金の夢

 金(Gold)元素記号はAu、人類文明における最古の金属である。
 それは風化せず、腐食せず、歴史上のもっとも普遍的な通貨であり、人が、その心の内にではなく、外に求める最大の価値であり幻想であった。

 人が惹かれ、人生のすべてを賭して追い求める最大価値こそ人の心であった。人は人の関心を求め、その愛を食べて生きてきた。
 その関心、その愛さえも購買できると信じられた普遍的価値こそが金であった。人は金のために愛をも売るようになった。人類文明史とは、愛の心を金に換えた歴史というべきである。
 人は、愛を受け入れられない現世の苦悩に苛まれたとき、人の外に光り輝く価値を見いだした。これこそ愛を見失った人を救う価値であった。それは愛の代替物、その名を金という。それは巨大な宗教である。拝金教とでも名付けることにしよう。

 この地上の、あらゆる苦悩は、人の心が産み出すものであり、人の心が解決するものである。人の心だけが人生と社会の真の実体なのだ。
 しかし、文明人はそれを見失った。人の心までも買える価値があるものと錯覚するようになった。人の心の外に、それを支配する幻想、虚構を見いだしたのだ。
 それが代替価値としての金であり通貨だが、やがて、それが人の心を支配する社会がやってきた。愛を見失った社会、それが金を至上の価値として崇拝する拝金教社会の正体なのだ。

■ 下水が純金を産む!

 【 ゴミの中からお宝発見! 冒険小説や埋蔵金伝説をほうふつさせる夢のような「事件」が、長野県の下水処理場で起きている。周辺の6市町村から流れ込む下水に、大量の金が含まれていることが判明したのだ。県が得た利益はすでに4000万円に上り、今後も定期的に金が検出される可能性が高いという。日本下水道事業団(東京都新宿区)によると、下水からまとまった金が採取されたのは全国で初めてのこと。米CNNテレビが取材に訪れるなど、前代未聞のニュースとして世界レベルの注目を集めている。
 長野県諏訪市の「県諏訪湖流域下水道豊田終末処理場(クリーンレイク諏訪)」 、夏の大規模な花火大会で知られる諏訪湖畔にある。湖や天竜川などの水質保全を目的に昭和54年に供用が開始され、現在は1日約10万トンの一般家庭の排水や工場廃水、つまり下水が流れこんでいる。
 集められた下水はまず、水と汚泥に分けられる。汚泥は脱水・焼却されて灰となるが、量を減らして無害化するため、さらに高温で溶かす。その過程を経て発生する新たな廃棄物は「溶融飛灰」と呼ばれる。 金は、この溶融飛灰に1トン当たり1・78〜2・13キロ含まれていることが分かったもので、県では昨年10月から、1年分の溶融飛灰約5トンを愛媛県の精錬業者に売り始めた。
 4月末の金相場で換算すると、金1キロは約280万円に相当する。溶融飛灰を産業廃棄物として処理すると、1トン当たり約7万円の処理費用がかかるが、金のおかげで「チャラ」(相殺)どころか大幅なプラスに転じることになった。 長野県は当初、約5トン分の利益が1500万円に達するというそろばんをはじいた。ところが、その皮算用が大幅に「上ぶれ」することが判明する。溶融炉から煙突につながる「煙道スラグ」と呼ばれる約10メートルの配管にたまった溶融飛灰に、“超高濃度”の金が含まれているのが分かったのだ。
 含有量は1トン当たり6〜22キロ。多いところで、通常の溶融飛灰の10倍以上の金を含む計算になる。 結局、約5トンの溶融飛灰に含まれていた金は、スラグの分を含めて約20キロに達した。愛媛県の金属精錬会社に売却し、当初の見込みの2・66倍にあたる約4000万円の収入があったという。
 関係者によると、処理場の付近は金属の鉱脈が多い「黒鉱ベルト」と呼ばれる地帯で、地中から温泉水を介して下水に金が流れ込んでいる可能性があるのだという。 これもあくまで推理であり、本当の理由は分かっていない。 実は、豊田終末処理場の焼却灰に金が含まれていることは昭和62年、別の機関の調査によってすでに明らかになっていた。だが、当時は金の含有量が少ないと想定された上、金の値段も現在より大幅に低かったため、「運搬や精錬を行うと採算が取れない」として金を売るという結論には至らなかった。】

● 金鉱石の含有量は、おおむね1トンあたり1〜5グラムあれば金鉱山として採算可能になるといわれている。ところが諏訪市下水汚泥スラグの含有量は桁がいくつも違う。トンあたり実に6〜22キロ、世界最良といわれる菱刈鉱山の実に千倍以上の凄まじい金鉱である。
 このニュースを聞いて、全国の下水処理施設関係者が色めき立っている。自分とこの汚泥焼却灰からも純金がとれるのではないかと大騒動なのだ。その結果は公表されていないが、ほとんどのスラグから高濃度の純金が採取される可能性があるらしい。諏訪市の場合は、中央構造線とフォッサマグナの交錯する日本最大の地殻変動地帯であり、蓼科火山の金鉱もあることから、おそらく周辺の温泉水に金が溶けているのだろうと推理されているが、どうも人間の生活排水、工業廃水のなかには多量の金が含まれているようなのだ。この事態は予想外の展開を産む可能性がある。

 手塚治虫「地球を呑む」という名作に、純金を大量に供給してカネ崇拝の価値観に洗脳された世界経済を大混乱させるという筋書きがあったが、ことによると、本当にそれが実現するかもしれない。これまで汚物廃棄物として厄介者扱いされていた下水スラグが、思わぬ超価値の宝の山になる可能性が増している。

 諏訪市の下水金の正体が、特異な温泉と鉱床によるものなのか、それとも下水処理の微生物由来によるものなのか、まだはっきりと分からない。しかし、筆者は、これが活性汚泥処理による微生物由来の金鉱床である可能性に心当たりがある。
 そもそも、筆者らはEMやEMBCにおける汚水処理、浄化行程を通して「もっとも汚いものが、もっとも素晴らしいものに変わる」という真理を見せつけられてきた。

 豚や人間の屎尿のように、これまで「汚物」と認識され、排除的対象でしかなかったものこそ真の宝の山であり、それは世界最高の化粧品であり、医薬品であり、最高の肥料であり、最高の環境浄化システムであり、あらゆる食糧危機を救う救世主であると思い知らされてきたのだ。
 その微生物核転換のプロセスに微生物の作用で純金が生成される可能性がかすかに見えていた。実は、子供の頃、一生懸命遊んだりスポーツしたりしていると、掌の感情線のあたりに小さな金色の粒が現れることが多かった。それは長じて気功修練をしているときも現れた。この成分を調べてみると純金だったというレポートを見たことがある。
 当時は、科学的価値観に洗脳され、まさか、無から有が生じるなど馬鹿げた妄想だと決めつけていたが、心霊的世界をのぞき見る機会が増えるにつれて、どうも、人間の気の活動のなかで、核転換が起こり、純金が生成される可能性も皆無ではなさそうだと思うようになった。

 それを科学的に補完したのが、常温核融合理論であり、微生物核転換理論であった。
 筆者としては、諏訪市のスラグや、全国の微生物処理場、汚泥スラグのなかに、微生物核転換による驚くほど高濃度の純金が含まれている可能性を今、強く肯定的に考えている。そうなれば、世界資本主義の基本的な価値観に革命を巻き起こすものであり、「地球を呑む」のなかでゼフィルスが語ったような、拝金教の根底的破壊が実現する可能性をワクワクしながら想像しているのである。
 すなわち、金を最高最大の価値と勘違いした洗脳社会の崩壊がもたらされるのだ。

 読者も、下水処理汚泥のなかに存在する真の宝物について、その意味を深く考えていただきたい。
 それは、資本主義社会における国民が究極の価値として目指すもの、利己主義の極致としての特権階級の価値を根底から失わせるものだからだ。

 世界は金を唯一、最高の価値と信じ、その備蓄に狂奔している。
 人間疎外に陥った社会、国家ほど、その傾向が著しい。例えば、中国は、700トン余りしかない金の備蓄を、一挙に5倍以上にしたいと意図し、IMFに圧力をかけて、米国債で純金を買う方針を示している。
 それは、国家権力指導部が、人間社会の真の価値を見失ってしまっているからだ。
 金など、たかが鉱物でしかない。どんなに腐食せずとも、王水に溶かせば、わずかの時間で消えてしまうし、超長時間があれば水にも溶けてしまう。
 本当の価値は、人の心ではないか? だが、人心を見失った権力は、真の価値を理解する能力を失い、必ず最期の普遍的価値の幻想に惑わされて金の備蓄に走るのである。
 アメリカも日本も、ドイツもロスチャイルドもロックフェラーも、そして中国もだ。
 それら金に惹かれる権力は、すなわち人の心を見失ったことを意味するのである。

 だが、今、諏訪市の下水から無尽蔵の莫大な金が採集できる可能性が示され、あるいは全国の汚水処理場、浄化槽から金が回収できる事実が明らかにされるなら、国家権力や大金持ちたちが追い求めてきた金の価値は地に堕ちるのだ。
 この世には、何一つ価値がない。となれば、人間にとって真の価値とは何だったのか? 人々は振り返らざるをえなくなる。ゼフィルスの野望が実現するときがやってくる。