福島では、いったい何が起きているのか?   その4



 放射能による大規模な被曝を受ければ何が起きるのか?

 それを知ろうと思えば、被曝から数年後の統計データと、被曝前のデータを対照させて調べるしかない。



 ところが、その統計データは政府や自治体の手にあり、自由自在に改竄されている疑いが極めて強く。現実を正しく反映していない。



 我々は、人口動態統計を利用して、福島で起きていることを把握することができないのである。

 しかし、全部が全部、改竄捏造しきれるものでもなく、GDfreak のようなデータから福島の現状を垣間見ることができる。

  http://jp.gdfreak.com/



心筋梗塞、脳梗塞、癌などの現場のデータが、ここに詰まっていて、真実を知る上に役に立つのである。



 自治体レベルでのデータから福島を見れば、フクイチを取り巻くように恐ろしい心筋梗塞激増の現象が鮮明に見えている。

 心筋梗塞・脳梗塞の激増は、やがて癌の激増に変化してゆくことも分かっている。



 我々は、すでに巨大放射能事故=チェルノブイリ事故による被害のデータを持っているのだ。だから、福島で何が起きるのか? も、おおむね想定している。



 独裁権力のベラルーシで行われた統計の捏造改竄が日本に持ち込まれたことも、はっきりと理解できるものである。

 核武装の妄想に憧れ、原子力産業に骨髄まで依存し、魂を売り飛ばした自民党政権が何をやるかも、我々には予想がついていた。



 予想がつかなかったのは、私などに対する激しい嫌がらせ攻撃であった。まさかと思うような下劣な人格攻撃、侮蔑と嘲笑、低俗な嫌がらせが、事故後、7年にわたって延々と繰り返されてきた。



 それは、朝から晩まで私のツイートに対して逐一行われた。彼らが、この嫌がらせを勤務として行っている現状が、この長時間の書き込みから理解できる。

 

 原子力産業と国、そして彼らの手足である電通など広告宣伝産業は、まともな人間性を捨てでも、彼らへの反対者を弾圧しようとしている姿が鮮明に見えるのである。



 同時に、原子力産業と日本政府が、組織の利権に埋没し、どれほど暗黒の非人間空間のなかに棲んでいるかも思い知らされることになった。

 彼らは正真正銘の「地獄の使者」だったのだ。

 

 彼らは、もはや人間性を共有できる人間ではない。それは日常的な稼働によってだけでも、たくさんの人々を放射能によって殺してゆくシステムにあぐらをかいた、完全に人間性を見失った殺人集団であり、非合法マフィアそのものなのである。



すでに、原発が通常稼働のなかでも、たくさんの人々に心筋梗塞・心不全をもたらしている現実を明らかにした。

http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-74.html

六ヶ所村再処理施設や人形峠精錬所の周辺では、とんでもないデータが出てきた。

http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-73.html

http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-70.html



 競争主義と金儲けだけの資本主義価値観にどっぷりと洗脳され尽くした自民党と、その仲間たちの目指す方向は見え透いている。



 彼らにとって、最大の価値は、自分の優越性であり、自分の所属する日本国家の優越性である。

 それは人間性の上にではない。単純に他人を屈服させることで自分の優越性を確認してほくそ笑むだけの勝利至上主義の価値観であり、世界のなかで自分の棲む日本国の値打ちが軍事力によって定まるという軽薄この上ない妄想なのである。



 戦前の国家優越主義に洗脳された「自分たちは凄い」亡者と本質は何一つ変わらない。

 彼らは「凄い日本=世界に冠たる皇国日本」という宗教的妄想のなかで世界一強大なアメリカにも勝てると思いこんでしまい、地獄に向かって突っ走ったあげく日本を焦土にしてみせ、自分たちは戦火に消えていった。



 他人を超越する「凄さ」を誇示できれば、それが人生と社会の最大の価値と勘違いさせられ、盲目的に突っ走ったのである。



 あれほどの絶望的な地獄=敗戦を経験させられ、優越価値観の愚かさを思い知らされたはずだった日本人だが、戦後、いくらも経たないうちに、再び「凄い日本」の優越性至上主義価値観が社会を覆い始めた。



 保育園時代から延々と、競争のなかにたたき込まれて、他人を出し抜いて、自分の方が上にいれば褒められるという環境のなかにいれば、人間は、みんな一番になることだけが人生最高にして唯一の価値であると勘違いさせられるものだ。



 そんな競争マシンたちの頭に浮かぶ価値観といえば、「世界に冠たる日本・美しい日本・強い日本」という幻想になるのは当然で、一番強い、一番破壊力の大きい兵器を保有して、他国を威圧することが国家の目的であるかのように思い込むようになる。



 自民党、維新、公明党、民主も希望も、みんな結局、「イチバーン大好き!」ということになり、政治家になる目的は日本の威を張ることであることになってしまう。



 だが、それは、やがて劣った者、醜い者、遅れた者を淘汰排除するというナチズムの思想に帰結してゆくのである。

 ナチスは第二次大戦中に40万人以上の自国の障害者をガス室で抹殺したが、その理由は「劣った者は国家の邪魔になる」という理屈であり、まさに植松聖とまったく同じ発想であった。



 原子力を扱ってさえいれば、人類最強兵器である核を保有することができる。世界に日本の威を示し威張り散らせるという妄想が、原発の本当の意味である。

 日本の原子力は、正力松太郎の導入した最初から現在に至るまで、エネルギー源としての意味よりも、核兵器保有へのプロセスという意味で扱われてきた。

 だから第一号原発は、発電用途の軽水炉ではなく、プルトニウム製造用途の黒鉛炉(東海第一)が導入されたのである。



 それは、そもそも大量殺人兵器であって、人を殺す道具なのだから、稼働による副産物として、少しくらいの国民の犠牲があっても関係ないというのが自民党と仲間たちの言い分であろう。

 原発稼働がもたらす白血病や心筋梗塞などより、日本の核武装による国威発揚が何百倍も大事だと真剣に信じているのである。



 そうして、世界最大級の危険な地震大国日本に、一基破壊されただけでも全世界を放射能汚染の危機に叩き込む恐怖の原発を54基も設置稼働し、未来を正しく読める誰もが危惧してきた通り、巨大地震によって史上最悪の巨大放射能事故が起きた。



 核兵器を保有することが唯一至上の目的であるのだから、巨大地震による放射能漏洩で全国民の数割が死のうが、たいしたことではない。

 真実を報じようとするメディアなど広告利権を支配する電通を使って黙らせてしまえばよい。真実を明らかにしようとする古舘一郎や国谷裕子など報道人は追放してしまえばよい。

 統計上に現れる被曝被害などデータを改竄してしまえばよい。

 被曝死が激増して汚染地の人口が減れば、何も知らない外国人を移民させて人口だけを回復させればよい。

 被曝患者の訴えなど、医師免許を取り上げると脅して、存在しないことにしてしまえばよい。

 

 こんなことが、福島では本当に! 行われているのである。 



 ところが、今や、日本国民の大半が、国家優越主義を信奉する自民党支持者であるという。

 人生の価値観は、人に対する優しさではなく、優越性の追求であると信じ込まされている者ばかりだ。

 だから、許しがたい被曝被害の隠蔽捏造よりも、国家の威を張ることの方が大切だと思ってしまう若者が多い。



 ここまでくれば、何を言っても無駄であろう。これから福島・東日本の放射能汚染地で起きることを、じっくり思い知って、何が間違っているのか、自分で理解するしかない。



 反省ゼロと断言してもいいフクイチ事故。反省しなければ、必ず同じ失敗が繰り返されるのが人間の普遍的法則である。

 私は、フクイチ事故、その後を見てきて、必ずフクイチ事故は何度でも再現されると確信するしかなかった。

 100%というのは同じことが一回繰り返される。300%なら三回だ。だが、フクイチ事故一回で日本は東日本を放射能汚染で失ったに等しい。

 300%なら、日本列島の隅々まで取り返しのつかないほどの放射能汚染に見舞われることになるだろう。



 もう対話や説得も不可能だろうと思う。

 自分だけが金儲けをして、地位を上げて優越感に浸るという価値観が最高だと勘違いしてる人たちに、言うべき言葉はもはやなく、原発推進、核兵器保有、強い日本が大好きという愚かな連中に、かける言葉もない。



 戦前に起きたような、全国民総発狂から日本人450万人の戦死に至るプロセスが繰り返される事態を傍観するしかないのかもしれない。



 しかし、今度の相手は放射能だ。おそらく、まだまだこれから繰り返される福島のような放射能事故によって、元の環境が戻るには、セシウム・ストロンチウムで300年、プルトニウム至っては20万年だ。

 残念ながら、我々は人類滅亡を自分の目で見つめる時代に生きているのかもしれない。