いつものように5時過ぎから近所の笠置山に向かったら、途中の道で、久々に見るもの凄い地震雲が出ていることに気づいた。
「清姫の帯だ!」と思わず叫んだ。
2022年9月26日、5時20分頃、蛭川から南、太平洋方面を撮影

これは水平線の果てから果てまでつながる一直線の強烈な地震雲(白帯雲)である。
毛呂窪から姫栗林道に向かう途中でも、何枚か撮影した。

上の写真は、恵那山の右側、太平洋方面
下の写真は、恵那山の左手、ちょうど朝日が昇る地点が見えている。

普通の白帯雲に比べて、シャープネスが著しいので、規模が大きい。
明らかな「清姫の帯」だ。
中里介山の小説「大菩薩峠」龍神の巻に「清姫の帯」の記述がある。
https://www.aozora.gr.jp/cards/000283/files/3332_15107.html
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なんの気もなく空を見れば、鉾尖ヶ岳と白馬ヶ岳との間に、やや赤味を帯びた雲が一流れ、切れてはつづき、つづいては切れて、ほかの大空はいっぱいに金砂子を蒔いた星の夜でありました。
東から西に流れる雲、或いは西から東へ流れる雲。それが細長くつづきさえすれば、赤であっても、白であっても、ほかのどんな色でも、色合いにはかまわず、土地の人は一体にそれを「清姫の帯」と呼びます。

いま、お豊が見たのも、その「清姫の帯」であって、牟婁郡から来て有田郡の方へ流れているのであります。
お豊は、この土地へ来て、「清姫の帯」を見るのはこれがはじめてですから、ただ、まあ珍らしく細長い雲と思ったばかりですけれども、もしこの土地に永く住み慣れた人ならば、面の色を変えて、戸を立て切り、明朝とも言わずに竜神の社へ駈けつけて、祈祷と護摩とを頼むに相違ないのであります。
ことに、東、鉾尖ヶ岳から、西、白馬ヶ岳までつづく「清姫の帯」は、土地の人にいちばん怖れられています。
三年に一度あるか、五年に一度あるか、とにかく、「清姫の帯」が現われることはあっても、この二つの山までつづくということは滅多になく、もしそれがあった日には、土地の人は総出で竜神の社へ集まり、お祓いをし、物忌みをし、重い謹慎をして畏れる。最初にそれを見つけた人は、その歳のうちに生命にかかわる災難があるのだということでありました。
中略
「それはね、帯というたとて、金襴や緞子でこしらえた帯ではない、天にある雲のことですよ」
「雲のこと……」
「それだけでは、まだわかりますまいね。なにしろ、それぐらいの執念ですから、この日高川の上、日高郡一帯には、まだ清姫様の怨霊が残っているのですね」
「怖いことでございます」
「その怨霊が雲になって、この日高郡の空へ現われる、それ、あちらに見える鉾尖ヶ岳から、こちらに遠く白馬ヶ岳まで、一筋の雲がずーっと長く引いた時は大変だ、それが今いう、清姫様の帯だ」
「まあ、鉾尖ヶ岳から、白馬ヶ岳まで……」
「そうそう滅多にそんなことはないがね、五年に一度とか、十年目とかに、それが現われる」
「それが現われると、どうなるのでございます」
「それが現われたら、大変だ、この竜神村一帯に大災難が起る」
「それはホントでございますか」
「ホントにも嘘にも、昔からの言い伝えで、その時は、村中の御祓い、御祈祷、お慎みをするのだ」
「その雲は夜でも……」
「夜でも昼でも、それが現われたが最後じゃ……それをいちばん初めに見た者が、あの竜神様へお告げ申して、お祈りをする、それを隠してでもいようものなら、その人には、きっと清姫様の怨霊がたたって、生きながら蛇になる」
「そんなことがあるものでしょうか」
「あるかないか、昔からの言い伝えじゃ。お内儀さん、お前さんもこの土地に居着きなさるものなら、よく覚えておおきなさい、鉾尖ヶ岳から白馬ヶ岳まで一筋の雲……」
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引用以上
「清姫の帯」が地震雲であることを紹介したのは、元奈良市長、故鍵田忠三郎氏の「これが地震雲だ」(中日新聞社刊)である。
1970年代後半だったような気がする。以来、全国に地震雲観測マニアが増えたが、気象庁や気象予報士の大半が、地震雲に対して否定的見解を述べていて、今も事情が変わっていない。
気象予報士の森田正光、荒木健太郎らは、鍵田氏はじめ、地震雲マニアの我々が半世紀にわたって観測を続けてきた成果を一笑に付していて、「地震雲などあるはずがない」と、ろくに観察もせずに、「それは飛行機雲の見間違いだ」と決めつけてきた。
だが、我々は半世紀にわたって、数千数万の地震雲を観察し、結果との整合性も確認している。地震雲観察者は、私も含めて、真実性に絶対的確信を持っている。
ここでは、地震雲について詳細な解説をしないが、基本的に地震前兆雲は、今回紹介している白帯雲か断層状雲である。もちろん、他にも畝状雲、漣状雲など数十種類もあるが、私個人は、磁力線に沿って生成されると考えている。
つまり、磁気単極子=モノポールが磁極(磁場)間を移動するときに水蒸気を生成すると仮説を考えている。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A3%81%E6%B0%97%E5%8D%98%E6%A5%B5%E5%AD%90
ほとんどの場合は、空高く出現する、平行に数本出る鋭い帯雲だが、東日本大震災の前に出現した地震雲は、私の生涯で二度と忘れることのできない恐ろしいものだった。
だが、それを見たとき、私は東濃厚生病院の病棟に事故で入院中で、携帯も充電器がなく撮影できなかった。2022年2月末のことだ。
それから半月後くらいに東日本大震災が発生した。
その雲は、病棟(たぶん五階)の窓から見て、南側、太平洋方面(今回も同じ)の 地平線上の山々にへばりつくように、折れ曲がりながら、端から端まで、長大に出現した白帯雲だった。
後にも先にも、このように山々にへばりつくように折れ曲がった帯雲を見たことはない。ほとんど、空高く出現するシャープな直線状帯雲ばかりだ。
それはまさに、「清姫の帯」にふさわしいものだった。
これも、おそらく地磁気の影響で出ていた雲だろうと感じた。
今回の鋭い帯雲は、その意味では、おそらく東日本大震災ほどの前兆ではないだろう。
だが、経験則からM6〜7程度の大きさがあるように見える。

上の写真のように、恵那山の「七号地気」が鮮明に見えている。これは私が名付けたもので、恵那山の七合目より上に地気が鮮明に見える場合、関東〜東北の範囲で強い地震が起きる。タイミングとしては、出現して数日後が多い。
今回の前兆の震源地は、私の経験則をいうと、関東沖〜北海道東方の太平洋岸である。 南の空に出る東西の帯雲は、ほとんど東北北海道の太平洋側の地震になる。
逆に、北の空に出る東西の帯雲は、ほぼ、九州〜南西諸島の強い地震になる。
発生タイミングは、普通は地震雲出現から4日後が一番多い。もしそうなら9月30日頃ということになる。出現高さが低いほど遠方になるので、この位置だと青森東方沖の可能性が強いと思う。
ときには、7日後であったり、東日本震災のときのように半月後であったりするのだが、とりあえず、9月30日を考えたい。
規模は、東日本震災に及ばない、もしかしたら前震ではないかと疑う。本日は新月なので、もし本震が起きるなら、半月後の満月、10月10日の名月あたりを予想する。このときは、満月の引力トリガーが重なるので、極めて危険である。

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