先日、名古屋市中村区の実家で、母親が急病になったので救急車で区内大門のO病院に連れて行ったときのことだ。
数時間にわたる長い検査診療の間、食事もできなかったので、雑誌や弁当でも買いにゆこうと近所にたくさんあるはずのコンビニに歩いて向かった。記憶では、100m以内に五軒のコンビニがあるはずだった。
ところが探してもない。あったはずのコンビニが消えている。一軒や二軒ではない、見渡す限りのすべてに、記憶しているコンビニがない。これは本当に驚いた。
そこには間違いなく、かつて営業していたスペースがあったが、駐車場になっていたり、百円ショップになっていたりしていて、サークルKもファミリーマートもローソンも消えてしまっているのだ。記憶の五軒すべてが消えていた。
いったい、どうしたというのだ?
太閤通りの大門といえば、かつて中村区最大の繁華街で、大きなパチンコ屋が三軒あり、相当な規模の商店街になっていた。その奥には、かつて東海最大級の赤線街があった。夜ともなれば、タクシーが数十台も並び、大勢の人影で賑やかだったものだ。
今でも、一応商店街はある。しかしコンビニが消えている。本当に不思議だ。おかげで弁当が買えなくて困ったが、辛うじて弁当屋を見つけたので助かった。
ついでに言えば、筆者の子供時代、このあたりは向こう三軒両隣で喫茶店という風景が普通で、食事や一服には困らない地域だったが、喫茶店も驚くほど少なくなっていた。
トラック街道と呼ばれる交通量の多い環状線には、まだ存在しているが、やはり消えたコンビニもある。郊外で、新たに開店するコンビニを目にすることが多いだけに、都心部に近い住宅街でのコンビニ消滅は異様な光景に映った。
いったい、どんな理由でコンビニが消えているのだろう?
調べてみれば、コンビニ営業は親会社が金融資本化していて、相当なロイヤリティをぼったくられるシステムが普通であるらしい。
直営店方式ならば親会社の社員が営業を行うわけだが、ほとんどの場合フランチャイズシステムで、相当額の資本を自分で用意した上に、訳の分からないレンタル契約が多く、苛酷な長時間労働の割りに得られる収入は、会社勤めに比較しても低いことが多いようだ。
このため多くのコンビニで、経営者の収入がアルバイト店員以下で、とてもやってゆけないと悲鳴を上げる事態になっているらしい。
参考までにロイヤリティの例を引用しておく(http://blog.goo.ne.jp/youget0829/e/2570f36fd324fe4d9ac8b2ecf2018b19)
セブンイレブン 43%(純収入の)
ローソン 34%(純収入の)
ファミリーマート 38%(純収入の)
サンクス 31%(純収入の)
サークルケイ 30%(純収入の)
ミニストップ 30%(純収入の)
ポプラ 3%(売上高の)
(ちなみにポプラは安くて魅力的だが、他のレンタル契約が高く、差引収入は他店より低いらしい。セブンアイHでは売り上げの8割を上納させられ、廃棄弁当買取などで経営が成り立たないと一部店主から訴訟を起こされている)
コンビニ支配企業は、再編が進み、今ではセブンアイH(セブンイレブン)・三菱商事(ローソン)・伊藤忠商事(ファミリーマート)・ユニー(サークルKサンクス)・イオン(ミニストップ)・山崎パン(デイリーヤマザキ)などで、大資本系列に組み込まれてしまっている。
このためロイヤリティの取り立てもマニュアル化されて容赦なく、個人経営の浮き沈みに対応できずに経営権を手放すフランチャイズ店主も多いようだ。
一般的な商店の場合、すべて自己責任であり、昔から売り上げの伸びる月は7月12月のボーナス月であって、他の月は赤字経営であることが多く、全体に均して売り上げを確保するという考えで長い目で見た経営が行われてきた。
しかし大資本フランチャイズの場合は、毎月の売り上げで短期的に判定されて、経営指導やペナルティを課されるために、絶えず追い立てられる無理な経営を要求され、とりわけ弁当や生鮮物の仕入れで損失を被ることにより経営者が意欲を失ってしまうようだ。
また従業員の入れ替えが激しく、優れた店員が居着かない事情もあるし、教育訓練費が驚くほど高く付き、さらに治安の悪化によりセキュリティ経費が追い打ちをかけている。こうした事情の累積により、高齢化した経営者は体力的について行けないという事情もある。
それにしても都心部に近い昔ながらの繁華街で、すべてのコンビニが営業を廃止するというのは、どう考えても異常で、上に挙げた原因以外に、需給変動の本質的な理由があると考えるしかない。
思い当たることといえば、中村区住宅地の高齢化である。筆者らの時代、この区での平均的な学級人数は50名近かった。しかし、今では30名にも満たないという。多くの教室が使われずにいるのだという。通う子供たちがいないのだ。
確かに街を歩いていても、子供たちの姿を見る機会がめっきりと減った。歩いている人たちの平均年齢は明らかに50歳を超す中高年ばかりだ。筆者の実家でも、平均年齢は80歳代をとっくに過ぎ、近所の住民の平均年齢も明らかに60歳を大きく上回っている。
こうした人たちは、コンビニを利用する機会が少ないようだ。とりわけ、営業の主力である弁当や飲料を買うことは少ない。それらを利用する主役は15〜40歳であって、60歳を超えた人たちは、自宅で調理し、自分で茶を点てて呑むことが多い。
こうして考えれば、コンビニの消えてゆく理由の第一は、それを必要とする世代が地域から失われていると考えるのが妥当かもしれない。
「コンビニの消える街」中村区が、今後どのような運命に見舞われるのか?
筆者は、かつて登山のために山岳地帯の過疎村を見る機会が多かった。南信遠、遠山郷のような山奥の秘境や、熊野大峰周辺、美濃の山奥などを徘徊したものだが、そこに多くの「限界集落」を見いだし、90歳近い老人たちだけが最期を過ごすために生きている姿を目撃してきた。
しかし、それは高度経済成長、資本主義の進化による山村社会の崩壊という視点で捉えていたが、まさか、そうした崩壊が都市部にまで及ぶなどとは想像もしていなかった。
しかし、今、中村区に起きている現実は、実は、かつて山村を崩壊させた大波が都市部にまで及んできているという事実を示すものではないかと考えるしかないのだ。
そして、若者たち、社会の中核になっている人たちの住む地域は、どうなっているのだろう? ここには多数のコンビニが雨後の竹の子のようにできているはずだ。
名古屋で言えば、すでに、市域は土地が高すぎて、さらに企業中核労働者の収入が大幅に搾取され低下している現実から新しい住居など造れないのだ。彼らの多くは、郊外の安価な地域のアパートを借りる者が多い。
そこで、共働きのため料理を作れない妻たちがコンビニを利用し、盛況のようだ。そうして、今では、都心部で失われたコンビニが、周辺部に移動しているような状況である。
しかし、今起きている巨大な恐慌により仕事を失う者が激増し、失業保険が切れた先には、もはや将来の展望などまったく見えない暗黒が広がっている状態だ。
これから、実家の存在する若者たちの多くが、両親のいる実家に依存し大家族を復活させることになるだろう。助け合って生きてゆくしかない。仕事が見つからなければ、畑に芋を植えて自給自足を模索するしかない。
今の自民党政権を見ていれば、自分の利益を保全するために国民の年金・郵貯資産をぼったくることは考えられても、この窮迫を解決し、新たな雇用を産み出すような知恵や行動は起こせそうにない。
政権・官僚には腐敗した利己主義のクズしかいないと断言してもいい。もう絶望なのだ。このままでゆけば、我々のとりうる手段は、唯一、信頼の置ける友を集めて共同体を結成し、みんなで芋を植えて、助け合って未来が開けるときまで原則、自給自足でやり過ごすしかない。
今生きている老人たちの知恵や力に頼ることも必要だ。バラバラになった家族、一族が、再び戻って、みんなで一緒の時間を過ごし、対話し、新しい知恵を産み出してゆかねばならないのだ。
<span itemprop="headline">2009年4月16日 ● コンビニが消えている</span>
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