私は今から半世紀前、1972年頃、吉祥寺の物部長興邸で開かれた、岡村昭彦講演会のことを忘れられない。

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A1%E6%9D%91%E6%98%AD%E5%BD%A6



 私は、講演後の討議で、岡村に直接質問した。

 「世界を動かしているのは何ですか?」

 岡村は、「それは宗教です」ときっぱり答えた。



 岡村は、当時、戦場カメラマンとして、ベトナムやラオスと日本を往復する毎日だったが、吉祥寺での講演も戦場から直接帰ってきたような姿だった。

 私は、当時、岡村とともに、本多勝一に夢中になっていたが、この二人は犬猿の仲であることを後に知った。



 岡村は、ベトナム戦争の取材で有名だったが、実は世界中の戦乱を取材し、その多くが、宗教的戦争だった。例えば、北アイルランド紛争や、中東戦争だ。

 だから、岡村は、宗教戦争について、宗教から離れた客観的立場で戦場に臨んだ数少ない報道人である。

 その岡村が、「世界は宗教で動いている」と断言した。



 以来、私は、その命題を噛みしめる半世紀だった。

 私は、今では、「宗教が動かしている」ということの意味を、「旧約聖書が動かしている」と断定的に考えている。



 宗教とは何か? 「コトバンク」を断片的に引用してみよう。

 https://kotobank.jp/word/%E5%AE%97%E6%95%99-76838



 世界には日常の経験によっては証明不可能な秩序が存在し、人間は神あるいは法則という象徴を媒介としてこれを理解し、その秩序を根拠として人間の生活の目標とそれを取り巻く状況の意味と価値が普遍的、永続的に説明できるという信念の体系をいう。



 宗教という信念体系は、存在の秩序の象徴(宗教思想)、宗教体験、宗教集団という要素からなり、さらに、信念を表す行為が定式化されて、非日常的な神聖な行為として宗教儀礼、祭礼となり、一方、してはならぬ行動は戒律となり、信念を日常生活において実践する宗教倫理が課せられる。



 哲学、道徳、ナショナリズム、共産主義のようなイデオロギーや社会運動、ときには「ゴルフが彼の宗教」というような趣味までが、宗教の役割を代用することがある。しかし、これらは宗教「的」という比喩にとどめないと、宗教の概念が広がりすぎる。

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 一部引用以上



 もしも「宗教」に対立する弁証法的概念があるとすれば、それは、たぶん「科学」ということになるのだろう。

 そうだ、科学は、基本的に論理学であり、方法論である。つまり、証明された方法論、認識論を外れて、なお、人々に「信念」を与える「知の体系」が宗教である。

 だから、「科学の方法論によって証明できないにもかかわらず、人々に一定の信念(洗脳)を与えるもの」という定義こそ、宗教にふさわしいのかもしれない。



 そうして、1970年代を思い出すと、私は、立川基地の市民運動で、革マル派に襲われて、鉄パイプで思い切り殴られたことがあるが、中核派にも、まるで創価学会のような「折伏」を受けて辟易した思い出がある。ブントにも反帝学評にも、とうてい科学とはかけ離れた非論理的決めつけを感じていた。



 総じて、当時の新左翼党派運動は、間違いなく「宗教」だった。

 70年前後の新左翼運動が宗教そのものだった証拠に、彼らの論説は、今現在、ただの一つも証明されておらず、信用もされていないし、世間から遠い空想の世界にあって風化し続けている。もう振り返る者もいないまま朽ちゆくだけだ。

 その主体には、「酸いも甘いもかみ分けた」成熟した大人たちなどおらず、まるで月光仮面やスーパーマンを現実の姿と錯覚したような、空想・妄想世界の住人であった若者たちだけにもてはやされたのだ。



 それは、当時、精神世界における一方の極をなしていた創価学会や天理教などと本質的に何ら変わるものではなかったし、そうした独善的な集団的狂気から後に、赤軍派やオウム真理教なども登場してくる。

 また、「法の華」なんて詐欺集団も出てきたし、「豊田商事」や「天下一家の会」とか、バーナードローレンス事件とか、ほとんど無数ともいえる詐欺師が雨後のタケノコか、汲み取り便所のウジ虫のように湧いて出てきた。



 それらの共通点こそが、実証的、科学的方法論から逸脱した妄想で人々を「信念」と錯覚させ、洗脳するものだった。

 だから、同じ穴の狢というか、統一教会や幸福の科学も、その延長から一歩も外れてはいない。そこには妄想の決めつけだけが存在し、「科学的方法論」が存在しないのだ。



 すでに、このブログで何回も指摘してきたが、現在の三大宗教(キリスト教・イスラム教・ユダヤ教)の祖は、3500年以上前にパレスチナにいたアブラハムである。

 それは、彼がイサクを生け贄に捧げたモリヤ山の神と交わした契約から始まる。

 その一連の歴史的経過が、旧約聖書に描かれている。



 私は、岡村春彦の「世界を動かしているのは宗教だ」という指摘を知ってから、宗教について考え始め、数十年を経て、やっと「世界は旧約聖書によって動いている」と理解することができた。

 その、もっとも本質的な部分は、創世記にある「神との契約=約束の地」である。

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%84%E6%9D%9F%E3%81%AE%E5%9C%B0



 アブラハムは、モリヤの神と契約し、「約束の地」が与えられた。これが、シオニストたちの宗教的信念の根源にある「グレーターイスラエル」の概念である。

 「ユダヤ人は、神との契約において、シオンの地に帰還しなければならない」

 これがシオニズムの宗教的信念の核心にある。



 シオニストは、欧州で金融業を営み豊かな生活を謳歌していた、ユダヤ人を帰還させるため、ナチズムを利用し、600万人が殺されたホローコストの恐怖を利用して、無理矢理、生き残ったユダヤ人をイスラエルに移住させたのだ。

 そして、グレーターイスラエルの核心地であるシリア・イラクの先住民を、戦争やイスラム国ISISの残虐殺人で外国(欧州)に追放してきた。



イスラエルとは、どういう国か? 2021年02月02日

 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-1392.html



ベイルート巨大爆発とグレーターイスラエル 2020年08月08日

 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-1211.html



プーチンの残虐によって、多くのロシア人(ユダヤ人)が、イスラエルに移住しているというニュースを見て、ますます「本当は何が起きているのか?」確信を抱いた。

 これも、グレーターイスラエル計画=シオニズムと矛盾しないのだ。



 世界は、「科学的方法論」によって、動いているのではない。宗教的妄想によって動いているのだ。

 というのも、グレータイスラエル計画の核心であるユダヤ人は、アシュケナージ(ハザール王国由来の転向ユダヤ教徒)であって、本物のユダヤ人ではない。

 そのシオニズムには、歴史的事実の根拠が存在しない。わずか1200年前に、ハザールの王が、ユダヤ教への改宗を命じたコーカソイドが、勝手に、「神との契約」を前提にした大虐殺の陰謀を繰り返しているのである。



 そして、「本物のユダヤ人=失われた十支族」の筆頭は天皇家であると、イスラエルのラビたちは、「アミシャーブ」と名付けられた国家プロジェクトで決めつけている。

 https://ci.nii.ac.jp/ncid/BA73956055



 https://ameblo.jp/kazukttk/entry-12239021587.html



 つまり、「天皇家をシオンの地に戻す」という命題は、創世記に描かれた「神との契約」の核心であって、ユダヤ人ホローコストや、911テロ、ISISによるシリア・イラク国民大虐殺、ベイルート巨大爆発によって「グレーターイスラエル」を実現するとともに、「ユダヤ人をシオン(大シオン=大イスラエル)に連れ戻す」一連の信じがたい超絶的陰謀が、これから日本に対しても行われるという可能性が非常に強い。



 ユダヤ人=プーチンが日本列島にサルマト水爆ミサイルを打ち込めば、日本はたったの三発でこの世から消えてしまう。

 それでは、天皇家も一緒に消えてしまうから、もしかしたら、サルマト発射の前に、浩宮一家はモサドに誘拐されて外国に匿われるのかもしれない。

 ならば、残りの1億日本人は用済みなので、この世から消してしまうことになる。



 シオニストのこの世の者とも思えない超絶的に恐ろしい陰謀が、今まさに実現しようとしているのではないか?

 それは、本当に私の妄想にすぎないのだろうか?