羽生結弦の結婚相手が、光市(田布施)の末延家だった。
2023.09.21 羽生結弦の8歳年上美人妻「まゆちゃん」は名家の令嬢だった…!叔父はあの「テレ朝の名物コメンテーター」
https://gendai.media/articles/-/116518
9月19日、山口県の周南市や下松市、光市のニュースを発信している「日刊新周南」(新周南新聞社発行)は、有料会員向けのWEB記事で光市出身の元バイオリニスト末延麻裕子さんが羽生と結婚していたことを実名で報じた。
同紙によれば、麻裕子さんは光市で長い歴史を誇る末延建設の元社長、末延光章氏(故人)の長女。4歳からバイオリンを始め、小中は山口大学教育学部附属校に通い、名門として知られる桐朋女子高等学校、桐朋学園大学へ進んだ。2008年からは古館プロジェクトに所属し、バイオリニストとして活躍。羽生とは2019年のアイススケートショーで初共演したという。
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一部引用以上
末延建設は山口県光市の市役所に近いが、徒歩で1時間も東に歩けば田布施町、2時間も歩けば、ユニクロの柳井正(本人は宇部市出身)を輩出した柳井市である。
この地域一帯から、明治以降、経済政治において恐ろしいほどの人脈が成立し、日本国家の中枢に君臨してきた。
それは、とんでもないものだった。最初の超大物は明治天皇だ。
明治天皇は、表向き孝明天皇の実子である祐宮が就任したことになっているが、実際には、南朝正統を主張する平田国学を維新の基礎理論とした西郷隆盛や大久保利通が、「北朝の孝明を排除し、南朝の血脈に変える」という方針を示し、南朝直系を称した大室寅之祐という長州奇兵隊力士隊出身の大男が祐宮に化けて明治天皇に就任した。
京都の公家たちは誰でも祐宮を知っていたので、公家たちが容易に来られない東京に都を移した。そして、それまで「朝敵」とされてきた楠木正成の像を皇居前に建立した。
天皇の歴史 その1 2018年05月01日
http://hirukawamura.livedoor.blog/archives/5828318.html
天皇の歴史 その2 田布施 2018年05月02日
http://hirukawamura.livedoor.blog/archives/5828319.html
大室寅之祐は、田布施出身の力士で、松下村塾の高杉晋作によって奇兵隊に組織された。上のリンクを書いた当時は分からなかったのだが、最近になって、岸信介の大舅祖父にあたる岸要蔵の孫だったという情報を知った。
この岸要蔵こそ、田布施システムの原点に位置していて、実は、統一教会教祖である文鮮明の祖父と、平壌に近い平安北道定州郡の李朝両班仲間だったという情報があるのだが、江戸時代末の話なので、それを裏打ちできる資料が見つからない。
ただ、李朝の儒者だったことは、間違いなさそうだが、同時に大内水軍の海賊だったという説もある。
1800年代の末に、李朝が清朝の隷属化にあったのを、日本国が日清戦争に勝利することによって清による統治を廃し、事実上日本の支配下に置いた。
このとき、すでに事実上崩壊していた李朝の両班階級の多くが日本に移住したとされる。移住先が田布施や加世田だったと噂されている。理由は、秀吉の連れ帰った朝鮮陶工子孫の地だったからだ。
おそらく、このなかに、岸要蔵=本名は李要蔵がいた。李という字を分解すると木と子つまりキシになるのだ。
私は、この当時の資料を探したのだが、古すぎて少ないのと、何者かがネット上の岸家や田布施に関係する情報を片っ端から無断削除していることに2014年頃に気づいた。
これを指揮していたのは、安倍政権の官邸マフィアである杉田和博だろうということが後に分かってきた。
ただ、明治維新と新天皇即位は1868年なので、李要蔵が日清戦争時に来たとすると時間的整合性がなく、少なくとも、1850年頃には李要蔵の田布施移住があったと考える必要がある。
この頃、松下村塾の吉田松陰が黒船に接近しようとして井伊直弼によって斬首刑を受けたことで、松下村塾勢力は、倒幕への爆発的な勢いを得た。
私が得た資料では、岸要蔵の孫が大室寅之祐だった証拠は確認できない。しかし、橋本大二郎、龍太郎の4代前の先祖が、寅之祐の姉だった事実は確認している。
いずれにせよ、李要蔵→岸要蔵を原点として、明治天皇をはじめとして、現在までつながる恐ろしいほどの田布施人脈システムが、岸田文雄現首相に至るまで展開されているのは間違いのない事実だ。
田布施人脈の恐ろしさは、戦後歴代首相の過半数を田布施システムから出してることばかりか、経済界でも日産コンツェルンの鮎川儀介をはじめ、現在でも柳井正ら多数の財界人を出しているし、それどころか、日本共産党の主要人脈、野坂参三や宮本顕治らまで輩出していることだ。
世襲政治家 2022年12月11日
http://hirukawamura.livedoor.blog/archives/5996029.html
http://hirukawamura.livedoor.blog/archives/5996029.html
http://www.asyura2.com/16/bd62/msg/362.html
その田布施システムは、今でも岸田文雄に受け継がれ、脈々と生き続けているのだが、安倍晋三が統一教会の代理人という理由で山上徹也に射殺されてから、影が見え始めている。
そこで、田布施システムに、全国民的人気者である羽生結弦が加入することになったのには、何か特別な意味を感じるのは私だけではないだろう。
羽生の配偶者になったのは、光市の末延建設の令嬢、バイオリニストの末延麻裕子だ。叔父はテレ朝コメンテータ(大下容子ショー)の末延吉正で、この男は、安倍晋三の腰巾着べったりで知られていた。
末延吉正は、徹頭徹尾、安倍晋三のヨイショ報道を続けてきていて、自身が田布施システムの広報官だった。
そこで、田布施人脈システムは、羽生結弦という光り輝く新しい宣伝塔を獲得したのだ。
私は、この新たな人脈が偶然にできたものかについては疑念がある。もしかしたら計画されたものだった疑いもある。
羽生弓弦は何年後かに、もしかしたら田布施システムから政治家に転身するのではないかという気さえするのだ。
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ジャニー喜多川問題の本当の意味について
ジャニーズ事務所・東山紀之新社長が社名変更決断 10・2会見で新社名発表へ 井ノ原快彦と登壇か
https://news.yahoo.co.jp/pickup/6476007
ジャニー喜多川の性癖が世間に暴露されたことで、藤島ジュリーのジャニーズ事務所は袋だたきに遭い、とうとう、東山紀之新社長就任と、社名変更までに追い込まれている。
この流れを見て、問題の本質が分かる人は、ジャニーグループが、彼らを守ってきた「世界最強の恐ろしい権力から見放された」ことを感じ取った人が多かろう。
実は、ジャニー喜多川の性犯罪が告発されたのは、1988年、今から30年以上も前で、最初に告発したのはフォーリーブスの北公次だった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E5%85%AC%E6%AC%A1
北はジャニーの恐るべき悪行を自身の体験を出版することによって世間に告発したのだが、マスコミ界は黙殺しただけでなく、2012年、まだ63歳で、不可解な死因=肝臓癌によってこの世を去ったが、あれほど激しく告発したのに、とうてい本人が書いたとは思えない遺書が後に公開された。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%8B%E3%83%BC%E5%96%9C%E5%A4%9A%E5%B7%9D%E3%81%AE%E6%80%A7%E7%9A%84%E8%99%90%E5%BE%85%E7%96%91%E6%83%91
北公次の死については、もしかしたらCIAによる暗殺ではないか、遺書も偽造ではないかという噂がある。
なんで、引退した一芸能人がCIAに暗殺されなければならないのか? これがジャニー喜多川問題の本当の核心部分なのだ。
私は20年以上前からジャニー喜多川について、いくつかのブログを書いたのだが、当時のものは、すべて無断削除されてしまった。北公次告発関連のリンク先も、すべて削除されていた。
ヤフーブログは、あまりにも多い無断削除を追求されたせいか、ブログフレームワークの提供を廃止し、ほぼすべてのブログがこの世から消し去られてしまった。
理由としてはフクイチ事故を批判するブログが多いため、電通が廃止させたとの噂がある。
しかし、ジャニー喜多川問題については、間違いなく、彼を日本でデビューさせたCIAの思惑があったはずだ。
まだ生き残っているジャニー問題の私のブログを紹介する。これはジャニー喜多川が死んだ4年前に書いたものだ。
ジャニー喜多川の死 :ベトナム人被曝移民問題 2019年07月10日
http://hirukawamura.livedoor.blog/archives/5827895.html
ジャニー喜多川の性的嗜好問題の底しれぬ恐ろしさ 2023年05月18日
http://hirukawamura.livedoor.blog/archives/6037945.html
ジャニー事務所の新社長に就任した東山紀之のケツの穴がどうなっているのかなど興味はないが、東山が組織を守ろうとして、ジャニー喜多川の悪行を徹底的に隠蔽してきたことについては強く批判されるべきだろう。
ジャニー喜多川の真実の姿は、日本の左翼勢力を文化的に排除するために、日本芸能社会に送り込まれたCIA工作員だったということだ。
ジャニーが来日した1960年代は、日本は社会党勢力が強く、若者たちにはベトナム戦争などの反戦、厭戦気分に満ちていた。
「日本を防共の砦とする」というアメリカ共和党の方針を受けて、CIAは、戦後日本に保守政権を合法、非合法のあらゆる手段で主導権を持たせ、あらゆる文化にまで介入したのだ。
若者たちの思想性に大きな影響を与えるのが、芸能界やスポーツ界だった。
1960年代は、国家権力を忌避する若者たちの思想が反戦フォークソングという形で大きく花開いていた。
その旗手は、岡林信康、高田渡、新谷のりこ、加川良らだが、あれほど大きな力を持っていた、芸能界など上から与えられたものではない、下から自然発生した民衆音楽が1970年代半ばになって突然失速しはじめた。
ここには、若者たちの左傾化を阻止するためのCIAの陰謀が強力に存在した。
すべての芸能活動が、自発的、個人的、反体制的な特性を失い、企業活動として上から与えられた体制内活動に置き換えられていったのだ。
岡林らの強烈な反戦、反差別メッセージは、テレビでは一切視聴できなくなり、代わって叙情的、恋愛物語ばかりに換えられていった。
例えば、岡林や高田の反戦的思想性は、吉田拓郎、井上陽水、小室等、荒井由実、イルカなどの恋愛物語に代わっていった。
バブルを謳歌した80年代に入ると、もう反戦フォークソング、シンガーソングライターが一掃され、企業活動としての上から企画された芸能人しか登場できなくなった。
このとき、芸能界の主役に躍り出たのがジャニー喜多川事務所である。
ここでは、一切の体制批判が許されない、思想性を拒絶して、ミーハーだけを生産する芸能活動だけがテレビ、映画を席巻したのだ。
そして、ジャニーは、芸能界に対して、不可解で特別な力を持っていた。ジャニー喜多川の男色悪行は最初からで、それは最初のスターであったフォーリーブスも大きな被害に遭ったわけだが、それを告発した北公次の暴露が、芸能界全体で完全に無視され続けたのだ。
それは35年後の今、やっと日の目を見ることになったのだが、北公次を取り上げれば、全マスコミが不可解に無視排除してきた事実を認めることになるので、まだ表に出ていない。
ジャニー喜多川は、CIAという世界を牛耳る特別な力で守られてきた。
【IWJ質問】日本版エプスタイン問題&ジャニー喜多川氏とCIAの関係について〜日本共産党主催「故ジャニー喜多川氏による性虐待問題等についてのPT」
https://www.youtube.com/watch?v=EK0veIzrGIQ&ab_channel=MovieIwj
北公次を口封じし、無視し、あるいは暗殺したのもCIAだろう。CIAは日本人を洗脳するための芸能活動やスポーツ活動に巨大な影響力を与えてきた。
だが、日本の若者の大半が、軍国主義の洗脳を受けて、左傾化どころか、国家主義や軍国主義を支持するような右傾化傾向を見せ始めた今、もうジャニー事務所はCIAの反共洗脳操作機関として意味を失ったのだ。
ジャニー事務所は、日本の左傾化を阻止するための必要性を失ったのだ。だからCIAに見捨てられ、権力による強力な庇護を受けることができなくなった。
これがジャニー事務所が窮地に追い込まれている本当の理由である。
あとは、徴兵制を実施し、日本の右傾化した若者たちを戦場に送り込むことだけがCIAの任務である。
自民党政権は、もうすぐ日本国家をNATOに加盟させ、直接参戦してゆく道を準備している。あとは若者たちを訓練して、国家の捨て駒として利用する戦略だけが残っている。
それは着実に実現してゆくだろう。何せ、もう反戦若者などいないのだ。
2023.09.21 羽生結弦の8歳年上美人妻「まゆちゃん」は名家の令嬢だった…!叔父はあの「テレ朝の名物コメンテーター」
https://gendai.media/articles/-/116518
9月19日、山口県の周南市や下松市、光市のニュースを発信している「日刊新周南」(新周南新聞社発行)は、有料会員向けのWEB記事で光市出身の元バイオリニスト末延麻裕子さんが羽生と結婚していたことを実名で報じた。
同紙によれば、麻裕子さんは光市で長い歴史を誇る末延建設の元社長、末延光章氏(故人)の長女。4歳からバイオリンを始め、小中は山口大学教育学部附属校に通い、名門として知られる桐朋女子高等学校、桐朋学園大学へ進んだ。2008年からは古館プロジェクトに所属し、バイオリニストとして活躍。羽生とは2019年のアイススケートショーで初共演したという。
******************************************************
一部引用以上
末延建設は山口県光市の市役所に近いが、徒歩で1時間も東に歩けば田布施町、2時間も歩けば、ユニクロの柳井正(本人は宇部市出身)を輩出した柳井市である。
この地域一帯から、明治以降、経済政治において恐ろしいほどの人脈が成立し、日本国家の中枢に君臨してきた。
それは、とんでもないものだった。最初の超大物は明治天皇だ。
明治天皇は、表向き孝明天皇の実子である祐宮が就任したことになっているが、実際には、南朝正統を主張する平田国学を維新の基礎理論とした西郷隆盛や大久保利通が、「北朝の孝明を排除し、南朝の血脈に変える」という方針を示し、南朝直系を称した大室寅之祐という長州奇兵隊力士隊出身の大男が祐宮に化けて明治天皇に就任した。
京都の公家たちは誰でも祐宮を知っていたので、公家たちが容易に来られない東京に都を移した。そして、それまで「朝敵」とされてきた楠木正成の像を皇居前に建立した。
天皇の歴史 その1 2018年05月01日
http://hirukawamura.livedoor.blog/archives/5828318.html
天皇の歴史 その2 田布施 2018年05月02日
http://hirukawamura.livedoor.blog/archives/5828319.html
大室寅之祐は、田布施出身の力士で、松下村塾の高杉晋作によって奇兵隊に組織された。上のリンクを書いた当時は分からなかったのだが、最近になって、岸信介の大舅祖父にあたる岸要蔵の孫だったという情報を知った。
この岸要蔵こそ、田布施システムの原点に位置していて、実は、統一教会教祖である文鮮明の祖父と、平壌に近い平安北道定州郡の李朝両班仲間だったという情報があるのだが、江戸時代末の話なので、それを裏打ちできる資料が見つからない。
ただ、李朝の儒者だったことは、間違いなさそうだが、同時に大内水軍の海賊だったという説もある。
1800年代の末に、李朝が清朝の隷属化にあったのを、日本国が日清戦争に勝利することによって清による統治を廃し、事実上日本の支配下に置いた。
このとき、すでに事実上崩壊していた李朝の両班階級の多くが日本に移住したとされる。移住先が田布施や加世田だったと噂されている。理由は、秀吉の連れ帰った朝鮮陶工子孫の地だったからだ。
おそらく、このなかに、岸要蔵=本名は李要蔵がいた。李という字を分解すると木と子つまりキシになるのだ。
私は、この当時の資料を探したのだが、古すぎて少ないのと、何者かがネット上の岸家や田布施に関係する情報を片っ端から無断削除していることに2014年頃に気づいた。
これを指揮していたのは、安倍政権の官邸マフィアである杉田和博だろうということが後に分かってきた。
ただ、明治維新と新天皇即位は1868年なので、李要蔵が日清戦争時に来たとすると時間的整合性がなく、少なくとも、1850年頃には李要蔵の田布施移住があったと考える必要がある。
この頃、松下村塾の吉田松陰が黒船に接近しようとして井伊直弼によって斬首刑を受けたことで、松下村塾勢力は、倒幕への爆発的な勢いを得た。
私が得た資料では、岸要蔵の孫が大室寅之祐だった証拠は確認できない。しかし、橋本大二郎、龍太郎の4代前の先祖が、寅之祐の姉だった事実は確認している。
いずれにせよ、李要蔵→岸要蔵を原点として、明治天皇をはじめとして、現在までつながる恐ろしいほどの田布施人脈システムが、岸田文雄現首相に至るまで展開されているのは間違いのない事実だ。
田布施人脈の恐ろしさは、戦後歴代首相の過半数を田布施システムから出してることばかりか、経済界でも日産コンツェルンの鮎川儀介をはじめ、現在でも柳井正ら多数の財界人を出しているし、それどころか、日本共産党の主要人脈、野坂参三や宮本顕治らまで輩出していることだ。
世襲政治家 2022年12月11日
http://hirukawamura.livedoor.blog/archives/5996029.html
http://hirukawamura.livedoor.blog/archives/5996029.html
http://www.asyura2.com/16/bd62/msg/362.html
その田布施システムは、今でも岸田文雄に受け継がれ、脈々と生き続けているのだが、安倍晋三が統一教会の代理人という理由で山上徹也に射殺されてから、影が見え始めている。
そこで、田布施システムに、全国民的人気者である羽生結弦が加入することになったのには、何か特別な意味を感じるのは私だけではないだろう。
羽生の配偶者になったのは、光市の末延建設の令嬢、バイオリニストの末延麻裕子だ。叔父はテレ朝コメンテータ(大下容子ショー)の末延吉正で、この男は、安倍晋三の腰巾着べったりで知られていた。
末延吉正は、徹頭徹尾、安倍晋三のヨイショ報道を続けてきていて、自身が田布施システムの広報官だった。
そこで、田布施人脈システムは、羽生結弦という光り輝く新しい宣伝塔を獲得したのだ。
私は、この新たな人脈が偶然にできたものかについては疑念がある。もしかしたら計画されたものだった疑いもある。
羽生弓弦は何年後かに、もしかしたら田布施システムから政治家に転身するのではないかという気さえするのだ。
*********************************************************
ジャニー喜多川問題の本当の意味について
ジャニーズ事務所・東山紀之新社長が社名変更決断 10・2会見で新社名発表へ 井ノ原快彦と登壇か
https://news.yahoo.co.jp/pickup/6476007
ジャニー喜多川の性癖が世間に暴露されたことで、藤島ジュリーのジャニーズ事務所は袋だたきに遭い、とうとう、東山紀之新社長就任と、社名変更までに追い込まれている。
この流れを見て、問題の本質が分かる人は、ジャニーグループが、彼らを守ってきた「世界最強の恐ろしい権力から見放された」ことを感じ取った人が多かろう。
実は、ジャニー喜多川の性犯罪が告発されたのは、1988年、今から30年以上も前で、最初に告発したのはフォーリーブスの北公次だった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E5%85%AC%E6%AC%A1
北はジャニーの恐るべき悪行を自身の体験を出版することによって世間に告発したのだが、マスコミ界は黙殺しただけでなく、2012年、まだ63歳で、不可解な死因=肝臓癌によってこの世を去ったが、あれほど激しく告発したのに、とうてい本人が書いたとは思えない遺書が後に公開された。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%8B%E3%83%BC%E5%96%9C%E5%A4%9A%E5%B7%9D%E3%81%AE%E6%80%A7%E7%9A%84%E8%99%90%E5%BE%85%E7%96%91%E6%83%91
北公次の死については、もしかしたらCIAによる暗殺ではないか、遺書も偽造ではないかという噂がある。
なんで、引退した一芸能人がCIAに暗殺されなければならないのか? これがジャニー喜多川問題の本当の核心部分なのだ。
私は20年以上前からジャニー喜多川について、いくつかのブログを書いたのだが、当時のものは、すべて無断削除されてしまった。北公次告発関連のリンク先も、すべて削除されていた。
ヤフーブログは、あまりにも多い無断削除を追求されたせいか、ブログフレームワークの提供を廃止し、ほぼすべてのブログがこの世から消し去られてしまった。
理由としてはフクイチ事故を批判するブログが多いため、電通が廃止させたとの噂がある。
しかし、ジャニー喜多川問題については、間違いなく、彼を日本でデビューさせたCIAの思惑があったはずだ。
まだ生き残っているジャニー問題の私のブログを紹介する。これはジャニー喜多川が死んだ4年前に書いたものだ。
ジャニー喜多川の死 :ベトナム人被曝移民問題 2019年07月10日
http://hirukawamura.livedoor.blog/archives/5827895.html
ジャニー喜多川の性的嗜好問題の底しれぬ恐ろしさ 2023年05月18日
http://hirukawamura.livedoor.blog/archives/6037945.html
ジャニー事務所の新社長に就任した東山紀之のケツの穴がどうなっているのかなど興味はないが、東山が組織を守ろうとして、ジャニー喜多川の悪行を徹底的に隠蔽してきたことについては強く批判されるべきだろう。
ジャニー喜多川の真実の姿は、日本の左翼勢力を文化的に排除するために、日本芸能社会に送り込まれたCIA工作員だったということだ。
ジャニーが来日した1960年代は、日本は社会党勢力が強く、若者たちにはベトナム戦争などの反戦、厭戦気分に満ちていた。
「日本を防共の砦とする」というアメリカ共和党の方針を受けて、CIAは、戦後日本に保守政権を合法、非合法のあらゆる手段で主導権を持たせ、あらゆる文化にまで介入したのだ。
若者たちの思想性に大きな影響を与えるのが、芸能界やスポーツ界だった。
1960年代は、国家権力を忌避する若者たちの思想が反戦フォークソングという形で大きく花開いていた。
その旗手は、岡林信康、高田渡、新谷のりこ、加川良らだが、あれほど大きな力を持っていた、芸能界など上から与えられたものではない、下から自然発生した民衆音楽が1970年代半ばになって突然失速しはじめた。
ここには、若者たちの左傾化を阻止するためのCIAの陰謀が強力に存在した。
すべての芸能活動が、自発的、個人的、反体制的な特性を失い、企業活動として上から与えられた体制内活動に置き換えられていったのだ。
岡林らの強烈な反戦、反差別メッセージは、テレビでは一切視聴できなくなり、代わって叙情的、恋愛物語ばかりに換えられていった。
例えば、岡林や高田の反戦的思想性は、吉田拓郎、井上陽水、小室等、荒井由実、イルカなどの恋愛物語に代わっていった。
バブルを謳歌した80年代に入ると、もう反戦フォークソング、シンガーソングライターが一掃され、企業活動としての上から企画された芸能人しか登場できなくなった。
このとき、芸能界の主役に躍り出たのがジャニー喜多川事務所である。
ここでは、一切の体制批判が許されない、思想性を拒絶して、ミーハーだけを生産する芸能活動だけがテレビ、映画を席巻したのだ。
そして、ジャニーは、芸能界に対して、不可解で特別な力を持っていた。ジャニー喜多川の男色悪行は最初からで、それは最初のスターであったフォーリーブスも大きな被害に遭ったわけだが、それを告発した北公次の暴露が、芸能界全体で完全に無視され続けたのだ。
それは35年後の今、やっと日の目を見ることになったのだが、北公次を取り上げれば、全マスコミが不可解に無視排除してきた事実を認めることになるので、まだ表に出ていない。
ジャニー喜多川は、CIAという世界を牛耳る特別な力で守られてきた。
【IWJ質問】日本版エプスタイン問題&ジャニー喜多川氏とCIAの関係について〜日本共産党主催「故ジャニー喜多川氏による性虐待問題等についてのPT」
https://www.youtube.com/watch?v=EK0veIzrGIQ&ab_channel=MovieIwj
北公次を口封じし、無視し、あるいは暗殺したのもCIAだろう。CIAは日本人を洗脳するための芸能活動やスポーツ活動に巨大な影響力を与えてきた。
だが、日本の若者の大半が、軍国主義の洗脳を受けて、左傾化どころか、国家主義や軍国主義を支持するような右傾化傾向を見せ始めた今、もうジャニー事務所はCIAの反共洗脳操作機関として意味を失ったのだ。
ジャニー事務所は、日本の左傾化を阻止するための必要性を失ったのだ。だからCIAに見捨てられ、権力による強力な庇護を受けることができなくなった。
これがジャニー事務所が窮地に追い込まれている本当の理由である。
あとは、徴兵制を実施し、日本の右傾化した若者たちを戦場に送り込むことだけがCIAの任務である。
自民党政権は、もうすぐ日本国家をNATOに加盟させ、直接参戦してゆく道を準備している。あとは若者たちを訓練して、国家の捨て駒として利用する戦略だけが残っている。
それは着実に実現してゆくだろう。何せ、もう反戦若者などいないのだ。

コメント
CIA洗脳されたゴイムは死ななきゃわからない。
その中で生き残って洗脳から覚めた、前の戦争で司馬遼太郎や後藤田、大橋巨泉のような境遇の若者が
脱経済至上主義で生きていけば希望は甦る。
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