他府県より、はるかに高いことが分かり、長州が明治新政権の主力(=西南戦争後は特に)であっても、それだけでも説明しきれず、明治天皇に関係した何かの力が作用していると思う他はない。



 現代の田布施人脈は、安倍晋三・麻生太郎を軸に、統一教会など日本会議と関係しながら、ますます強固な政治グループを形成しているように思える。

 自民党保守本流にあっては、田布施組であらずば人に非ずと思えるほどだ。

 安倍の実弟である岸信夫や、踊る宗教北村サヨの孫である北村経夫も統一教会の支援を受けて国会議員になっているが、彼らは田布施組の中核に位置している。



 先に書いたように、屈強な健康体だった明治帝の子供が、受精能力がなく知的障害も噂された大正帝であるとは思えず、側室、柳原愛子の産んだ子の父親は、おそらく別人であろう。

 大正帝、嘉仁が、生まれてすぐに中山忠能家に養子に出されたことも、明治帝、睦仁の実子でなかったことの証左になるであろう。睦仁は、実子でないから嘉仁に愛情を抱かず、自分から遠ざけたのである。



 また中山忠能は、日記のなかで、明治天皇が奇兵隊の大室寅之祐であることを暴露していたようだ。

 中山は本物の祐宮も幼い頃から熟知していたから、この養子事件は、大正帝、嘉仁が、本物の祐宮=睦仁と血縁関係があったことを示しているのではないだろうか?



 鬼塚英昭氏も、2016年はじめに亡くなり、鹿島昇氏も死後18年となり、太田龍も死後10年近い。もう、大正帝の真の父親を推論する研究者もほとんどいなくなったが、代わりに、DNA検出技術が劇的に向上しているので、いずれ、遺品から真実が明らかにされる日を期待したい。



 鬼塚氏が、指摘したのは、明治天皇のすり替え事件から、大正天皇、昭和天皇までも、実は我々が教科書で教えられてきた事実とまったく異なる真実があるということだ。



 大正帝、嘉仁には受精能力がなかったと状況証拠から鬼塚氏は言う。すわなち、昭和帝、裕仁は嘉仁の実子ではなく、父親は西園寺八郎であると言う。

 これについては、若干「裕仁は八郎に似てないな」という印象もあって、疑問も残るのだが、嘉仁が子供を作れないという証拠はたくさんあったので、兄弟の高松宮も含めて、実父が誰なのかについて興味が募る。

 これも、やがてDNA解析が解決してくれるだろう。



 平成帝、明仁については、さすがに誤魔化しのきかない時代に生まれているので、両親が別人ということはないだろうと思っている。どうみても、裕仁・良子と明仁は似ているし、ウソはないだろうと思える。



 平成帝、明仁は、妻の美智子氏とともに日本国民全体に非常に高い人気があって、2018年度をもって美濃部達吉言うところの「天皇機関」としての使命を終えることになり、近代における天皇としては最高の形で有終の美を飾ることができるように見える。



 なぜ、これほど高い人気があるのかを考えると、メディアに露出するとき、隣のおじさんのような普段着のジャンパーを着て、気さくに大衆と接し、あらゆる災害に、ただちに現地に飛んで被災者を励ましてきた姿勢が親しみを呼び起こし、人々の絶大な人気を呼んだのだろう。



 明仁氏の温かい人間性は、父親である裕仁氏譲りなのだろうか?

 たぶん違う、それは家庭教師として幼少期に明仁を指導した、エリザベス・バイニング女史の人間性が関係しているように思える。

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AA%E3%82%B6%E3%83%99%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%8B%E3%83%B3%E3%82%B0

 

 安倍晋三ら、自民党日本会議の極右勢力は、憲法を改悪し、日本軍を公的に容認するとともに、徴兵制を施行し、その段取りとして成人年齢を18歳に下げ、「天皇のため命を捧げる」教育的洗脳に向かってまっしぐらと言えるだろう。



 また、若者が自力で生活できないほど労働環境を悪化させ、このため、容易に就職できる職場は日本軍しかないという状況を作り出そうとしている。

 天皇制は、安倍ら極右勢力が、徴兵制のために利用する機関でしかなく、若者たちを無条件に命を捨てさせる洗脳をするための装置にしかならない。



 現実の生活に何の役にも立たない装飾的存在を虚構というなら、日本社会にあって、最大の虚構こそ天皇制であろう。

 しかし、これまで強固に存在できた理由は、明仁氏らの天皇機関としての具体的な、真摯な活動によるものであった。



 本当は、ただの装飾、虚構にすぎない天皇機関だが、明仁・美智子氏の活躍が、広く国民的な支持を得て、虚構を実体に変えていたのである。

 元号も本当は無用の長物であり、面倒な二重ダブルスタンダードにすぎず、人々の時間の概念を混乱させる悪習にすぎなかったが、これも明仁氏らの人気の故に、今後も存続することになるのだろう。



 次の天皇は、来年から浩宮が就任するわけだが、浩宮自身は、父親の影響を受けて強い反戦平和の意思を持っていて、極右の意図する天皇制独裁国家に向かうことには抵抗するだろうが、あまりにも悪化した、社会全体の拝金主義化、右翼化の流れから。今後、どう変わってゆくのが、今の段階では分からない。