YouTubeに非常に根の深い深刻な問題が扱われていたので紹介する。
 https://www.youtube.com/watch?v=vQ5wydXuCQk&ab_channel=579Laccaitay

 この主役人物は、「男のメンツ」を潰されたと感じ、妻を離縁して、慰謝料まで請求した。
 古来、育てた子が自分の子でないケースなど、山ほどあるのだが、昔はDNA検査などなかったので、疑わしくも、妻が黙ってさえいれば、それを法的に証明することは困難だった。

 また、子胤が自分のものではないことなど、いわば常識といえる社会だったので、この主役のように妻に報復する人も、ほとんどいなかった。
 そもそも、子供は育てることに意義や充実感を感じ、その成長を見て人生の喜びを感じられるものであって、家族としての人間関係を育てるものだ。

 他人から養子までもらうほどだから、自分のDNAが入っていないことなど、それほどたいした問題ではないのだが、この主役は、それよりも「自分のメンツ」を大切にしたことになる。
 「妻の不倫不貞が絶対に許せない」わけだ。人に対する優しさが不足した人なのだろう。
 もしも、こんな人ばかりだったなら、満州の残留孤児問題は成立しなかった。みんな死んでしまったはずだ。

 世の中には、戸籍上の父との血縁関係がない親子などワンサカいる。
もっとも代表的な例が、天皇家の秋篠宮である。秋篠宮は父である明人天皇(上皇)とまるで似ていない。兄の浩宮、父の明人と体格も大きく異なり、どこから見ても親子には見えない。
 つまり、実の親子ではないと考えられている。

 これは、母である美智子皇后(上皇后)が、1962年頃の人類史上最悪の大気圏核実験の嵐のなかで放射能汚染をまともに受けて「胞状奇胎」を出生し、主治医から「もう、まともな子供は産めないかもしれない」と告げられた可能性がある。
 そこで、当時の池田勇人首相が宮内庁と相談して、美智子氏の妹の恵美子氏がちょうど安西孝之の子を孕んでいたので、これを天皇家の養子とした。
 安西孝之は、昭和電工の重役にすぎなかったが、養子提供以降は、ゴルフ協会会長や競輪事業評議員など、大きな利権を得られる名誉職、役職を歴任した。

 ところが、皇室典範で養子は禁じられているので、この養子は非合法であり、実子として扱われた。これが今、「顔や体格が似ていない」ことで、ネット界隈で大騒ぎになっている。
 もしも本当の親子でないとすれば、天皇家の「万世一系正統」論が、地に墜ちるわけだ。
 https://narakare.com/post-6140/

 もうごまかせないほど大きな声になっているので、秋篠宮は皇位返上を申し出ているという。そうなれば、悠仁の皇太子資格は消え、、佳子、真子らも、皇族と無関係になる可能性が強い。
 だから、次は女系天皇を復活させて、愛子が天皇に就任すると噂されている。

 なぜ、池田勇人首相が男子天皇系統に血縁のない養子を提案したのか? それは、池田が広島県竹原市出身であることに関係している。
 実は、瀬戸内界隈は、日本でも最大級の「夜這い地帯」であり、それは1960年代まで続き、今の60歳以上の人たちの相当数が、実の父親をきちんと同定できない可能性があるのだ。

 とりわけ現在の70歳以上の人たちは、遺伝子上の父親の特定が困難だ。
 夜這い文化のある地域では、「血縁」よりも「地縁」が大きな価値をもっていて、地元の集落全体が自分の故郷であり家族であった。
 https://ameblo.jp/acdcrush/entry-12750084057.html

 本当の父が誰でも関係ない、「みんなの子供」だったのだ。だから池田自身も、もしかしたら父親が誰か分からないかもしれなかった。
 https://ko-kosuge.jp/play/94/

 夜這い文化は歌垣に代表されるように、照葉樹林帯文化圏の習俗であり、2500年前に呉越戦争で滅んだ呉の国民がボートピープルとして九州に上陸し、「倭」という国を作って以来、「弥生人文化」として、九州・瀬戸内・和歌山・静岡に至る沿岸部に展開した。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%9C%E9%80%99%E3%81%84

 「照葉樹林帯文化圏」の基本的な生活文化は、原則として「母系氏族社会」だったということで、現在でも台湾や雲南などインドシナ半島に痕跡を残す地方がある。
 以下は、私が20年ほど前に書いた記事が引用されている。
 http://hirukawamura.livedoor.blog/archives/5957892.html

 照葉樹林帯文化圏でのライフスタイルは、テレビで未開民族のドギュメンタリー番組に出てくるとおり、集落による集団生活=共同体生活である。
 おおむね、高床式の一棟に10〜20名が生活していて、戸籍もなければ夫婦の特定もない。
 こうなれば基本フリーセックスであり、生まれてくる子供の母親は明瞭だが、父親は誰だか分からないのが普通であって、そうなると必ず母系氏族社会が成立する。

 これが、もう少し進化すると棟ごとに男女が棲み分け、妻問婚が始まる。(昔の白川郷など)このとき男女が仲良くなるために「歌垣」などの交際文化が発生する。
 さらに、時代が進むと、国家権力が統治の都合上、一夫一婦制を強要し、戸籍を作って民衆を管理し、税や兵士を徴用するようになる。
 ここで、国家は民衆の自由なセックスを否定し、一夫一婦制家族社会の成立が求められる。つまり、徴税と徴兵の必用が、母系氏族社会を破壊してゆくのである。

 だが、弥生文化の浸透した地方では、1960年代に至るまで、妻問婚→夜這いの風習が残った。
 娘が初潮を迎えると近所に赤飯が配られ、娘は離れに寝るようになる。この離れには小さなにじり戸があって、やがて茶室として利用されるようになった。

 赤飯を見た近所の青年は、真夜中に娘に忍び寄ってセックスを求める。妊娠すると、娘は、夜這いに来た青年たちのなかから自由に婿を指名する権利があった。
 青年は娘の指名を断る権利がなかった。もし拒否すれば、「村八分」の制裁を受け、集落から出て行かねばならなかった。
 集落全体が一つの家族だったからだ。

 夜這い文化圏では、性の観念が実におおらかであったことは、宮本常一が「忘れられた日本人」などの著書でたくさん報告している。
 夜這いを経験した人たちは、中高年になっても、昔の「無礼講」を覚えていて、割合、自由に不倫をしてしまう。
 だから西日本では、性的な暴走に寛容な地域が多い。女性のお尻や乳を触ったりの性行為など、普通のつきあいの範疇なのだ。

 私は、宮本の著作を夢中になって読みふけった時期があるのだが、現在、原本を示すことができず残念だ。ネット上から著作が消えてしまっている。
 https://booklog.jp/author/%E5%AE%AE%E6%9C%AC%E5%B8%B8%E4%B8%80

 それでは、冒頭に紹介した「次男が自分の子ではない」と騒いでいる主役は、なぜ妻を離縁したり、慰謝料を請求したりと怒っているのかというと、「夫婦は貞操を守って父親の子を遺す義務がある」という地縁よりも血縁を重視する東日本社会の価値観を絶対視しているからである。

 この価値観は、奈良時代に遣唐使が日本に持ち帰り、家康が林羅山に命じて全国の武家階級に規範として強要した「儒教=朱子学」から来ているものだろう。
 儒教の本質は「序列主義」で男尊女卑だ。女性は「男の子を産む道具」にすぎないというのが孔子の考えだったが、この考えは実は旧約聖書から来ているものだ。

 母系氏族社会が地域に飽和してくると採集資源の縄張り争いが始まる。それが戦争に発展したとき、男子が大きな力を持つようになり、部族の権力が母から父に移ってゆくのである。
 権力を得た男は、女性を囲い込み「自分の子」を産ませるためにハーレムを成立させる。

 これが旧約聖書に描かれた男系氏族社会であり、イスラム教は、このハーレム時代を正当化するための宗教である。
 このとき、姦淫、姦通した女性は、投石で殺害されたり、激しく弾圧を受けるようになる。
 世界中の男系氏族社会で、女性の姦淫不貞が犯罪とされる倫理が成立することになる。

 ここで、男尊女卑やイスラム圏のような一夫多妻制が成立するのだが、女性の地位が貶められた原因は、戦争における立場にあることを意味している。
 戦争が増えれば「女は弱いもの、見下すもの」という観念が生まれてしまい、それが男女差別を拘束するのだ。

 「女は男の奴隷」という価値観が、冒頭の主役氏の価値観を拘束しているとともに、「男は女を支配できる」という観念が、「男のメンツ」という価値観を成立させる。
 だから、たぶん本心では育てた子供が可愛くて仕方ないはずなのに、妻への憎悪から放り出してしまったのである。

 儒教の「メンツ」という価値観が、人間を不幸にする、もっとも典型的な事例だと私は思う。
 DNA検査で確実な親子の選別ができるようになって、まだ20年あまりしか経ていない。だから、それまでは、遺伝上の親子よりも、育てる人間関係の上の親子に絶対的な価値があった。
 これを理解できず、DNA検査の結果親子ではないと、子供を放り出す父親の姿は、とても愚かに見える。
 人間関係はDNA系統ではないのだ。

 上の方に書いた天皇家の継承問題も、皇室典範に「養子の禁止」が書かれているからといって、美智子氏、明人氏にとって、自分たちが手をかけて育てた秋篠宮こそ、本当の子である。DNAなど関係ないのだ。
 だが、ここでY染色体とか、ヤップ遺伝子とか屁理屈を並べて天皇家の権威を飾ってきたことが裏目に出てしまっている。

 実は、天皇家であっても、神武以来、ヤマト国の権力は、母系氏族によって伝えられた可能性が高い。その証拠に、推古、皇極、斉明、持統、元明、元正、孝謙、称徳、明正、後桜町は、女性の王権であったと記録されている。
 つまり男系の遺伝子など無関係だったのだ。だから、古代の様式を再現するなら、愛子ちゃんが天皇に即位することに正統性がある。

 そもそも、天皇家の歴史をみると、少なくとも数十回は断裂があって、一番の問題は、AD300年頃、百済からきた「弓月の君」=秦氏が、当時100万人しかいなかった日本に20万人入ってきたと書かれている。

 弓月はキルギスタンに比定されているが、秦氏は「秦の始皇帝の末裔」を称した。始皇帝もキルギスタン人だった可能性が強い。
 神武以来の「皇統」と称する血統は、このとき完全に断裂し、その後の王権は、少なくとも継体王以降は、間違いなく秦氏の末裔によって支配されたと考えるのが合理的である。

 男が自分の胤を遺したいとする気分は、女性蔑視の延長にあるもので、決して普遍的なものではない。一夫一婦制や一夫多妻制の元に生まれる価値観である。
 一夫一婦制が成立したのは、男系氏族社会の価値観が武家社会を生み出し、武家には「家=一族」 という独特の価値観=権威が成立した。
 このとき、「世継ぎ、跡継ぎ」を作る道具という意味で、「子を産む性奴隷」としての女性の地位が確立した。

 だから武家の多かった東日本では、女性の不貞が厳しく糾弾される倫理感が成立していた。血縁=一族という関係が非常に大切にされたので、どこの馬の骨の子か分からない子供は必要なかったわけだ。
 西日本では、逆に「地縁」の価値が高く、集落全体が一つの家族であって、父親など誰でもいい……母親がしっかりしていればいいという価値観が成立した。

 だから、今でも瀬戸内一帯では女性の力が強い。女性を見下すことを許さないという倫理感が成立している。
 西日本で、父親の系統がたどれるのは、武家や権力者くらいである。

 今後、我々は、どのような家族を目指すべきか?、どうなるのか? という視点で考えると、私は、再び、母系氏族社会に回帰してゆく可能性が高いと考えている。
 つまり、女が社会の主役に返り咲くということだ。実際に女性の地位は、どんどん上がっていて、格闘技界でさえ女性が大きな地位を占めるようになっている。

 その延長は、「子供の父親は誰でもいい」家族だ。それよりもアイデンティティを共有する氏族集団が大切な役割を果たすことになると私は思う。
 女性は、どんどん強くなる。