この表題は、私が生まれたころ、ルネクレマン監督の作ったフランス映画の名作だが、我々の幼い時代、イエペスのギター演奏を聴いてギターを志した人も多かっただろう。

 私も、その一人だった。当時の若者は、ギターで「禁じられた遊び」を弾けることがステータスだったのだ。



 あらすじは、第二次世界大戦緒戦に戦争孤児になったフランス人少女の運命を描いたもので、ドイツ軍機による機銃掃射で、両親と愛犬を殺された5歳のポーレットは、愛犬の死体を抱えて彷徨い歩き、出会った少年ミッシェルの家に引き取られる。



 幼いポーレットは死というものがまだよく分からず、神への信仰や祈り方も知らなかった。

 ポーレットはミシェルから「死んだものはお墓を作るんだよ」と教えられ、愛犬の死体を人の来ない水車小屋に埋葬し、祈りをささげる。愛犬がひとりぼっちでかわいそうだと思ったポーレットは、もっとたくさんのお墓を作ってやりたいと言い出す。

 ミシェルはその願いに応えてやりたくなり、モグラやヒヨコなど、様々な動物の死体を集めて、次々に墓を作っていく。二人の墓を作る遊びはエスカレートし、ついには、十字架を盗んで自分たちの墓に使おうと思い立つ。



https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%81%E3%81%98%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%9F%E9%81%8A%E3%81%B3



 ちょうど、野坂昭如原作、高畑勲の制作した「火垂るの墓」を思い浮かべればいい。

 戦災を経験した人が視聴したなら、涙なしにはいられない。しかし、そんな人々も大半が彼岸に渡ってしまった。

 しかし、タモリが図らずも述べたように、今は「新しい戦前」なのだ。

 これから世界は第三次世界大戦の恐ろしい巨大な嵐に巻き込まれてゆく。そして、無数のポーレットや清太・節子が生まれるにちがいない。



 「禁じられた遊び」を持ち出した理由は、ダリル・アンカがチャネリングしている「エササニ星から来て地球軌道の上空から地球人にメッセージを送っている」というバシャールを引用したいからだ。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%83%AA%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%82%AB





もう10年くらい前だと思うが、バシャールは、人生にとって「ワクワク」することがもっとも大切だと語った。

 https://www.youtube.com/watch?v=dnSwdseJcTs&ab_channel=%E5%B2%A9%E7%80%AC%E3%82%A2%E3%82%AD%E3%83%A9-AKIRAIWASEOfficialChannel



https://www.youtube.com/watch?v=Ozg7-Jx6ErM&t=55s&ab_channel=%E6%A5%BD%E3%80%85%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%B1



 この言葉に強く影響された人は少なくない。私も、思わず「そうだったのか!」と思った一人だ。

 バシャールが架空の存在であっても構わない。真実が見えれば、それで十分だ。

 だが、「ワクワク」とは何か? 深く考えてゆくと、思いがけない結論に至る。

 私が至った結論は、「ワクワクとは【禁じられた遊び】である」ということだ。



 人が「ワクワク」するとは、どういうことか?

 好奇心を満たしてくれるもの、それがワクワクだ。そこには隠された真実を体験することが待ち構えている。ワクワクせずにはいられない。

 何にワクワクするかといえば、まずは快感をもたらしてくれるもの。それは食欲だったり、支配欲だったり、達成感だったり、いろいろあるが、結局のところ、手軽に得られる快感は性感ということになる。



 つまり、人々が「ワクワク」を求めるものといえば、それはエッチすることだ。

 それも、あたりまえに享受できるものには、それほどワクワクしない。まあ、大半の人は、人前に晒すことが恥ずかしい性感であり、もっとも手軽なのは自慰ということいなる。

 これは、見つかれば嘲笑されたり、怒られたり、恥ずかしい思いをするので、「禁じられた遊び」の代表格ということになる。



 エッチ遊びも、禁じられたものほどワクワク感が高まり、快感も強くなるわけだから、配偶者に内緒での他人とのエッチ、つまり不倫こそ最高のワクワクであり、さらに刺激を求めて、SM遊びをしたり、ときには強姦に近いことまでやってみたりする。

 「心ときめくワクワク感」というものは「禁じられた遊び」であることは、自分の欲求パターンを振り返ってみれば、誰でも容易に分かることだ。



 だけど、そんなワクワクに突き動かされて、不倫や変態性欲に至れば、配偶者との法的関係とか、子供の教育とかの社会秩序がめちゃくちゃになってしまうので、みんなやりたくても我慢している。

 だから、そうした「社会秩序からのはみ出し」は、いっそう人々をワクワクに駆り立て、「禁じられた遊び」の価値が増すことになる。



 だいたいLGBT(性的アイデンティティ不一致者)の多くが、この異性へのトランスジェンダーに対する憧れ、ワクワク感から生まれるもののような気がする。

 前世の性と、現世の性が一致していないことが性的違和感の原因ともいわれるが、やはり「禁断の果実」を味わってみたいというワクワク感への期待も大きいだろう。



 そんなわけで、バシャールが「ワクワクする人生を送りなさい」とアドバイスすると、かなり多くの人が、「禁じられた遊び」に走る可能性があるわけだ。

 そもそも、旧約聖書やイスラム、コルリアーンが女性の性を公に露出することを規制している本当の意味は、男女の交際を禁じることでワクワク感の期待を醸成し、実現したときの感動を大きくして、男女関係の秩序を守ろうとしているのかもしれない。



 美しく魅力的な女性が、誰に対しても股間を開けっぴろげにして、男たちの性欲を満たしてあげたなら、それは結婚に憧れる男も減ることだろう。

 今、ネット上では、Xvideosとか、FC2エロ動画サイトとか、我々の若い頃には、とてい考えられない凄まじい性的露出が開けっぴろげに視聴できて、本当に何でもありなのだが、最近、結婚したがらない若者が増えた理由は、金がないこともあるが、いつでもネット上で性的ワクワクを体験できることが大きいかもしれない。



 だいたい、不倫願望やエッチ願望なんか、今のネット交際掲示板では、実に容易に欲求を満たすことができる。だから、古き良き時代の性的ビジョンなんか、もはや相手にされなくて、ネット掲示板では、変態性欲のオンパレードになっているような気がする。

 私なんか、時代に取り残されて老いてしまったので、妄想の世界でバーチャルにしか体験できないが、若者たちは、もう何でもありだという。



 確かに、Xvideosをのぞき見てみると、あまりの凄さに、ワクワクを通りこして、犯罪現場を目撃しているような気さえしてくる。

 私の若かった時代、前世紀は、まだ封建的な習慣が残っていたので、洗脳された性的な価値観に束縛されて、今の性的解放の風潮に抵抗感が強いままで老いてしまい、若者に相手にしてもらえる年齢ではなくなってしまったので、本当に大切な時間の喪失感がある。

 もっと、自由に「禁じられた遊び」を実行すればよかった……。

 

 この数日、狛江の老女強盗殺人をきっかけにして、ネットの闇サイトに焦点が当たっているが、彼ら犯人の動機もまた、金儲けというより「禁じられた遊び」であるような気がしている。



 「やってはいけない、ワクワクする遊び」が、この連続強盗殺人だとすると、こうした犯行に駆り立てる条件を考えてみたい。

 私は、在日者やヤクザの多い名古屋市中村区で育ったので、学校にはひどいイジメが多かった。だから私は、学校時代は不快な思い出しかないので、同窓会にも出たことがない。

 私の同級生には、今、殺人で無期懲役服役中の者が二人いる。彼らは、たぶん死体にならなければ出所できないだろう。



 私は、狛江の老女殺しの犯人も、小中学校時代、ひどいイジメがある環境か、親に虐待されて育ったのではないかと思った。

 幼少時の人間関係は、人生や行為の価値観、感情を定める。親や周囲に虐待されて育つと、他人に対して暴力をふるうことにも、大きな抵抗を持てなくなってしまうのだ。



 私の父親は徴兵されて、軍隊で意識を失うほど殴られて帰還したせいか、私に対しても暴力をふるうことが多かった。子供を脅すことが楽しみだったようにさえ見えた。

 自分の受けた暴力の記憶は、他人に対する暴力の抵抗感をなくす。

 しかし、母親がとても優しい人だったので、おかげで他人を暴行することを人生の快感として刷り込まれずにすんだ。

 しかし、もしも父親だけだったなら、他人への暴行がワクワク感になってしまったかもしれない。



 母親の子供に対する愛情、接し方というのは、子供にとって、他人への接し方の価値観の根っこを生成するのだ。殴られ続けた子供は、殴ることが快感=ワクワク感になってしまう。

 他人への暴行が「禁じられた遊び」のワクワク感になってしまった人は、結局、生涯を暴力犯罪のカルマにしてしまうことになる。

 バシャールのいう「ワクワク感」の人生は、強盗殺人のワクワク人生になってしまう。



 だから、人生の、どんな行為をワクワク感にするかは、幼少時の人間関係によって定まることになる。

 理想的な環境は、たぶん原始共同体社会に見られる数十名の氏族社会ではないだろうか?

 大きすぎると組織化されて権力者と従属者の差別ができてしまうので、20名程度の集団がもっとも理想だと思う。



 数十名の共同体のなかで、周囲から愛情をいっぱい受けてのびのび育ち、たくさんの知恵を授かって育った若者ならば、たぶん強盗殺人にも走らないし、深刻な結果を招くような変態性欲にも走らないだろう。

 もしも、第三次世界大戦が勃発して、資本主義の拝金主義社会が崩壊したなら、数十名の共同体社会のなかで人間を育てるシステムを考えるしかないだろう。