関東大震災の朝鮮人大虐殺は存在しなかった。
南京大虐殺は存在しなかった。
通州基地大虐殺は、すべて中国人のせい。
731部隊など存在しなかった。
陸軍登戸研究所など存在しなかった。
朝鮮人慰安婦など存在しなかった。
昭和通商では麻薬など扱っていない。
日本軍は、正義を重んじる倫理的軍隊だった。後進国を助けたのであって、帝国主義など存在しなかった。
敗戦などない。終戦である。日本は負けていない。
「日本人は正義の民族だ。悪事は一切行っていない」
とする極端なファンタジーが若者たちの頭を洗脳しはじめたのは、すでに前世紀末からで、最初は、「南京大虐殺など架空だ」と、右翼インフルエンサーが大宣伝を始めたあたりではないだろうか?
これは右翼勢力の憎悪を一身に受けてきた本多勝一の「中国の旅」の記述をウソと決めつけたことから始まった右翼思想運動かもしれない。
河村たかし名古屋市長も、「父親が中支戦線に動員されたとき南京市を通過したが、虐殺の様相はなかった」ということを理由に、南京大虐殺は捏造された虚構だと主張しはじめた。
実は、このとき、もしかしたら同じ部隊に、国鉄から徴兵された私の父親がいて、後にインパール作戦に放り込まれた。父親も、南京大虐殺について知らなかった。
河村は私の高校の四期先輩で、若い頃は、どちらかといえば左翼だったが、CIAが社会党を潰すために創設した民社党に入党してから、右翼的思想傾向を持つようになった。
私は仕事で河村との接点を持ったことがあるので、根は正義感の強い平等主義者であって、芯から善良な人物であることを知っている。社会党役員だった父も彼を直接知っていて、人間性を高く評価する一人だった。
しかし、河村ほどの善良な人物が、歴史的史実を否定するのは、ひとえに、「日本は善良だったファンタジー」の宗教的洗脳を受けているからだと思う。
彼は日本人を誇りに思いたいのだ。悪事を働いたという事実を認めたくないのだ。
そして、河村は善良ゆえに、他人の根拠のない説を真に受ける傾向があるようだ。
だが、河村のように、観念的に史実を否定してみても、残念ながら南京大虐殺の具体的な証拠は山ほど残っている。
http://hirukawamura.livedoor.blog/archives/5827904.html
http://hirukawamura.livedoor.blog/archives/5827202.html
以下自分の記事を引用
南京大虐殺について、分かったことを書いておくと、これは1937年7月29日に、北京郊外の通州で、日本人婦女子300名が虐殺された事件から始まっている。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%9A%E5%B7%9E%E4%BA%8B%E4%BB%B6
犯行集団は、冀東防共自治政府保安隊という中国人民兵だった。なぜ、猟奇的な大虐殺を行ったかといえば、日本軍・日本人に恐怖を与える目的があった。
これを背後で指令したのは、国民党軍司令官であるとともに、青幇頭目だった蒋介石だといわれる。
なぜ、日本人婦女子ばかり通州に集まっていたのか? それは、通州が日本軍の麻薬生産基地だったからだ。
当時のことだから阿片だろうと思うだろうが違う。通州基地で製造していたのはモルヒネ・ヘロインであった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%9A%E5%B7%9E%E4%BA%8B%E4%BB%B6
https://the-cosmological-fort.hatenablog.com/entry/2018/08/19/170617
この工場は、誰の指揮によって建設されたのか? 分かっている限りでは、上海麻薬王と呼ばれた里見甫、昭和通商という会社を指揮して朝鮮・満州で麻薬を売りさばいていた岸信介である。他にも多数の陸軍統制派幹部が関与していて、日本軍の現在価値で4000兆円に上る軍備費用を担うために造られた。
当時(今でも)、麻薬ほど換金性が高く利益率が大きい商品は他になかった。
通州で生産されたヘロインは、北京や上海、満州などで売りさばかれたが、これが中国の古いヤクザ組織、麻薬シンジケートだった青幇の利権を大きい侵害することになった。
頭目だった蒋介石は、日本軍通州麻薬基地への壊滅的攻撃を指示した。しかし、国民党を直接矢面に立たせないよう、影響力を行使できた冀東防共自治政府保安隊を利用したのである。
この事件の一報を聞き、調査の結果、蒋介石の指示が明らかになったことで、方面軍の第十軍幹部は怒り狂った。司令官は柳川平助、現場指揮官は田辺盛武といわれるが、上海方面軍でも蒋介石に煮え湯を飲まされていたので、兵を叱咤して復讐心に燃えた。
日本軍は、南京城攻略戦を行い投降した国民党軍兵士と市民30万人を大虐殺したとされる。
ちょうど、通州事件から南京事件に至る詳細な経過が描かれた文春サイトを見つけたので掲載しておく。
無残……日本人虐殺の「通州事件」はなぜ起こってしまったのか?――生き残った記者が激白する地獄の現場 安藤 利男2019/07/28
https://bunshun.jp/articles/-/13055
「恨み深し!」刺激的に伝えられた残虐な”通州事件”は南京虐殺の引き金だったのか?2019/07/28
https://bunshun.jp/articles/-/13054
南京陥落当時、上海派遣軍と中支那方面軍の兼任参謀だった長勇中佐(昭和陸軍の「皇道派」に属し、最後は沖縄防衛の第32軍参謀長として1945年6月23日、牛島満司令官とともに自決)が1938年に旧知の田中隆吉中佐に語ったところによると、投降してきた中国兵30万人について、軍司令官に無断で殺害命令を出した際、「自分は(支那)事変当初通州に於て行われた日本人虐殺に対する報復の時期が来たと喜んだ」という(田中隆吉「裁かれる歴史」)。
津田道夫「南京大虐殺と日本人の精神構造」は、「南京アトロシティーズを通州事件の報復だなどというのは、当時の現地軍高級将校の思考構造をよく示している」と指摘するが。
橋川文三編著「日本の百年7 アジア解放の夢」は「このときの通州守備隊は、その後華中作戦に転じ、報復心にもえて南京虐殺に参加したといわれる」と書くが、はっきりしたことは分からない。
古屋哲夫「日中戦争」は、事件は「反日感情が日本の勢力圏でも広く浸透していることを示すもの」との見方を示している。実際、前年36年11月には、綏遠省(現内モンゴル)で、日本の傀儡勢力の軍が中国軍に敗北した「綏遠事件」が起き、中国の民衆が熱狂。抗日の気運が盛り上がった。
上のリンク内には、長勇中佐(陸軍皇道派・第32軍参謀長)が、軍司令官に無断で30万人皆殺しを指示したと書かれている。
このとき、日本軍による報復虐殺に強く反対したのは、松井石根中支方面軍団長(大将)である。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E4%BA%95%E7%9F%B3%E6%A0%B9
だが、陸軍きっての教養人である松井石根は孫文や蒋介石とも懇意な親中国派であったため、他の幹部から警戒され、指令権を無視された。結局、敗戦後は、一人で南京大虐殺の責任を負って処刑された。
松井は尾張藩士の直系で、文武両道の穏やかな人格者だったといわれる。最期まで中国人に対する優越感を諫めていた。
私は、松井石根の中村区牧野町屋敷跡に建てられた病院で出生している。同郷の松井石根という優れた人物の跡をたどると、彼が何も主張せずに一人で責めを負って刑場に消えたのとは対象的に、父の加わったインパール作戦で、日本の若者を30万人も無駄死にさせながら、一人罪を逃れて生き残り、「作戦失敗は兵たちに大和魂がなかったせいだ!」と決めつけ続けた、牟田口廉也司令官を対比させざるをえない。
彼は陸軍皇道派だった。太平洋戦争は、最初から最後まで皇道派の暴走が際立っている。南京大虐殺の実行指揮官たちも全員、皇道派だった。
日本軍には、民衆を平然と虐殺する極悪な人物が、間違いなく存在したのだ。河村たかしは、そのことがまるで分かっていない。
南京大虐殺を引き起こしたのは通州事件といってもよいが、これは岸信介や里見甫が、日本軍の戦費を稼ぎ出すために、世界最大の麻薬密売事業を行ったことから起きた。
この麻薬精製工場が通州工場だった。もしも、通州の真実が知られたなら、昭和通商を通じて日本軍の戦費数千兆円を世界への麻薬密売で担おうとしていた岸信介らの野望が歴史上にさらけ出されることになる。
だから、日本政府は「通州事件」について語りたがらない。なかったことにしたいのだ。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1495308034
森喜朗と共謀して、東京中の歴史的公有地の緑地植樹をすべて剥ぎ取って不動産屋に売り飛ばしている最中の小池百合子東京都知事が、「関東大震災の朝鮮人大虐殺は存在しない架空の宣伝にすぎない」から、記念行事は無視すると昨年に続いて表明した。
関東大震災の朝鮮人虐殺にどう向き合うか 東大・外村教授に聞く「事実として語り継ぐ」 小池知事の追悼文不送付は…2023年8月18日
https://www.tokyo-np.co.jp/article/271013
関東大震災の7000名近い朝鮮人大虐殺が虚構だとする主張も、日本会議系の右翼団体が大きく叫び続けている。加藤康男や櫻井よしこが繰り返し書き続けている。いずれも統一教会と深い関係のある右翼スピーカーだ。
https://yoshiko-sakurai.jp/2021/03/11/9110
「日本人は悪いことをしていない」というファンタジーを声高く主張しているのは、虎ノ門ニュースなどに集う国家主義のグループだ。
彼らの大半が、民主主義を否定し、天皇主権の復活を求めている。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%99%8E%E3%83%8E%E9%96%80%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B9
これに対して、さすがに、歴史の歪曲捏造を許さない声が上がり始めている。
関東大震災時の朝鮮人虐殺を否定する動きを憂う 9/1(金)
https://news.yahoo.co.jp/articles/7732a31dd51574d7c767958783a286c0c48646d0
関東大震災における朝鮮人大虐殺の原因について、最近は、それが当時、警視庁警備局長(副総監)だった正力松太郎による意図的なデマだった報道が消え失せている。
正力を美化する右翼思想家たちが、彼の最大の悪行である朝鮮人大虐殺をなかったことにしはじめたのだ。
在日朝鮮人大虐殺事件 2023年06月28日
http://hirukawamura.livedoor.blog/archives/6049160.html
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%A2%E6%9D%B1%E5%A4%A7%E9%9C%87%E7%81%BD%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E4%BA%BA%E8%99%90%E6%AE%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6
当時、警視庁ナンバー2の地位である警備局長だった正力松太郎が、「朝鮮人が井戸に毒を撒いて、婦女子を強姦している」という悪質なデマをメディアに公表したが、在京メディアは、現場を取材しているので、これをデマと認定して相手にしなかったが、仙台の河北新報が、なぜか、これを取り上げ東京に逆移入したところ、下町の自警団が過敏に反応して、「朝鮮人がとんでもない悪さをしている」というデマが一気に拡散し、当時、東京下町に住んでいた朝鮮人を片っ端から殺害しはじめた。
殺された総数は、実に6000名を超えるともいわれる。
https://www.sankei.com/premium/news/181118/prm1811180010-n1.html
1910年に朝鮮併合が行われ、李朝官僚だった両班・良民階級が大量に日本に移住してから、まだ十年程度しか経ておらず、移住朝鮮人の価値観に対する齟齬・嫌悪感が重なり、敵意が民衆の間に醸成されていたのが、大量殺人の伏線であるともいわれる。
当時一般的だった銭湯でのマナーを朝鮮人は知らず(朝鮮ではサウナと川しかない)体を洗わずに湯船に入る朝鮮人に対し、下町民衆に強い嫌悪感があったとのエピソードがある。
******************************************************
この歴史的事実は、小池百合子が認めようが認めまいが、歴史から消すことなど絶対にできない。ただ、小池が朝鮮人大虐殺を無視したという評価が成立するだけだ。
彼らは、731部隊や登戸研究所の存在さえ否定するような発言を始めている。
そして、細菌兵器をつけた風船爆弾をアメリカに飛ばして、終末戦争を行おうとした事実を隠蔽している。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/seibutsugakushi/97/0/97_8/_pdf
もしも陸軍皇道派の細菌兵器戦争計画を当時の裕仁天皇が拒絶しなかったなら、たぶん日本の敗戦は100倍も悲惨な事態になっていただろう。
原爆投下目標も、東京や京都が含まれていたはずだ。米軍は、細菌爆弾が投下されたなら、必ず、「はるかに苛酷なBC兵器を使って日本を滅ぼす」と決定していたのだ。
「朝鮮人慰安婦など存在しない」という主張が、今はネット界の主流になっているのだが、事実はかなり違う。
中曽根康弘は、日本軍基地に慰安婦施設を作らせたと自慢していたのだ。
http://hirukawamura.livedoor.blog/archives/1420631.html
実は私は、1970年代に、たちんぼ仕事から、在日朝鮮人の経営する解体業に短い期日だが勤務したことがある。このとき、従軍慰安婦問題について直接詳しい話を聞いた。
彼らは、朝鮮の婦女子を強制的に慰安婦として動員したのは、いわゆる「朝鮮人女衒」と証言した。日本人で、そんなことをやる者は少なかった。
だが日本でも、昭和恐慌という生糸暴落からの少女身売りが広く行われていた。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%AD%E5%92%8C%E8%BE%B2%E6%A5%AD%E6%81%90%E6%85%8C
私の祖母の出身地である加茂郡黒川村でも、祖母より若い世代が満州開拓団として渡航し、敗戦時、凄まじい苦難に遭い、女性たちは身売りさせられることが珍しくなかった。
女性の身売りは、戦時中でも常識的な風俗だった。
だから、朝鮮にあっても、娘の身売りや、慰安婦強制は、ごく普通の出来事であり、日本人の関与がなかったというのは真っ赤な嘘だ。
強制労働にしても、私の母は17歳で新潟市内の強制徴用に遭って、軍需工場で働かされた。兵役を免れた朝鮮では、兵役の代替として強制徴用というのは常識だったのだ。
「日本人は悪いことをしなかった」はいいのだが、強制徴用や慰安婦動員は、当時は悪事として捉えられていなかったのである。
「敗戦はなかった。終戦があった」
というファンタジーは、ブラジルの日系人の間でひどかった。「日本が敗戦した」と発言した(日系の)人々は、片っ端から殺された。これを「勝ち組」という。
http://hirukawamura.livedoor.blog/archives/5957279.html
現代日本では明らかに「勝ち組」が復活していて、「日本は停戦に応じただけ」と主張する若者が多くなっている。本当にそうなのかは説明の必要もないだろう。
私は河村たかし市長の「南京大虐殺は存在しない」という主張が、明らかに「勝ち組」の思想であると考える。
自分たちに都合のよいファンタジーを盲信するのは、韓国人のウリナラファンタジーが有名だが、日本もまた韓国人のように歴史を都合良く解釈する若者が増えているのだ。
だが、ファンタジーを妄想して他人に強要する習慣は、かつて、陸軍皇道派の専売特許だった。
真実を口にする人々を殺しまくったのは「勝ち組」であった。
それが何をもたらすのか? 歴史の真実を追究しなくなってファンタジーの妄想だけに包まれるとき、結果は、太平洋戦争の終わりと同じ運命に至ることしかありえない。
南京大虐殺は存在しなかった。
通州基地大虐殺は、すべて中国人のせい。
731部隊など存在しなかった。
陸軍登戸研究所など存在しなかった。
朝鮮人慰安婦など存在しなかった。
昭和通商では麻薬など扱っていない。
日本軍は、正義を重んじる倫理的軍隊だった。後進国を助けたのであって、帝国主義など存在しなかった。
敗戦などない。終戦である。日本は負けていない。
「日本人は正義の民族だ。悪事は一切行っていない」
とする極端なファンタジーが若者たちの頭を洗脳しはじめたのは、すでに前世紀末からで、最初は、「南京大虐殺など架空だ」と、右翼インフルエンサーが大宣伝を始めたあたりではないだろうか?
これは右翼勢力の憎悪を一身に受けてきた本多勝一の「中国の旅」の記述をウソと決めつけたことから始まった右翼思想運動かもしれない。
河村たかし名古屋市長も、「父親が中支戦線に動員されたとき南京市を通過したが、虐殺の様相はなかった」ということを理由に、南京大虐殺は捏造された虚構だと主張しはじめた。
実は、このとき、もしかしたら同じ部隊に、国鉄から徴兵された私の父親がいて、後にインパール作戦に放り込まれた。父親も、南京大虐殺について知らなかった。
河村は私の高校の四期先輩で、若い頃は、どちらかといえば左翼だったが、CIAが社会党を潰すために創設した民社党に入党してから、右翼的思想傾向を持つようになった。
私は仕事で河村との接点を持ったことがあるので、根は正義感の強い平等主義者であって、芯から善良な人物であることを知っている。社会党役員だった父も彼を直接知っていて、人間性を高く評価する一人だった。
しかし、河村ほどの善良な人物が、歴史的史実を否定するのは、ひとえに、「日本は善良だったファンタジー」の宗教的洗脳を受けているからだと思う。
彼は日本人を誇りに思いたいのだ。悪事を働いたという事実を認めたくないのだ。
そして、河村は善良ゆえに、他人の根拠のない説を真に受ける傾向があるようだ。
だが、河村のように、観念的に史実を否定してみても、残念ながら南京大虐殺の具体的な証拠は山ほど残っている。
http://hirukawamura.livedoor.blog/archives/5827904.html
http://hirukawamura.livedoor.blog/archives/5827202.html
以下自分の記事を引用
南京大虐殺について、分かったことを書いておくと、これは1937年7月29日に、北京郊外の通州で、日本人婦女子300名が虐殺された事件から始まっている。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%9A%E5%B7%9E%E4%BA%8B%E4%BB%B6
犯行集団は、冀東防共自治政府保安隊という中国人民兵だった。なぜ、猟奇的な大虐殺を行ったかといえば、日本軍・日本人に恐怖を与える目的があった。
これを背後で指令したのは、国民党軍司令官であるとともに、青幇頭目だった蒋介石だといわれる。
なぜ、日本人婦女子ばかり通州に集まっていたのか? それは、通州が日本軍の麻薬生産基地だったからだ。
当時のことだから阿片だろうと思うだろうが違う。通州基地で製造していたのはモルヒネ・ヘロインであった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%9A%E5%B7%9E%E4%BA%8B%E4%BB%B6
https://the-cosmological-fort.hatenablog.com/entry/2018/08/19/170617
この工場は、誰の指揮によって建設されたのか? 分かっている限りでは、上海麻薬王と呼ばれた里見甫、昭和通商という会社を指揮して朝鮮・満州で麻薬を売りさばいていた岸信介である。他にも多数の陸軍統制派幹部が関与していて、日本軍の現在価値で4000兆円に上る軍備費用を担うために造られた。
当時(今でも)、麻薬ほど換金性が高く利益率が大きい商品は他になかった。
通州で生産されたヘロインは、北京や上海、満州などで売りさばかれたが、これが中国の古いヤクザ組織、麻薬シンジケートだった青幇の利権を大きい侵害することになった。
頭目だった蒋介石は、日本軍通州麻薬基地への壊滅的攻撃を指示した。しかし、国民党を直接矢面に立たせないよう、影響力を行使できた冀東防共自治政府保安隊を利用したのである。
この事件の一報を聞き、調査の結果、蒋介石の指示が明らかになったことで、方面軍の第十軍幹部は怒り狂った。司令官は柳川平助、現場指揮官は田辺盛武といわれるが、上海方面軍でも蒋介石に煮え湯を飲まされていたので、兵を叱咤して復讐心に燃えた。
日本軍は、南京城攻略戦を行い投降した国民党軍兵士と市民30万人を大虐殺したとされる。
ちょうど、通州事件から南京事件に至る詳細な経過が描かれた文春サイトを見つけたので掲載しておく。
無残……日本人虐殺の「通州事件」はなぜ起こってしまったのか?――生き残った記者が激白する地獄の現場 安藤 利男2019/07/28
https://bunshun.jp/articles/-/13055
「恨み深し!」刺激的に伝えられた残虐な”通州事件”は南京虐殺の引き金だったのか?2019/07/28
https://bunshun.jp/articles/-/13054
南京陥落当時、上海派遣軍と中支那方面軍の兼任参謀だった長勇中佐(昭和陸軍の「皇道派」に属し、最後は沖縄防衛の第32軍参謀長として1945年6月23日、牛島満司令官とともに自決)が1938年に旧知の田中隆吉中佐に語ったところによると、投降してきた中国兵30万人について、軍司令官に無断で殺害命令を出した際、「自分は(支那)事変当初通州に於て行われた日本人虐殺に対する報復の時期が来たと喜んだ」という(田中隆吉「裁かれる歴史」)。
津田道夫「南京大虐殺と日本人の精神構造」は、「南京アトロシティーズを通州事件の報復だなどというのは、当時の現地軍高級将校の思考構造をよく示している」と指摘するが。
橋川文三編著「日本の百年7 アジア解放の夢」は「このときの通州守備隊は、その後華中作戦に転じ、報復心にもえて南京虐殺に参加したといわれる」と書くが、はっきりしたことは分からない。
古屋哲夫「日中戦争」は、事件は「反日感情が日本の勢力圏でも広く浸透していることを示すもの」との見方を示している。実際、前年36年11月には、綏遠省(現内モンゴル)で、日本の傀儡勢力の軍が中国軍に敗北した「綏遠事件」が起き、中国の民衆が熱狂。抗日の気運が盛り上がった。
上のリンク内には、長勇中佐(陸軍皇道派・第32軍参謀長)が、軍司令官に無断で30万人皆殺しを指示したと書かれている。
このとき、日本軍による報復虐殺に強く反対したのは、松井石根中支方面軍団長(大将)である。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E4%BA%95%E7%9F%B3%E6%A0%B9
だが、陸軍きっての教養人である松井石根は孫文や蒋介石とも懇意な親中国派であったため、他の幹部から警戒され、指令権を無視された。結局、敗戦後は、一人で南京大虐殺の責任を負って処刑された。
松井は尾張藩士の直系で、文武両道の穏やかな人格者だったといわれる。最期まで中国人に対する優越感を諫めていた。
私は、松井石根の中村区牧野町屋敷跡に建てられた病院で出生している。同郷の松井石根という優れた人物の跡をたどると、彼が何も主張せずに一人で責めを負って刑場に消えたのとは対象的に、父の加わったインパール作戦で、日本の若者を30万人も無駄死にさせながら、一人罪を逃れて生き残り、「作戦失敗は兵たちに大和魂がなかったせいだ!」と決めつけ続けた、牟田口廉也司令官を対比させざるをえない。
彼は陸軍皇道派だった。太平洋戦争は、最初から最後まで皇道派の暴走が際立っている。南京大虐殺の実行指揮官たちも全員、皇道派だった。
日本軍には、民衆を平然と虐殺する極悪な人物が、間違いなく存在したのだ。河村たかしは、そのことがまるで分かっていない。
南京大虐殺を引き起こしたのは通州事件といってもよいが、これは岸信介や里見甫が、日本軍の戦費を稼ぎ出すために、世界最大の麻薬密売事業を行ったことから起きた。
この麻薬精製工場が通州工場だった。もしも、通州の真実が知られたなら、昭和通商を通じて日本軍の戦費数千兆円を世界への麻薬密売で担おうとしていた岸信介らの野望が歴史上にさらけ出されることになる。
だから、日本政府は「通州事件」について語りたがらない。なかったことにしたいのだ。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1495308034
森喜朗と共謀して、東京中の歴史的公有地の緑地植樹をすべて剥ぎ取って不動産屋に売り飛ばしている最中の小池百合子東京都知事が、「関東大震災の朝鮮人大虐殺は存在しない架空の宣伝にすぎない」から、記念行事は無視すると昨年に続いて表明した。
関東大震災の朝鮮人虐殺にどう向き合うか 東大・外村教授に聞く「事実として語り継ぐ」 小池知事の追悼文不送付は…2023年8月18日
https://www.tokyo-np.co.jp/article/271013
関東大震災の7000名近い朝鮮人大虐殺が虚構だとする主張も、日本会議系の右翼団体が大きく叫び続けている。加藤康男や櫻井よしこが繰り返し書き続けている。いずれも統一教会と深い関係のある右翼スピーカーだ。
https://yoshiko-sakurai.jp/2021/03/11/9110
「日本人は悪いことをしていない」というファンタジーを声高く主張しているのは、虎ノ門ニュースなどに集う国家主義のグループだ。
彼らの大半が、民主主義を否定し、天皇主権の復活を求めている。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%99%8E%E3%83%8E%E9%96%80%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B9
これに対して、さすがに、歴史の歪曲捏造を許さない声が上がり始めている。
関東大震災時の朝鮮人虐殺を否定する動きを憂う 9/1(金)
https://news.yahoo.co.jp/articles/7732a31dd51574d7c767958783a286c0c48646d0
関東大震災における朝鮮人大虐殺の原因について、最近は、それが当時、警視庁警備局長(副総監)だった正力松太郎による意図的なデマだった報道が消え失せている。
正力を美化する右翼思想家たちが、彼の最大の悪行である朝鮮人大虐殺をなかったことにしはじめたのだ。
在日朝鮮人大虐殺事件 2023年06月28日
http://hirukawamura.livedoor.blog/archives/6049160.html
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%A2%E6%9D%B1%E5%A4%A7%E9%9C%87%E7%81%BD%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E4%BA%BA%E8%99%90%E6%AE%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6
当時、警視庁ナンバー2の地位である警備局長だった正力松太郎が、「朝鮮人が井戸に毒を撒いて、婦女子を強姦している」という悪質なデマをメディアに公表したが、在京メディアは、現場を取材しているので、これをデマと認定して相手にしなかったが、仙台の河北新報が、なぜか、これを取り上げ東京に逆移入したところ、下町の自警団が過敏に反応して、「朝鮮人がとんでもない悪さをしている」というデマが一気に拡散し、当時、東京下町に住んでいた朝鮮人を片っ端から殺害しはじめた。
殺された総数は、実に6000名を超えるともいわれる。
https://www.sankei.com/premium/news/181118/prm1811180010-n1.html
1910年に朝鮮併合が行われ、李朝官僚だった両班・良民階級が大量に日本に移住してから、まだ十年程度しか経ておらず、移住朝鮮人の価値観に対する齟齬・嫌悪感が重なり、敵意が民衆の間に醸成されていたのが、大量殺人の伏線であるともいわれる。
当時一般的だった銭湯でのマナーを朝鮮人は知らず(朝鮮ではサウナと川しかない)体を洗わずに湯船に入る朝鮮人に対し、下町民衆に強い嫌悪感があったとのエピソードがある。
******************************************************
この歴史的事実は、小池百合子が認めようが認めまいが、歴史から消すことなど絶対にできない。ただ、小池が朝鮮人大虐殺を無視したという評価が成立するだけだ。
彼らは、731部隊や登戸研究所の存在さえ否定するような発言を始めている。
そして、細菌兵器をつけた風船爆弾をアメリカに飛ばして、終末戦争を行おうとした事実を隠蔽している。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/seibutsugakushi/97/0/97_8/_pdf
もしも陸軍皇道派の細菌兵器戦争計画を当時の裕仁天皇が拒絶しなかったなら、たぶん日本の敗戦は100倍も悲惨な事態になっていただろう。
原爆投下目標も、東京や京都が含まれていたはずだ。米軍は、細菌爆弾が投下されたなら、必ず、「はるかに苛酷なBC兵器を使って日本を滅ぼす」と決定していたのだ。
「朝鮮人慰安婦など存在しない」という主張が、今はネット界の主流になっているのだが、事実はかなり違う。
中曽根康弘は、日本軍基地に慰安婦施設を作らせたと自慢していたのだ。
http://hirukawamura.livedoor.blog/archives/1420631.html
実は私は、1970年代に、たちんぼ仕事から、在日朝鮮人の経営する解体業に短い期日だが勤務したことがある。このとき、従軍慰安婦問題について直接詳しい話を聞いた。
彼らは、朝鮮の婦女子を強制的に慰安婦として動員したのは、いわゆる「朝鮮人女衒」と証言した。日本人で、そんなことをやる者は少なかった。
だが日本でも、昭和恐慌という生糸暴落からの少女身売りが広く行われていた。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%AD%E5%92%8C%E8%BE%B2%E6%A5%AD%E6%81%90%E6%85%8C
私の祖母の出身地である加茂郡黒川村でも、祖母より若い世代が満州開拓団として渡航し、敗戦時、凄まじい苦難に遭い、女性たちは身売りさせられることが珍しくなかった。
女性の身売りは、戦時中でも常識的な風俗だった。
だから、朝鮮にあっても、娘の身売りや、慰安婦強制は、ごく普通の出来事であり、日本人の関与がなかったというのは真っ赤な嘘だ。
強制労働にしても、私の母は17歳で新潟市内の強制徴用に遭って、軍需工場で働かされた。兵役を免れた朝鮮では、兵役の代替として強制徴用というのは常識だったのだ。
「日本人は悪いことをしなかった」はいいのだが、強制徴用や慰安婦動員は、当時は悪事として捉えられていなかったのである。
「敗戦はなかった。終戦があった」
というファンタジーは、ブラジルの日系人の間でひどかった。「日本が敗戦した」と発言した(日系の)人々は、片っ端から殺された。これを「勝ち組」という。
http://hirukawamura.livedoor.blog/archives/5957279.html
現代日本では明らかに「勝ち組」が復活していて、「日本は停戦に応じただけ」と主張する若者が多くなっている。本当にそうなのかは説明の必要もないだろう。
私は河村たかし市長の「南京大虐殺は存在しない」という主張が、明らかに「勝ち組」の思想であると考える。
自分たちに都合のよいファンタジーを盲信するのは、韓国人のウリナラファンタジーが有名だが、日本もまた韓国人のように歴史を都合良く解釈する若者が増えているのだ。
だが、ファンタジーを妄想して他人に強要する習慣は、かつて、陸軍皇道派の専売特許だった。
真実を口にする人々を殺しまくったのは「勝ち組」であった。
それが何をもたらすのか? 歴史の真実を追究しなくなってファンタジーの妄想だけに包まれるとき、結果は、太平洋戦争の終わりと同じ運命に至ることしかありえない。

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