縄文時代は、17000年前〜3000年ほど前まで続いた。この時代に生きた人々の平均寿命は、男性31.1歳、女性31.3歳と評価されている。
https://www.city.toyama.toyama.jp/etc/maibun/kitadai/j_kouza/kouza-21.htm
遺跡から出土する食品は、想像以上に豊かだったといわれる。ナッツ類、肉類、それに農耕も始まっていた痕跡がある。
https://food-and-healthcare.com/jomon-4579
それなのに、平均寿命が30歳程度しかなかった理由は、おそらく規則正しく安定した食環境がなかったせいと考えられる。
つまり、春先や秋のように食品が豊かな時期と、冬のように乏しい時期の濃淡が著しくて、まったく食事ができない期間が数十日に及ぶこともあった。
これは、大型野生動物のほとんどが同じように空腹を抱えた「食べられない」時期が必ず訪れることで、人間様も同じ運命だったわけだ。
食べられない期間が数ヶ月にも及べば、当然餓死者が出てくる。
天明天保の飢饉や昭和大恐慌などでも、東北の苛酷な環境では、餓死者を出す深刻な事態になっていたことが報告されている。
津軽や秋山郷では人肉を食べた記録もある。
ちなみに、「餓死」は現代でも無数に起きていて、例えば、中国では1960年代の大躍進運動でも数千万人の餓死者が出たといわれるし、現在、上海で行われているコロナロックアウトでも、たくさんの餓死者が出ていると報道されている。
北朝鮮は、1990年代や現在でも、大量餓死者が報告されている。だから人肉食が定着した地域まであると噂されている。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8B%A6%E9%9B%A3%E3%81%AE%E8%A1%8C%E8%BB%8D
https://amor1028.exblog.jp/16663172/
縄文時代には、半月〜一ヶ月程度の食空白は普通にあったようだ。だから冬眠前の熊のように、食べられるときに腹いっぱい食べた。
現代人が長寿を誇るようになった理由は、定期的な食環境が成立したせいである。一日三食食べる習慣は、大正時代以降のことで、その理由は人工光源の普及によって、一日が長くなったせいである。
つまり、明治以前は、薄明るくなる早朝に起きて、激しい仕事をこなし、9時ころ朝食を摂る。そして夕方暗くなる前に、夕食を摂るというパターンで、一日二食が普通だった。
これは奈良時代〜明治時代まで長きにわたって続いた食習慣である。しかし、中国に渡った僧たちは、三食習慣があったともいわれ、その影響で、公家にも三食習慣があったらしい。
また戦争を担う武家や石工のような激務労働者にも三食文化があったといわれる。
https://www.kk-bestsellers.com/articles/-/10838/
人工光源が全国に普及した大正時代になると、三食習慣も定着し、食事が着物や家屋敷のように一つの文化として認識されるようになり、食文化も無数のバリエーションが生まれた。菓子類、デザート類が爆発的に普及したのもこの頃だ。
また和食では、一部の特権階級に限られていた寿司、懐石、揚げ物など豊富な(膳)食文化が一般にも定着した。それまでは、餅米玄米と煮物、団子やおにぎりのような携行食が主流だったようだ。
労働者が三食を食べ、また人工光源で夜中まで仕事するようになって、経済は飛躍的に規模を拡大した。人々は忙しくなり、休む暇を失っていった。
さまざまの現代病は、こうして人が休まなくなってから生み出されていった。飽食が許されなかった貧しい時代には、過労によって生まれる病気や、糖尿病や痛風など「習慣病」は存在しなかったといわれる。
さて、現在起きている食糧危機は、全世界で食料の絶対量が不足する事態だといわれている。ただ全世界の食料在庫の半分を買い占めた中国だけが飢餓を免れる可能性があるが、中国共産党幹部の腐敗ぶりをみると、特権幹部たちが、民衆を本気で救済するとは思えないのだが……。
年内くらいは、乾麺や菓子類など、さまざまな食料製品在庫があるので、大規模な飢餓になるとは思えないが、秋の馬鈴薯の作付け次第では、年末から来年に、第二次世界大戦以来の本格的食糧不足が起きるかもしれない。
そうなれば、冒頭に紹介した縄文時代のように、長い食空白を強いられるかもしれない。
とりあえず、半月ほどは水さえあれば食事をしなくても生きていられるが、断食が一ヶ月以上に及ぶと、体が動かなくなり、生きる意欲も萎えてしまう。二ヶ月も続けば生きていられる人は、ほとんどいないだろう。
しかし、毎日少しずつでも食べていれば、生きてゆける期間は大きく延びる。
一日一食主義は、数年前から実践する人が増えたので有名になった。芸能界ではタケシやタモリが続けているらしいが、見かけ上は異変が見られない。内村航平のようなスポーツ選手が実行しているのは心強い。
https://rank1-media.com/I0003958
一食主義は、私も試し見たことがあるが、山歩きをすると腹が減りすぎて、とても続かなかった。腹が減るような暇がない人=忙しい人でないと無理なような気がした。
ヤマギシ会で仕事をしていたときは、一日二食主義だったが、特に違和感を感じたことがない。腹が減った記憶もない。
一食主義を行っている人のブログを見てみよう。
一日一食にすると、人生のコスパが上がる《週刊READING LIFE vol.18「習慣と思考法」》
https://tenro-in.com/weeklyreading-life-vol-18/69099/
以下一部引用
最初のうちこそ、お腹がよく鳴って困るなぁと思ったり、「また24時間近く食事はお預けか……」ということばかり頭をよぎったりした。
けれど次第に、空腹感を感じにくくなった。食べない状態が当たり前だと、不思議なことにそれで大丈夫になっていく。
この一日一食スタイルは、想像以上にラクだった。何よりも大きかったのは、食事に関わる時間の短縮だ。
買い物に行き、献立を考え、下ごしらえして、料理をして、皿洗いと後片付けをして……。
当時一人暮らしだった私は、毎日この一連の家事をこなしていた。
それが当たり前と思っていたし、料理が好きだったので、面倒と感じたこともあまりなかった。
けれど二度の食事が一度になると、予想していたよりもはるかに、食事に割く手間と時間の短縮になった。私は「食べること」だけに、毎日こんなにエネルギーを使っていたのか、と呆れたほどだ。 もちろん、食費も半分になった。
間食もしなくなったことを思うと、ひょっとしたらそれ以下かもしれない。
この快適さを知ってしまったら、もう二食も食べていた頃には戻れない。
おかげで余裕ができて仕事の能率も上がったし、空いた時間で本を読んだり、好きなことができるようになったのは本当に嬉しい。
それだけではない。頭がますますクリアになり、色々なアイディアが湧くようになったし、心なしか記憶力もアップしたような気がする。
役に立つかどうかは別として、人と交わしたさりげない会話まで鮮明に覚えており、「よくそんなこと覚えてるね」と感心されることも増えた。
三食から二食にしたときには感じられなかった体調の変化は、肌の調子がよくなったことである。
おかげでメイクが薄くなり、化粧品を買う機会が激減した。買ってもなかなか使い切れないからだ。肌荒れや乾燥をしにくくなり、化粧水や乳液も不要になった(今年で30になるけれど、今でも全く使っていない)。
船瀬氏の後の著書『超少食で女は20歳若返る』によれば、少食にすると細胞が若返るらしいので、納得である。
自分に限ってそれはないだろうと思っていたが、睡眠時間も短くて済むようになった。
寝るのが好きで、それまでは毎日8時間以上は寝ていたのだけれど、そんなに寝ていられない。
寝ていたくても、自然に、スッキリと目覚めてしまうのだ。
「目覚めの良さで健康状態がわかる」と聞いたことがあるけれど、確かにそうかもしれない。一日のスタートを爽やかに切ることができるのは、本当に気持ちがよい。
夜は布団に入ると、5秒で寝てしまう。胃の中が空っぽだと、寝つきも抜群にいいのだ。
痩せてしまわないのか、と心配になる人もいるだろう。私の場合は、一食にしたばかりの頃は5kg痩せ、3kg元に戻って落ち着いている。
一食しか食べないと、入ってきたエネルギーを身体がありったけ吸収しようとするので、意外と痩せない。
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一部引用以上
なかなかいいことが書いてある。一食主義にすると、アタマがクリアになって、睡眠の質が良くなるという。
しかし、本当に間食はしてないのかな? 食事を減らした分、間食が増えたりして。
星野佳路「1日1食主義で思考がクリアに」
https://style.nikkei.com/article/DGXMZO12350870R30C17A1000000
この人も同じことを言っている。
〜痩せますよ〜 一日一食にして4年が経過したのでその報告とおすすめの本
https://www.mlog1971.com/entry/190806/isshokusyugi
一日一食の効果はダイエットではない?期待できる5つの変化と注意点
https://retio-bodydesign.jp/columns/article/omad-kouka/
ここでも、似たようなことが書かれているが、共通するのは、多少痩せることと、食費が少なくなること、アタマがクリアになることなどだ。
だが、私も含めて、「食事=健康維持=三食がっつり食べる」をマインドコントロールされた人間にとって、生活習慣を変えるためには大きなハードルがある。
冒頭に紹介したように、日本人は、基本的に一日二食主義で生きてきた期間が、たぶん一番長い。三食主義の刷り込みを二食主義に変えるのは大きな抵抗はないかもしれない。しかし、一食主義となると、どんなにいいことを言われても、ハードルを超えるのは、そこそこ難しいかもしれない。
だが、我々は、強制的に一日一食主義に変えなければならないかもしれない。
中国共産党が、人類の食物在庫の半分を買い占めてしまい、世界最大級の食料生産国が戦争を行っていて、何よりも、世界最大の肥料供給国が出荷不能に陥っていて、あのアメリカですら、相当数の農家が、肥料散布さえできなくなっているというのだ。
年末までには、第二次世界大戦後、最大級の穀物在庫の減少がやってくる。
私の予想では、年末か来年には、食料配給制になる可能性がある。しかし、日本は新自由主義社会=弱肉強食社会なので、金持ちが食料を買い占めて、貧乏人に回さないという事態がやってくる可能性が高いと思うしかない。
配給制にして平等な分配を、今の自民党や維新が積極的に行うとはとても思えないのだ。彼らの思想的バックボーンである竹中平蔵は、「貧乏人は死ね」という主義であることがはっきりしている。
だから、私は日本版「ダーチャ」、自家農園を薦めてきたが、この場合は、生産量が限られているので、全体で食料が不足に陥ることは避けられない。
そこで、貧しい日本国民は、強制的にでも「一日一食主義」を強いられる可能性があるということになる。
上に紹介した一食主義の例をみれば、食物消費量が半分になっても、健康への影響はゼロであり、むしろ、いいことずくめの結果が待っている。
一食主義を行いながら、ダーチャ=家庭農園を拡大し、馬鈴薯、甘藷を中心に、自給自足を目指すということが、未来を救うことになるかもしれない。
もしも、突然、食料供給が停滞し、パニックになったとしても、一食主義の知識があれば、余裕を持って食料不足に対応できるのではないだろうか?

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