60歳を超えたころから、「老化」という問題に自分が直面させられていることを思い知らされることが増えた。

 人が「老化」を深刻に捉えるきっかけは、たぶん視力だと思う。それまで正常に見えていたものが、まともに見えなくなる。



 文章を書いていても、字がうまく見えないため、校正が困難になる。このブログを書いていても、細かい文字が見えづらいため誤字脱字に気づかない。

 たぶん、ブログ一回分で数カ所の間違いがあると思う。視力が普通だったときには考えられないことだ。

 パソコンで書く場合は、特にそうだ。長時間見続けていると、視力の減退が半端ではない。私は1980年代からワープロ・パソコンで文章を作っていた。



 シャープ書院やPC98ノートの頃は、液晶も白黒で見やすく、目に優しかったが、今世紀に入ってからのパソコン・カラーディスプレイは、目を痛めることが増えた。

 青色LEDがフルカラーディスプレイに取り入れられてから、とりわけ悪化が加速した。

 https://www.afpbb.com/articles/-/3225533



 物忘れの激しさは、バイク転倒事故で脳挫傷を起こして「高次脳機能障害」と診断された若い頃からだが、その影響と思われる海馬萎縮による「即時記憶」の物忘れが深刻になったのは50歳を過ぎたあたりからだ。



 何かを買う必要があると思い立って、出かけて商店にたどり着くまでは良いのだが、店に入ると、何を買うつもりだったのか、まったく思い出せないようになった。

 だから、もう20年近く前から、買うべきものをメモして店に行かないと、目的のものを手に入れられなくなった。



 今では、今日が何日何曜日で、何をするべき日だったのか、いちいちスマホで確認しないといけない。

 困ったことに、昨日、どのように過ごしたか? を思い出せないだけでなく、自分は、何のために生きているのか? さえ忘れてしまうのだ。

 やがて、「生物学的に生きているだけ」の「漂うクラゲ人生」が迫っている。もはや、未来のビジョンを作り出す作業も、思い浮かばなくなった。



 このブログを毎日更新しているのだが、ブログのネタも、全然頭に浮かばなくて困ることが多くなっている。私は子供の頃から無限に想像力、連想力が働いて、書くべきネタがあふれ出て、勝手に頭のなかを泳ぎ回っていたものだが。

 言いたいこと、書きたいことがワンサカとあったわけなのだが、今では、時間をかけて探さないと出てこないのだ。



 今では、ネタが頭に浮かんでも、それを文章にするのに、とても苦労する。

 普通の状態では、まるで寝起きのようにぼーっとしているだけで書けないので、毎朝、2時間近く歩き回って、脳への血流を高め、さらにコーヒーを豆から挽いて出したり、緑茶を飲んだりし、カフェインの力を借りて、さらにシャワーや風呂に入って脳血流を高める工夫を重ねて、やっと文章が書けるようになる。



 睡眠が不十分でも書けないので、散歩から帰って、わずかでも寝ないと惚けたままで書けない。寝ることで、脳内老化物質を除去し、脳血流を活性化するのだ。

 脳内老化物質というのは、認知症の原因物質である。放置すれば、アルツハイマーやレビー小体認知症を引き起こす。



 私の実父は、80歳前後には、かなり強い認知症の症状が出ていた。怒り出すと目の色が変わった。まるで亡霊に取り憑かれているようで、別人みたいになった。

 実母は、90歳前後から、あらぬ妄想をしょっちゅう口走るようになった。それも、父が浮気をしていたというもので、あまりにもリアルで整合性があり、とてもウソとは思えず、信じさせられてしまったほどだ。



 これも、いわゆる「認知症誘発物質」のせいだっただろうと思う。

 アルツハイマー病の原因物質については、アミロイドβと、それによって凝集させられたタウ蛋白といわれる。これは健常者の脳内にも普通に存在するもので、ぐっすりと眠ることで、毎日血流によって排出している。

 だが巨大なアミロイドβが生成され、排出ができず脳内に蓄積する場合もある。これが脳内の微少脳梗塞痕に蓄積し、タウ蛋白が周囲を破壊してアルツハイマーを引き起こす。

 https://www.saiseikai.or.jp/medical/disease/lacunar_infarction/



 ラクナ脳梗塞のような無症候脳梗塞は、70歳を過ぎた大半の人に見られるそうだ。

 https://www.nhk.or.jp/kenko/atc_368.html

 無症候脳梗塞とアミロイドβの相互作用こそ、無敵の認知症原因なのだ。

 これを除去する薬が開発されたこともあったが、効果は確認されていない。



 さらに、レビー小体蛋白という認知症物質があって、これが脳に溜まるとレビー小体型認知症を発症する。

 これはパーキンソン病と深い関係があって、手足のふるえが起きていたり、寝ているとき夢とともに体が動いたり怒鳴ったり、嗅覚が急に衰えたりした人が発症するといわれる。

 私も、数年前から嗅覚が激減したので、このタイプの認知症を疑っている。

 https://nakamaaru.asahi.com/article/13781599



 プーチン大統領の映像から、「レビー認知症」が疑われていて、独裁者が激怒したり、異常な判断を示すときには、レビー認知症が疑われるそうだ。

 つまり、ウクライナ侵攻は、独裁者プーチンの認知症が原因である可能性が大きい。豊臣秀吉も同じだったらしく、不可解な朝鮮侵攻はレビー認知症のせいだったかもしれない。

 これも睡眠不足だと発症しやすく、熟睡によってレビー小体蛋白が除去されやすいとされる。



 だから、認知症を予防するには、新薬に頼ってもダメで、歩行や入浴によって脳内血流を高めることと、ぐっすり眠ることが一番大切ということになる。

 だが、それでも完全に予防することはできない。それは、認知症によって、人は死を望むようになり、それが人生の幕引きのサインだからである。

 老いは必ずやってくる。認知症は老いの属性である。そして、死はすべての人にやってくる。誰一人、それを止めることができないのだ。

 我々は自らの認知症を自覚することで、死を受け入れることができるのである。



 70歳以上の約1割、90歳以上になると5割が、認知機能低下に伴う認知症になる。認知症を完全に克服することは不可能だ。我々は認知低下と共存しながら、それなりの充実した人生を目指すしかない。



 認知症は予防どころか、それを加速するものがある。それは、糖尿病や高血圧、慢性腎臓病である。食物にも注意が必要だ。

 食べ物に含まれているカビを摂取すると脳にカビ毒が発生して、脳神経を破壊していくと言われる。生活室内にカビが多いことも脳を破壊する原因になるので、こまめに掃除するきれい好きは認知症になりにくいことになる。

 私は、その意味で落第だ。



 私のような脳挫傷経験者は、とりわけ発症しやすいともいわれる。脳血管の傷がラクナ脳梗塞の原因になり、アミロイドβが溜まりやすいからだ。

 歯周病がアルツハイマー型認知症を引き起こすこともある。歯周病原菌がアミロイドβを作り出し、血流に乗って全身をめぐり脳に蓄積するのだ。

 私も、それを知ってから、ずぼらだった歯磨きを改め、少し真面目に歯をケアするようになった。

 歯周病性のアミロイドβが脳に到達すると、脳に老人斑というシミを作り、脳を破壊するのだという。

 歯周病は、「噛む」力を弱らせるが、噛むことは海馬を活性化させる作用があり、噛まなければ海馬は衰え、認知症になりやすくなる。



 幸い、私は、ろくに歯磨きもしなかったが、現在も自分の歯だ。悪化したのは、すべて若い頃、歯医者にかかって虫歯の詰め物をした歯だけだ。

 歯医者に行くことは認知症の原因になるかもしれない。歯が痛ければガムを噛むことで治せる。私は歯痛のときは、すべてガムだけで治療してきて何の問題も起きていない。



 食事に関しては、「カビを避ける」こと。つまり食材は新鮮さを第一に考えること。

 豆腐などに含まれる大豆レチシンは神経物質を作ることができ、記憶力維持に効果があるとされる。

 オリーブオイルにはオレイン酸が含まれ、アルツハイマー病の原因物質の蓄積を防ぐ効果がある。

 私は、5年ほど前から、サラダ油の使用をやめて、オリーブオイル一本にした。それもアミカで売ってる「レンタビータ」ピュアオイルだけに決めている。エクストラバージンは信用しない方がいい。



 老化の本質



 霊的存在を本質として考えるなら、人生は限られた肉体のなかで学ぶための、たくさんある人生のなかの一つのプロセスにすぎない。

 これは、ブライアン・ワイス博士の「前世療法」のなかに述べられている。

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%89%8D%E4%B8%96%E7%99%82%E6%B3%95



 私も、36年前に発刊されたこの本を読んで180度思想を転換させられらた。

 人生は小さな断片にすぎないが、霊的人生は、小さな人生の集合体であることを知り、どれほど救われたか分からない。

 この本は、未来に対してポジティブになることを約束してくれる。すなわち死は次の人生の幕開けであり、老化や死は何一つ怖いもの、嫌な運命ではないことを教えてくれた。



 一人の人生の時間は、物理的時間とは異なる。細胞が若いほど、精神的時間は長い。

 私の感覚では、人生の時間単位を考える上で、今70歳の人の物理時間である1年間は、8週齢胎児にとっては10万年の精神時間、新生児は1万年、1歳児は1000年、10歳児は100年、30歳は3年、60歳になれば1年、80歳なら半年しかないということだ。

 つまり、若いほど、同じ時間でも長い意味がある。だから年をとるほど、あっというまに時間が過ぎてゆく。

 生まれたばかりの新生児にとっての1時間は、我々の1時間の1万倍の意味がある。



 仮に、幼児のうちに夭折したとしても、人生の意味は、我々とさほどの違いはないわけだ。胎児では、生物発生から数億年の進化を、すべて体験することになる。

 だから、受精卵から胎児になるまでのプロセスは、すべての動物に共通している。

 この意味するところは、70歳の人が1年長生きしたって、霊的人生、精神時間にとっては、ほとんど無意味であって、人生に必要なものは60歳までに、すべて終えていて、残りの人生を「余生」というわけである。



 つまり、我々老人にとって長生きは、あまり意味がない。必要なことは、認知症によって感受性を劣化させないで、若者のように生き生きとして、ワクワクしながら、感動的な体験をすることに価値があり、ことさら物質的肉体に固執する理由はないということになる。



 細胞にはテロメアという寿命を定める因子があるとされる。細胞はおよそ50回の分裂が限界であって、老化細胞では、増殖能力がもとに戻れないように制御されており、老化細胞に増殖を促す処理を施しても、再度増殖が始まることはない。

 だから、脱落した老化細胞が、「シミ」や変質細胞となり発癌因子ともなる。70歳を過ぎれば、ほとんどの人に癌細胞が大量に生まれるのである。

 だから、癌細胞を必死になって除去するのは無意味なことであって、死のその日まで、共存するしかない。



 というわけで、老化を自覚したなら、何をなすべきか?

 それは、毎日、歩くことだ。

 私の場合は、毎朝4時に起きて、5時にはバイクに跨がって山に向かう。5時半から7時半まで歩いて、写真を撮ったり、高所の大気を吸い込んで、持病の間質性肺炎を克服するためのルーチンワークを行う。

 そして、帰宅して、このブログを書くことが日課だ。



 どんなにがんばっても老化も認知症も避けられない。だから従容として死を受け入れ、次の人生のビジョンを描いているところだ。