人間は、自分にとって都合のよい、自分の期待する未来を優先的に考え、都合の悪いことには目を背けたがるものだ。
しかし、自分の希望や期待と、実際に現れる未来の現実は、まるで違う。
ほとんどの場合、予想もしていなかった困難が登場して、期待は無残に打ち砕かれるものだ。
自分の希望や期待ではなく、確実に未来を予測できる法則があれば、希望と予測の乖離は解消されるはずだ。世界は予測どおりに進むはずだ。
その未来を定める法則を、人々は限りなく追求してきた。
私の若い頃、まだ十代の高校時代のことだが、ある学校の部活、社会科学研究会で、私は来る日も来る日も仲間と激論を交わした。その主題は、「未来を定める理論」であり、それは弁証法であると見なされていた。
もう50年以上も前のことだが、当時は、弁証法について口角泡を飛ばして激論する若者がたくさんいたのだ。
だが、弁証法を話題にする若者は、バブル経済の成長とともに、いつのまにかいなくなり、今では、弁証法という学問全体が、社会から失われようとしているようにさえ見える。
たぶん1990年以降には、ほとんど聞かなくなった。
弁証法という学問は、1800年前後に、ドイツのヘーゲルという哲学者が創始したもので、人間、社会、宇宙に共通する法則を示している。
人類の未来は、弁証法によってのみ予測できるとされた。
ヘーゲルは、事物現象が対立によって成立すると指摘した。例えば、白、あるいは明という概念は、黒、あるいは暗という概念との対立によって成立する。明だけの、暗だけの写真など存在できないのだ。
対立のない存在などありえない。そして、それは認識のメカニズムであるとした。
事物現象に本来備わっている対立は、必ず変化し、矛盾を起こし、さらに高い、矛盾のないものへと転化してゆく。
これが「アウフヘーベン=止揚」という概念である。すべての事物現象は、生成し、転化し、矛盾を生じて、それが止揚され、別のものへと転化してゆく。
すべての事物現象は、生成され、対立し、止揚(統一)され、そして消滅してゆく。このプロセスを「弁証法」と呼んだのだ。
これは物理的世界でも人間社会でも、また一人の人生にも共通している。すべてのものが、上昇し、下降し、発生し、死滅するのだ。これが歴史の普遍的プロセスでもある。
弁証法は、この宇宙も、人間社会も、人間も、発生し、消滅するプロセスを持っていると示している。
ヘーゲルの批判的学徒である、マルクスやエンゲルスは、弁証法三則という、大法則を提起した。
「量から質への転化、ないしその逆の転化」
「対立物の相互浸透(統一)」
「否定の否定」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%81%E8%A8%BC%E6%B3%95
これが弁証法のすべてであるとした。だが、我々にとって、もっとも大切な概念は、すべての事物現象が、発生し、消滅する性質を持っているということだ。「人が生まれ、そして死ぬ」。
同じように、「この宇宙も発生し、やがて消滅する」ということであり。この社会が発展し、やがて衰退し、消滅するということである。
つまり、「人は生まれた以上、必ず死ぬ」。もう少し別の言い方をすれば、「坂道を上がったなら、必ず下らなければならない」ということだ。
こうした宇宙と社会、人生の根本原理が理解できているなら、「永遠の発展」という期待が、愚かで陳腐な幻想にすぎないことが容易に分かるだろう。
現在、プーチンや習近平、ロシアや中国という国が、「永遠の発展」という妄想のなかにいることで戦争に走っていることの愚かさの意味が分かる。
彼らが、「持続可能な未来」を破壊する、核開発に突っ走っている理由は、目先の対立だけに目を奪われて、自分たちだけが競争に永遠に勝とう、発展しようと妄想しているからだ。
つまり、弁証法を理解していないことによる。
会社や利権を拡大することだけに邁進している人たち、最近ではビッグモーターというブラック企業が、利権拡大だけを求めて、非合法で犯罪的な営業活動を暴露された。
彼らもまた、自分だけが競争社会で勝ち上がろうとし、いつか、下り坂、衰退の日が避けられないという現実に気づいていなかった。
もしも弁証法を理解している経営者だったなら、例えば三井高利のように、かかわる、すべての人々を幸せにしようとしただろう。
https://www.mitsuipr.com/history/columns/003/
日本は、世界有数の1000年を超えるような超長寿企業を多数抱えている。こんな国は他にはない。その理由は、三井高利はじめ、将来の衰退、消滅を見据えて、今、かかわる人々を幸せにしようとする心があったからであり、自分の死を見つめて生きることができていたからだ。
だが、ビッグモーターの兼重宏行社長は、自分に未来永劫の発展があると勘違いしてしまった。もう、この会社が息を吹き返すことはない。
多くの経営者たちは、自分のビジョンに都合の悪い未来は認めたがらない。
例えば豐田章雄氏も、中国の人口と車ニーズだけに目を奪われて、資本主義の論理に従って中国に進出したが、その中国が、人類社会を破壊する主役になり、中国との関係がデメリットしか生まないことにまで考えが及ばなかった。
金儲けに都合の悪いことを、見ようとせず、また見ることもできなかったのだ。
組織体の未来に発展があるとすれば、それが、かかわる人々を幸せにする力があるという一点だけだ。かかわる人々を不幸にすることしかできなければ、それは消滅するのである。
この視点で、今ある、社会の現象を再評価してみればいい。そこに未来があるのか、それとも消滅が避けられないのかが鮮明に理解できる。
たとえば、戦後保守政権を牽引してきた自由民主党が、これから人々を幸せにする力があるのか? もちろん、ない。
彼らは、岸田文雄を先頭に、日本社会を戦争に巻き込んでゆくだろう。大増税によって人々の生活を不幸に陥れてゆくだろう。彼らには、日本社会の衰退と消滅がまった見えていない。
だから、もっとも愚かな核開発や原発を推進するのだ。そこには人々の不幸しか見えないのに……。
だから、自民党に未来は存在しない。それでは、人々を幸せにできる野党があるのかといえば、残念ながら、それもない。
立憲も消費増税を口にしているからだ。ただ、山本太郎には少しは希望が持てる。(皇族廃止を決意すればの話だが……)
でも、たぶん今、すばらしい野党が成立しても、もう遅い。戦争に巻き込まれて究極の不幸に陥る道を避けることはできない。
若者たちの大半が、核開発と軍国化路線を支持しているからだ。もうすぐ、凄まじい戦禍の嵐に我々は巻き込まれることだろう。
「自分たちの希望に都合の悪いことは見えない、見たがらない」
例えば、EV電気自動車が、その典型で、動いているとき二酸化炭素を出さないという現象面だけに囚われて、システム全体で、どれほどの二酸化炭素を出すのか正当な評価をできた者は、ほとんどいなかった。
二酸化炭素を出さないEVの電気は、莫大な二酸化炭素を出す火力発電所で作られ、それを解決していると称する原子力発電は、実は核燃料採取、精製、廃棄処理と大事故によって、化石燃料車とは桁違いの二酸化炭素を放出することになる。
また、EV車のバッテリーは高価で寿命が短く、それを生産、更新するときも巨大な二酸化炭素を放出するのだ。
https://www.automesseweb.jp/2019/07/25/185954
実は、同じことがトヨタの次世代戦略車である水素自動車についてもいえる。
水素は宇宙一小さい元素であって、すべての分子に侵入でき、反応する。水素タンクは金属で作るしかないが、必ず金属格子に入り込んで腐食するのだ。
だから、自動車用水素タンクの寿命は腐食性によって10年しかない。20年も使用すれば破局事故を起こす可能性さえある。
水素タンクは100万円以上と高価でも10年しか使えないなら、これも製造工程で二酸化炭素を大量放出することになる。運行コストも恐ろしく高いものになる。
エンジン寿命も化石燃料に比べて短いのだ。
だから、私は菅義偉首相が、2030年に、すべての車をEVにすると宣言したとき、社会の主役は、低燃費のアルトになっているはずと指摘した。
EVカーも水素カーも主役にはなりえない。テスラなど、とっくに倒産して跡形もないはずだ。
スズキアルトは、リットル40Km走って自家用車の主役になっていると思う。それよりも、自転車の役割が飛躍的に大きくなっているだろう。
都市は高温化のため、海抜700m以上の高所に移動し、人々の足は、アブト式鉄道になっていると予想している。
そして、社会全体が、資本主義による金儲けを目的にしたものから、人々を幸せにすることを目的にした社会に代わっているだろうと予想している。
こうして、人間社会は、矛盾を一つ一つ取り除き、矛盾のない、みんなが幸せを感じられる社会に変化してゆく。
そして、長い時間をかけて、文明も衰退し、人類も滅亡してゆくのだ。

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