ずっと応援していた山本太郎=れいわ新撰組が、ガチガチの原発推進派である浅草キッド(水道橋博士)を公認したことで、骨髄足裏まで反原発である私には、もう二度と応援不可能になってしまったので、参院選について何か書こうとしていたことも筆が進まなくなってしまった。
そこで、数年前まで、ほぼ瀕死だった私が、とりあえず生き延びて、呼吸できている最大の理由について書くことにした。
それは山歩きについてである。
私が山歩きにのめりこんだきっかけは、高校の林間学校が栃尾にあって、そこから学校行事として焼岳に登ったことだった。
当時は、1962年の噴火災害から、あまり時間が経っていなかったので、中尾峠までしか登ることができなかった。
実は、私は1991年に日本百名山を完登しているのだが、焼岳と浅間山、それに300名山の越後焼山だけは、いつも山頂立入禁止で、ピークを踏んでいないのだ。
だが、このときの中尾峠登山は、私の登山欲に完全に火をつけた初登山だった。それは、あまりにも素晴らしすぎた。
何に感動したかといえば、まだ60年代は、大気汚染が消えていなくて、名古屋で育った私は、大同製鋼や中部製鋼、東海製鉄などの公害で、学校のお絵かきでも空を灰色に塗る子供が大半だった時代で、滅多に見ることのない北アルプスの青い大気が素晴らしすぎたのだ。
今でも、6月に上高地に行くと、日本最高景観の焼岳と穂高連峰を目の当たりにできるが、この素晴らしさは、尾瀬・八甲田・大雪と並んで、おそらく世界中の自然景観にもひけをとらないのではないかと思う。
この3カ所は、日本人として生まれたなら、一度は見ておくべきだろう。あとは坊がツル、久住高原も良かったな。屋久島も素晴らしかった。
初登山後、東京に出てからも、私は余裕さえあれば奥多摩・奥秩父をかけめぐった。
当時は車がなかったので、電車とバスが頼りだったが、1970年代は、日本中、どんな過疎地でも、そこそこのバス便があって公共交通に不自由はなかったと思う。
バス便が廃止されはじめたのは、たぶん中曽根政権が新自由主義経済による地方切り捨て政策をはじめてからだったような気がする。
当時は、まだ五万図くらいしか手に入らなかったが、赤鉛筆でルートをなぞると、地図が真っ赤に染まったものだ。
あの当時は、ベトナム反戦デモと奥多摩登山が私の日課だった。
栃尾の林間学校では、課題として民俗学研究が出され、私にとっては、これも生涯を決定づける分野となった。
当時の栃尾は、家屋がすべて板屋根に石を載せた中世以来の形式だった。後に、私は屋根や建築の研究も行うことになった。
私は歴史と民俗の研究にも夢中になっていた。1970年代は、まだ登山ルートの山奥に、中世以来住み続けている集落がたくさん残っていて、奥多摩の和馬や日原、檜原などに数百年前の家屋が生きていた。
これらの屋根や民俗を調べながら、この人たちは武田氏由来なのか、それとも平家の落人なのかと、胸をわくわくさせながら調べたものだ。
名古屋に戻ってからは、鈴鹿の山奥を歩き回り、廃道を歩いているうちに、野生化した大麻畑を見つけたり、朽ちかけた廃屋に残る民俗を調べたりしていた。
また、山を歩きながら、その歴史を調べるて紀行文を書くことをライフワークにしていた。もちろん、こんなことをしていると、世間から評価されたり、彼女が見つかるような僥倖は皆無で、私は浮浪者や、大麻探しの半グレ人のように思われて、孤独な生活を送っていた。
そして、そのまま私は一人で化石のように老いてしまった。
当時書いた紀行文の多くが、ヤフーにブログとしてあげていて、廃止とともに消されてしまったので、回復できたのは半数にも満たない。
以下に、ごく一部、生き残ったものを掲示する。日付は新しいが、実際に書いたのは、1980年代だ。
それぞれの山の物語 1 藤原岳 2017年02月14日
http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-96.html
それぞれの山の物語 2 京丸山 2017/02/14
http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-95.html
それぞれの山の物語 3 台高山脈(FC2ブログのこのページがなぜか勝手に消されてしまっていたので、今回、ライブドアブログにアップし直した)
http://hirukawamura.livedoor.blog/archives/5938719.html
それぞれの山の物語 4 それぞれの山の物語 その4 白山巡礼(これも消えてしまっていたので、一昨年、再生したもの)
http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-1331.html
それぞれの山の物語 5 南アルプス深南部 中編(前編、後編が発見できない)2017年02月15日
http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-88.html?
それぞれの山の物語 6 修験道路の山旅 前編 2017/02/16(後編が消されている)
http://tokaiama.blog69.fc2.com/?m&no=86
他にもたくさんアップしてあったが、調べるたびに、私の書いたはずの紀行ブログが消されてゆく。フロッピーディスクに記録してあった原稿も再生不能なので、もう回復できないようだ。
私は1980年代から「山浮浪記」という題で、たくさんの紀行文を書いて知人に送りつけていたのだが、大半が失われ復活できないので残念だ。
なかには、民俗学上の貴重な文献もあったのだが……。
一番大切にしていたのが、鈴鹿や大峰、アルプスの単独沢登りの記録なのだが、ほぼ全部失われている。フロッピーディスク記録を発見できても、もう再生できない。
山歩きは、やはり文書で記録を残すことが大切だ。何十年も前の記録を参照しながら、山の変遷を理解することができる。
私は、70年代、鈴鹿の廃村で、野生化した麻の自生地をいくつか見つけたが、その集落名も分からなくなった。大麻に興味はないのだが、後に、暴力団が入り浸っているとの記事を見つけたことがある。
また静岡の南ア深南部の木地屋廃村では、戦前の生活道具類を発見した。これなどは民俗学研究者にとっては垂涎の資料になるはずだが、たぶん、もう収集できないだろう。
さて、山歩きというのは、私の人生にとっては、たぶん人生と命の源のようなカテゴリーで、山歩きなしでは、私は、とうてい、この年まで生きていることはできなかった。
2014年ころ、間質性肺炎(肺線維症)を発症し、布団上げや階段上りさえ困難になってしまい、一人暮らしの我が家はゴミ屋敷と化してしまったのだが、若い頃から人生の一部と化していた登山習慣のおかげで、適切なリハビリテーション=呼吸トレーニングを行うことにより、五年で死ぬはずが8年経ても生きていることができる。
もしも、私に山歩きの習慣が血肉化していなかったなら、とうてい苛酷な呼吸トレーニングはできなかった。
とともに、医学の本質は、ドイツ医学流の屁理屈論理学ではなく、患者のホメオステーシス(生体恒常性維持機能)を助けるリハビリテーション、すなわち自然治癒力の手助けでなければならないと強く確信を抱いた。
医者は、自分の権威を見せつける目的で、余計な屁理屈に頼り、余計な検査で患者を悪化させ、殺してしまうのだ。
ただ、黙って患者の自然治癒力を大切にしていれば、それで医学は十分だったのだ。
私が山歩きで、もっとも大きな効能を実感したことは、認知症の予防である。
https://asl-genki.jp/?p=18579
https://www.nhk.or.jp/radio/magazine/article/yamacafe/FO9EHFgnQP.html
私は20年くらい前に、ひどい認知症になりかけたことがある。当時は腎臓や肝臓が不調で、さまざまな障害が出て苦しんでいたが、わけても「肝性脳症」になりかかってしまい、一種の精神異常状態にまでなった。
文章を書いていても、突然、自分で何を書いているのか分からなくなってしまう。
私はアマ無線2級だったのに、電気電波のメカニズムについて、自分の書いたものを読み直すとデタラメだったりしてショックを受けた。
これが内臓の不調から来ている、脳の障害であることが分かったのだが、どう治療してよいか絶望的になった。
しかし、腎臓障害も含めて、毎日山を歩くことで軽快してゆくとの報告があり、わらにもすがる思いで、必死に歩き続けた。
間質性肺炎の呼吸トレーニングでも、ただただ、森林浴を兼ねた山歩きだけが、医者に行けば検査だらけで結局殺されてしまう現状に対し、自分を本当に救ってくれたと確信している。
一時はまともに尿も出なくなり、ひどい腰痛で苦しんだ腎臓障害も「歩くことで治せる」という論文を頼りに、せっせと歩き回ることで、かなり正常化している。
https://www.amazon.co.jp/%E8%85%8E%E8%87%93%E7%97%85%E3%81%AF%E9%81%8B%E5%8B%95%E3%81%A7%E3%82%88%E3%81%8F%E3%81%AA%E3%82%8B-%E6%9D%B1%E5%8C%97%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E3%81%8C%E8%80%83%E6%A1%88%E3%81%97%E3%81%9F%E6%9C%80%E5%BC%B7%E3%81%AE%E3%80%8C%E8%85%8E%E8%87%93%E3%83%AA%E3%83%8F%E3%83%93%E3%83%AA%E3%80%8D-%E4%B8%8A%E6%9C%88-%E6%AD%A3%E5%8D%9A/dp/4837613349
登山の効用としては、以下のように考えられている。
https://www.tyojyu.or.jp/net/kenkou-tyoju/shintai-shumi/climbing.html#:~:text=%E7%99%BB%E5%B1%B1%E3%81%AF%E6%99%82%E9%96%93%E3%82%92%E3%81%8B%E3%81%91,%E3%83%88%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%8B%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%81%AE%E5%8A%B9%E6%9E%9C%E3%82%82%E3%81%82%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82
登山は時間をかけて山道を歩き続ける有酸素運動になります。標高が高い山では低酸素状態で運動を続けることで、より循環器系に負荷をかけることができます。「高地トレーニング」として持久力向上のために使われることもあります。
また、登り下りのある山道なので足腰の筋力を鍛える筋力トレーニングの効果もあります。主に使われる筋群は、腸腰筋や大腿四頭筋、大臀筋、ハムストリングスが挙げられます。登りと下りで短縮性筋活動と伸張性筋活動の両方を必要とするので、慣れない人では筋肉痛になりやすいかもしれません。石や岩がある自然の道を歩く際にはバランスを保つ力も大切になります。歩きながらバランストレーニングの効果も期待できます。
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引用以上
これはトレーニングルームのなかでの運動とはわけが違う。美しい山の景色を遠くに眺めることで老人性の視力障害も軽快してゆく。
パソコンでブログを書いていると、ひどいときには視力が半分以下に減退し、本はおとか、パソコン画面さえ見えなくなるときがあるが、山歩きと森林浴のなかで、見事に視力が回復してゆく。
また、脳のなかに溜まったベータアミロイドとかレビー小体とか、認知症の原因になる物質も、森林浴によるストレス解消と、疲労感による快眠によって消えてゆくのだ。
はっきりいって、私は毎朝二時間の山歩きなしには、ブログを書くことさえできない。
山歩きだけが、脳を活性化してくれて、靄のかかったような鈍い感覚を正常な感覚に戻してくれる。
私は、山歩きのおかげで認知症が改善している。そして、ブログが書けるようになっている。黄昏のような景色が、くっきりとした輪郭を持った、生き生きとした普通の景色に見えている。
歩くおかげで、尿も正常化し、酒も飲むことができるようになった。
私の人生で、最高の出会い、それは山歩きである。

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