「癒やしの音楽」で検索するとヒーリング系のピアノ曲がたくさん出てくるが、私は、どちらかといえば副旋律のない素朴でシンプルな音が好きだ。

 サックスのような旋律楽器は、重和音の迫力はないが、音質の色彩が素晴らしい。

 最近は、徳永延生氏のハーモニカにはまっている。

 https://www.youtube.com/watch?v=w9yhUqPrguc&t=64s



 私は中学生の頃から50歳過ぎまで、クラシックギターを趣味にしていた。

 十数年前に工作機械で指を負傷してからは、ほとんど弾いていないが、アンドレス・セゴビアの音色に感化された世代だ。

  https://www.youtube.com/watch?v=McuEHE8tolY



 私は若いときの脳挫傷=高次脳機能障害のせいで、楽譜が覚えられなくて、プロになるのをあきらめざるをえなかったが、代わりに自分なりの「癒やしの音楽」を追求しようとした。



 ギターという楽器は、和声楽器ではあるが、旋律楽器としても素晴らしい。「黒いオルフェ」の旋律は、やはりガットギターが一番合っていると思う。

 クロードチアリのように装飾が行き過ぎると嫌らしささえ感じるが、ジョビンやポンファには、うっとりするような優しさを感じる。

 https://www.youtube.com/watch?v=7jcvyPrUyCg



 彼らの、どこが他の奏者と違うのかというと、たぶん撥弦のタイミングだと思う。

 指先から弦に最大のパワーが伝わる刹那に、すっと力が抜けて、余計な雑音が消えて、本来の波動だけが伝わってくる。

 すると、夾雑物のない癒やしの波動だけが伝わってくる。



 YouTubeのギター配信をたくさん聞いた中で、私が目指した波動を一番体現している人は誰かというと Nemanja Bogunovic(ネマンジャ・ボグノビッチ)というギタリストのような気がしている。

 https://nemanjabogunovic.com/



 この人のウィキは出ていないので、どのような人物かは分からないが、音色を聞いていれば、その心の優しさ、人を癒やす波動がダイレクトに伝わってくる。

 クラシックギターを心ざす人は、みんな心が優しい人ばかりだ。



 私はというと、数年前から近所のAという老人に、頻繁に泥棒に入られてからというもの、警戒心や怒りから、心がギスギスに荒んでしまって、人相もひどくとげとげしくなってしまった。心の中では、Aに対する強烈な殺意さえ芽生えていた。

 「ヤツを殺して、どうやって死体を始末しようか」

 などと頭のなかがいっぱいになっていた。



 とりわけ、盗まれたものを山林に隠されたのではないかとナタで藪を切り開いて探している最中に通りかかったAの妻に、「盗んだモノを返せ!」とナタを持って怒鳴りつけたことで、Aに通報され、私は事実上、通報でやってきた警察官に捕獲された。

 中津川警察に盗難を訴えても相手にされず、被害妄想、精神異常者と決めつけられて精神病院に連れて行かれてからというもの、Aと警察に対する激怒のあまり、癒やしの音楽さえ聴けなくなってしまっていた。



 このとき、警察によって私は帰宅することを許されず、無理矢理、兵庫県の海沿いにある姉の家に行くことになって一週間ほど滞在した。

 そこで、私は「癒やしの波動」を再び実感する機会があった。

 姉の家は曹同宗の古刹なのだが、そこでは毎日、勤行が行われる。たまに宗派の僧がたくさん寄り集まって合同の回向が行われる。



 ある夜、僧たちによる集団回向が終わるころ、突然、寺の梵鐘が鳴り始めた。

 その音色を聞いているうちに、私は興奮してきた。

 「これはタダの鐘の音ではない。私が求めてきた本当の癒やしの波動ではないか?」

 と思い始めたのだ。



 その音色は美しく、余韻がひどく長かった。一つの鐘が鳴って、次に鳴るまで1分以上かかっているのだが、その間、ずっと余韻が鳴っている。

 強烈さは微塵もなく、心地よい波動が心を満たしてくれる。

 「これこそ癒やしの鐘なのだ」

 と思った。

 私は、この音色を聞きながら、自分に起きている人生最大の悪夢を、一時的にではあるが忘れることができた。



 同時に、寺の鐘であろうと、美しい楽器に劣らず、素晴らしい癒やしの波動を発する立派な楽器なのだと、初めて知ることができた。

 鐘は江戸時代に鋳造されたものらしいが、200年以上前の鐘作り職人は、人の心と音の意味を深く知り抜いていたのだと知った。



 私は、この鐘の音をずっと聞いていたいと思った。願わくば除夜の鐘を、この音色で聞きたい。

 これも、美しいギターの音色を出す方法と同じように、おそらく、鐘に撞木が当たる瞬間に力がセーブされ、エネルギーだけが透き通るように鐘に伝わるのではないかと思った。

 ちょうど、カンフーでいう「発勁」と同じ理屈で、打撃の瞬間に引くことで、純粋のエネルギーだけが相手に伝わる。

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BA%E5%8B%81



 その本質は、意思が余計な夾雑物の影響を受けずに、相手にダイレクトに伝わることだ。

 ピアノでいうと、カティンの演奏がそんな印象で、音が実に美しい。

 https://www.youtube.com/user/chopin8810



 大規模で複雑なオーケストラよりも、ギターやサックスの旋律が人の心を激しく揺さぶることがある。そして、単純素朴な寺の鐘が、それよりも、さらに人の心を打つことができる。

 これは、大きな、意味のある発見だった。

 そして、このような感動的な波動を生み出せるのは、演奏者の人格ではないかと思った。