すでに30年以上前から告発が続いていたジャニー喜多川による性被害問題が、死後4年になって、やっと日の下に晒されることになった。

 私も4年前、死の直後に告発ブログ記事を書いているが、誰からも、一切関心を持たれることはなかった。これは、とてつもなく恐ろしいことなのだ。



 ジャニー喜多川氏の性加害問題…30年以上告発してきた元Jr.が推測した衝撃の被害者数 2023/05/17

 https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/geino/323082



 ジャニー喜多川とは?

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%8B%E3%83%BC%E5%96%9C%E5%A4%9A%E5%B7%9D



 ジャニーは、米軍CIAが派遣し、戦後日本の芸能界を通じて、若者たちの思考を支配する目的で君臨した最大のフィクサーであった。ただの芸能事務所実力者ではない。CIAによる日本世論操作の仕掛け人だった。

 いわば、戦後、日本人に対する非常に強力な洗脳統制者だったのだ。



 私が4年前に書いたブログの再掲(リンク切れ)

 ジャニー喜多川の死  : ベトナム人被曝移民問題 2019年07月10日

 http://hirukawamura.livedoor.blog/archives/5827895.html



 7月10日朝のテレ朝モーニングショーは、87歳独身のまま亡くなったジャニー喜多川について、高く賛美する姿勢で長時間の報道を行った。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190709-00000382-oric-ent



 だが、私はジャニー喜多川と聞けば、北公次の暴露本が頭をよぎる。

 内容は凄すぎて、ここで紹介するのは気が引けるので自分の目で読んでいただきたい。

 現在、これと同じことが刑事告発を受ければ、ジャニーは懲役5年程度の実刑判決を受ける可能性がある。

 https://himajin-ibunroku.com/2019/07/10/%E3%80%90%E5%85%89genji%E3%81%B8%E3%81%AE%E5%86%85%E5%AE%B9%E3%80%91%E5%8C%97%E5%85%AC%E6%AC%A1%E3%81%8C%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%8B%E3%83%BC%E5%96%9C%E5%A4%9A%E5%B7%9D%E3%81%AE%E5%B0%91%E5%B9%B4/



https://www.excite.co.jp/news/article/Cyzowoman_201008_post_2297/?p=3



 北は2012年、62歳のとき肝臓癌で死亡したことになっている。しかし、私には、以前、ジャニー喜多川の本当の素性を調べたことがあり、素直に頷けないものがある。

 ジャニーは、CIA工作員だった。

 http://www.thutmosev.com/archives/52688814.html



 美空ひばり米国公演のマネジメントを行った縁で、日本芸能界に進出したジャニーは、1952年に再来日。

 米大使館に陸軍犯罪捜査局 (USACIDC, CID) の情報員として勤務。アメリカ軍関係の仕事の一環として、当時勃発していた朝鮮戦争による戦災孤児に英語を教授するために、日本でわずか11ヶ月で朝鮮語を習得し、すぐ米軍側の板門店に出向き、1年2ヶ月間に渡って子供たちに英語を教授した。



 除隊後、再来日後はアメリカ合衆国大使館軍事顧問団に勤務。その傍ら上智大学国際部に進学し、上智大学を卒業。大学在学中の1955年、バンドを結成し芸能界へ参入した。以降は日本に永住している。



 この間、本国CIAの指示によって、日本の芸能界における左傾化を阻止する指令を与えられ、左寄りと目された歌手や俳優などを排除する活動を行ったとの記録が、以前ネット上にあったのだが、今はどこを探しても出てこない。

 これは実に面白かったが、消されてしまった今、ダウンロードしなかったことが悔やまれる。



 不確かな記憶だが、岡林信康・高田亘などの反戦フォーク運動を先鋭化させないための工作が依頼され、ダイレクトに差別を批判したり、侵略戦争や軍備増強、アメリカ盲従を批判する歌詞の歌を排除し、代わりに、あたりさわりのないイルカや南こうせつらの恋愛歌にすり替えていったと書かれていた。

 これを読んで、当時の記憶を思い出すと「そうだったのか!」と合点がいった。



 アメリカでは、1950年代前半からはじまったマッカーシー旋風による赤狩り思想が、ハリウッドをはじめ、全米に生々しく残っていた時代なので、「世界の共産主義(ときに民主主義)を排除する」という思想がもてはやされ、米本土のみならず、世界中のアメリカ支配地域で、メディアや芸能活動に至るまで「レッドパージ」の嵐が吹き荒れ続けていた。

 ベトナム戦争も、ニクソンによる北爆は、こうした当時の強迫観念と無関係ではない。



 そんななかで、ジャニーはCIA工作員としての実力を評価され、日米の芸能界に大きな人脈と利権を築き上げ、芸能界の隠れた巨人としての地位を確立していった。

 日本で、1960年代後半から1970年代後半くらいまで、たくさんの優れた独立シンガーソングライターを輩出しながら、80年代に入ると、個人的な実力を前面に出した歌手は、メディア界から排除され、ジャニーやナベプロのような大手芸能プロダクションを背景にしなければ活動できないようになった事情は、CIAの赤狩り指令によるものと考えて間違いないだろう。



 ジョーンバエズ・岡林信康・高田亘・高石知也ら「社会派」と呼ばれたシンガーソングライターたちは、80年くらいには、メディアが一切取り上げない事情によって、人々から忘れ去られていった。

 中島みゆき・八神純子・井上陽水・フォークルらも、芸能プロに背を向けた姿勢から、日本での活動が制限され、結局、海外脱出を図ったり、独立プロの小さな興業にしか活路を見いだせなくなった。

 メディアの中心に位置するテレビ界が、組織に頼らない個人的能力のシンガーを嫌ったからである。逆に言えば、メディアが喜んで取り上げた歌手たちには、CIAから特別の使命が託されていたと考えるべきだろう。



 80年代に入ると、芸能界は、ナベプロやジャニー事務所など大手芸能事務所による寡占状態になり、独立系のシンガーソングライターや社会派は、まったく登場しなくなった。

 我々から見ていても、何もかも演出された商売であり、ホンモノの魅力は失われ、テレビ芸能そのものの魅力が薄れ、社会の思想的リーダーたちからも相手にされなくなった。テレビ芸能には、社会的メッセージ性などどこにもない。



 唯一、アリスだけが「遠くに汽笛を聴きながら」など、社会的なメッセージ性を備えた曲を公表し、かつ情緒的な魅力を示したが、松山千春も陽水も、テレビ界を拒絶し、ローカルコンサートだけに活路を求めるしかなくなった。

 「個性」という魅力が排除され「組織の力」ばかりが表に出てきて、男女ともジャニーズや、ナントカ46などのグループ活動が主体に変わっていった。

 「部品が壊れたら、いつでも取り替え可能」が売りになった組織である。



 今朝の、ジャニー喜多川の、長時間にわたる賛美報道を見ていて、かつてのテレ朝、安倍信者、極右といわれる早川CEOが実権を握る前のテレ朝だったなら、あんな報道姿勢だっただろうかと暗い気持ちになった。

 玉川徹も、ジャニー持ち上げに迎合し、影の歴史について一切触れなかった。

 北公次によるジャニー喜多川への告発は、これで終わってしまったのだろうか?

 以下省略

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 引用以上



 このブログの核心部というべきリンク先だが、あまりに醜悪な内容だったので、ダイレクトな転載を控えてリンクアドレスだけ書いたのだが、なぜリンクが切れているのかというと、著作権法という記載があった。

 暇人異聞録.com

 というサイトは永遠にこの世から消されてしまっている。たぶんジャニー事務所か、CIA機関が手を回したのだと思う。

 衝撃的な内容なので転載コピーがあるはずと考え探したのだが、とうとう発見できなかった。それほど世に知られては困る内容だったのだ。



 問題の焦点は、ジャニーの凄まじい悪行が詳細に暴露されていたにもかかわらず、日本のすべてのメディア、マスコミが完全無視を決め込んで、死後4年も経て、やっと正義漢ぶって報道したことだ。

 またジャニーによって育てられた大物である東山紀之は、テレ朝サンデーライブの司会者だが、ジャニーの死について、通り一遍の賛辞を述べ、哀悼を示してみせたが、もちろん批判など一切しなかった。というより、できなかったのだろう。

 

 ジャニーの最初の大成果であり、同時に最大の被害者だったフォーリーブスの北公次は、もしかしたら他殺か自殺の可能性もある不可解さがつきまとっている。

 他のメンバーも、北公次に同調したことで芸能界から事実上追放されてしまった。

 ジャニー事務所の芸能界に対する権力の大きさがわかるエピソードだ。



 ジャニー問題を追求すると、戦後CIAによる芸能支配と青少年の思想コントロールが鮮明に浮かび上がってくる。

 1970年前後のフォークソング全盛期を領導した岡林信康や高田渡、加川良の「反体制フォーク歌手」らが突然表舞台から姿を消したのが、1973年頃ではなかっただろうか?

 代わって登場してきたのが、反戦色を消したイルカや南こうせつであり、右傾化したのが、吉田拓郎や泉谷しげる、ノンポリを貫いたのが井上陽水や松任谷由実らだ。



 反体制・反戦派のフォーク歌手たちは、以来、すべての芸能表舞台から姿を消した。芸能は、非政治色の恋愛や日常の問題しか扱わなくなった。

 そして、日本の若者たちが反体制思想に触れる機会が失われ、急速な右傾化が進み、そこに1980年代のゲーム社会が出現したのだ。



 さらに、麻生太郎が、ドワンゴのような右傾メディアを設立し、秋葉原のオタク文化に迎合した保守的な思想の若者たちを大量に生産しはじめた。

 まさに、統一教会=日本会議の意図した若者たちの洗脳社会がやってきた。

 これは、CIAによって計画された日本人の思想統制以外のものではなく、ジャニー喜多川は、その旗手でもあった。



 それは現在もなお進化していて、NHK・テレ朝・フジなど放送メディアの大半が、自民党保守系の経営陣によって占められるようになり、MCも羽鳥慎一や恵俊彰、立川志らくなど、自民党支持層の日本会議推薦者しか登場できなくなった。

 例外的に、玉川徹らがいるが、わずかな失言を理由に、絶えずメディア界追放の危機にさらされ続けている。



 今や、日本社会から、岡林信康や加川良のような体制に疑問を呈するようなインフルエンサーは皆無になってしまったかのように見える。

 今や青木理や古館一郎まで、若者たちから「左翼=アカ」と呼ばれるようになっていて、玉川徹と同じように追放排除の危機にさらされ続けている。



 もちろん私のブログも、ツイッターでは「左翼アカ」と決めつけられ、誹謗中傷の的になっている。

 私は、ジャニー喜多川以来のメディア洗脳工作成功例を見て、もしかしたら「日本は終わった」のかもしれないと感じている。