一昨日は「朝鮮人疑惑」などと書いてしまい、あとから、これはまずい表現だったと思って修正した。
「朝鮮人疑惑」などという差別用語を、抵抗もなく書いてしまった自分と向き合おうと思う。
「朝鮮」という言葉の意味は、私にとっては「儒教」を意味する。儒教とは序列差別の社会を意味し、この社会における究極の悪=「諸悪の根元」を意味する言葉だ。
現在、我々が抱いている韓国・朝鮮の不快なイメージは、すべて儒教思想が招いている現実である。
司馬遼太郎が「飛ぶが如く」のなかで、1873年、西郷隆盛が征韓論を主張するに至った経緯を詳しく書いている。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%81%E9%9F%93%E8%AB%96
西郷らは、1872年、池上四郎・武市正幹・彭城中平を清国・ロシア・朝鮮探偵として満洲に派遣し、北村重頼・河村洋与・別府晋介を釜山に派遣し、朝鮮の実情を探らせた。
当時は李朝末期で、インドのカースト制度よりも、はるかに劣悪な差別制度が定着していて、「奴隷制社会」と表現するにふさわしい実態だった。

朝鮮の差別制度は、両班・中人・常人・賎人の四種類があり、さらにインドのダリットと同じように「人外の民」として最下級の奴隷階級である奴婢がいた。白丁と呼ばれる被差別階級は賤民や奴婢も含んでいたかもしれない。
彼らは、「染めた衣類」の着用が許されなかったので白丁と呼ばれた。
左の女性たちと中の男性の衣類は染めているように見えるので、常人階級かもしれない。彼らは、両班階級がかますびしいと感じただけで捕らえられ、このように恣意的に懲罰された。
右が白丁階級で、アメリカにおける黒人奴隷の鎖に相当するのが拘束板だ。
白丁階級は、街中を自由に歩くことは許されなかった。女性は好き勝手に強姦され、殺されるのも普通のことで、両班は何の罪にも問われなかった。李氏朝鮮にあって、女性と白丁に人権は存在しなかった。
こうした実情を見て、西郷の派遣した探偵たちは驚愕し、あまりの人権意識の低さに激怒した。
帰国して、西郷に実情を報告したとき、西郷も激しく憤り、朝鮮の民衆を奴隷制度から救うため、日本が朝鮮を制圧し、人権規範を敷設しなければならないと決意し、征韓論を主張した。しかし、新政府首脳、大久保利通らに拒絶され、西南戦争に結びついた。
この経緯は「飛ぶが如く」に詳しく説明されている。
何度も書くが、こうした差別と人権抑圧は、朝鮮儒教がもたらした思想である。
孔子が創立したといわれる儒教の本質は、「人間には生まれながらの犯しがたい貴賤の序列があり、社会は序列を守ることで秩序が保たれる」というものである。
この序列意識によって、階級差別があり、その前に男女の差別があった。
女性は、男性の子を産むための道具にすぎず、家長である男の言いなりになることしか許されなかった。
なかには「試し腹」という、娘が子を産める能力があることを証明するため、家長が娘を孕ませるような習慣さえあった。
https://commons.nicovideo.jp/works/sm33349051?transit_from=spwebvideo_watch_contentstree_more
この制度が、朝鮮社会を著しく近親相姦率の高い社会にし、遺伝的劣化をもたらし、激昂しやすい「火病」と呼ばれる朝鮮韓国人のパーソナリティの原因になっていると指摘する人も少なくない。
なお、同様の近親相姦率の高い民族として、ユダヤ人も挙げられている。
日本は、西欧列強の朝鮮侵略を恐れ、1800年代末、日清戦争によって清国の冊封従属国だった地位を解放し、国家として独立させた。
下関条約が朝鮮独立記念日にあたるのだが、朝鮮李朝の両班階級は、日本が朝鮮を独立させたという事実を、極度に嫌悪し、朝鮮独立を、日本敗戦とすり替えてしまっている。
李朝両班階級は、自分たちの特権階級としての支配権が喪失させられることを極度に恐れ、日本が朝鮮奴隷制、階級差別制度を廃止させたことに激しく憎悪した。
これが、「朝鮮反日運動」の原点である。以来、現在に至るまで反日運動を背後で操作してきたのも李朝両班階級残党だった。
私が「朝鮮人」をイメージするとき、この李氏両班残党を最初に考えてしまっているので、「朝鮮人疑惑」などという差別用語を使ってしまった。
どういう人たちかというと、文鮮明(南平文)の祖父が、北朝鮮定州市に住んでいたとき、両班儒家を代表する人物だった。
このとき、岸信介の妻の三代前、曾祖父が岸(李)要蔵という人物で、文鮮明の祖父と極めて親密な両班仲間だったという情報がある。岸は佐藤家から岸(李家)に婿入りし、両班の生き残り戦略に加担した可能性が強い。
また娘の洋子を、安倍(李)晋太郎に嫁がせ、晋三を産ませることで李朝の血縁を強化した。
文鮮明祖父や李要蔵らは、朝鮮李朝崩壊後のビジョンとして、日本の皇族娘を李垠に降嫁させ、旧李朝を、そのまま日本皇族に併合させる戦略を考えたらしい。これによって両班階級に新たな支配権、権力が与えられる可能性があるということだ。
そして、梨本宮方子が選ばれ、李垠の妻として李朝を継ぐ子を産ませたのだが、宮廷内の両班手先が毒殺してしまったので、次男の晋太郎が安倍寛の養子になったことは、すでに書いている。
http://hirukawamura.livedoor.blog/archives/5959096.html
文鮮明と岸信介は、皇族と李朝の血縁を合体させ、両班の権力を取り戻すこと戦略を考え、戦後、大韓帝国=韓日統一帝国を実現し、その王として、安倍晋太郎(岸信介の娘の子)を就任させる予定だったようだが、早死にしたので、孫の晋三に託したようだ。
以来、文鮮明は、安倍晋三を筆頭とする自民党関係者に統一教会を接近させ、選挙運動の主体になった。安倍晋三の選挙資金と運動員は、統一教会が提供してきた。
中曽根政権時代には、大量の原理研キャリア組が、政府官僚に採用されている。
それは防衛、法務、文部といわれている。黒川弘務も原理研出身といわれ、検察長官に就任直前に阻止された。
現在の最高裁裁判官の大半が、安倍晋三の息のかかった統一教会系人物ともいわれる。
https://gendai.media/articles/-/101899
今、安倍派と二階派が検察の手入れを受けている本当の理由は、統一教会の法務への侵出を危惧した、検察良心派が自民党内の統一教会による影響を丸裸にする目的とも噂されている。
本当は、政治資金不記載ではなく、統一教会との関係が問題にされているのだ。
ただ、私が「朝鮮人疑惑」と書いてしまって後悔した理由は、両班階級の悪辣な戦略に対する憎悪を、被差別の下層大衆と一緒にしてしまったことだ。
私は、韓国人とたくさんの接点を持っている。
1970年代には、柳さんという在日解体業者で働いたこともあり、このとき、在日者の他人に対する思いやりの深さや、暖かさを身にしみて感じることがあった。
知人が韓国に嫁入りに入り、家族関係の深さを語っていたことも印象に残っているが、一方で、儒教習慣による女性蔑視、軽視の風潮から韓国男性の傲慢さを知るとともに、朝鮮女性の苦難は、未だに深刻に続いていて、「他人を見下す」という根付いてしまっている差別の風潮が、韓国社会をどれほど恐ろしい呪縛、桎梏に閉じ込めているのか思い知らされた。
私はタクシー運転手時代(1980年代末ころ)、たくさんの渡日女性を送迎した。
このとき彼女らの中に日本語を話せる人が少なくなかった。それは併合時代、朝鮮人子弟全員が日本語教育を受けていたからだ。
彼女らに日本に来た理由を尋ねると、一様に、韓国の女性蔑視、人権軽視社会への憎悪を口にした。
韓国では、女性が容易に強姦され、しかも警察も相手にしてくれないと言うのだ。
彼女らの大半が、実は接待、風俗産業に従事し、韓国のぼったくり文化を日本に持ち込んでいたので、褒められた話ではないのだが、しかし一人の例外もなく、韓国の女性差別文化を嫌悪していた。
また千葉で緊急入院した女性と話したとき、彼女は、過度の節食のため、卵巣が萎縮していた。理由を尋ねると、韓国ではスタイルの悪い女性は、軽視され嘲笑されるため、いつでも美容に気を遣わねばならず、整形をしなければ相手にされないという。
美容整形という文化は、韓国社会が世界最高峰なのだが、その理由は、「女は男の愛玩動物」、あるいは子を産むための道具にすぎないという女性蔑視の価値観から来ているのである。
女性が生まれ持った容姿で、誇り高く自立することが許されない。
私の世代は、1970年代、ウーマンリブ運動が吹き荒れ、「男に迎合しない、誇り高き女性」を目指す運動があり、可愛く見せるための美容やファッションが軽蔑され、若い女性たちは一様にジーンズをはいて歩く文化が成立したことがあった。
「女性は男のための存在ではない」という強い女、主体性のある女を目指したのだが、その後、ジャニー喜多川らが、芸能活動を通じて、再び女性を男に隷属させる「可愛い女」の文化を蔓延させるようになった。
私は、「儒教の呪い」から解放されるために、「男のための可愛い女」という女性の価値観が根底から破壊される必要があると思う。
女性は男のための道具でもなければ、男の価値観のために生きているわけではない。再び、ウーマンリブの思想が社会に普及し、「可愛い文化」が追放されなければ、日本社会の解放はありえないし、朝鮮文化=儒教からの脱却も不可能だと思う。
だから、私の頭のなかには、朝鮮人疑惑=儒教思想疑惑 というイメージがあり、一部の読者を不快にさせる表現を行ってしまったことを謝罪したい。
現在、日本社会にあって、儒教思想を復活しようとしている社会的影響の強い人物といえば、「大衆に恵んでやる」の竹中平蔵をはじめ、堀江貴文、橋下徹、竹田恒泰、百田尚樹、上念司、有本香、櫻井よしこ、長谷川幸洋らを挙げておきたい。
彼らの共通点は、人間社会に序列と差別を持ち込もうとしていることだ。これは儒教の本質である。自分たちは特権階級に君臨し、人間を国家権力の道具として利用する発想しかない。
人権の意味をまったく理解していない。人より国家を上位に置いているのだ。
実は、これはユダヤ人の聖典であるバビロニアタルムードに描かれているものと、まるで同じである。
だから、ユダヤ教の本質もまた儒教と同じと考えるべきである。
孔子は、2500年前、春秋時代の人だが、彼は、この時代、シルクロードを通じて、おそらく旧約聖書を入手していただろうと思う。
旧約聖書は、男系氏族、封建社会が成立した時代の思想的教書である。儒教が、こうした封建思想と無関係ではありえない。
国家や支配階級のための思想であり、家康は朱子学を見て、これほど政権維持に都合の良い思想はないと考え、林羅山らを通じて、各藩支配の思想的教書として採用した。
以来、日本は儒教社会となった。
今、我々の時代は、「一人はみんなのために、みんなは一人のために」(アルフレッド・マーネス)の思想=利他主義を共有して生きて行かねばならない。
ところが、儒教思想の信奉者たちは、「一人は上位者のために、みんなも上位者に服従しなければならない」と誘導するのだ。
人間の序列は、生まれながらにして犯しがたい価値として存在するというわけだ。
この思想によって、天皇家、皇族という被差別集団が存在している。あれは、みんなから羨まれているように見えるが、実は逆立ちさせたなら、「奴隷」と同じ価値観なのである。
上の方に板で枷につながれた人々の写真があるが、実は、あの人々は皇族と同じである。だから可愛いことで知られる佳子君は、目の前にある竹下通りを一人で散歩することさえ許されない。
皇族という枷で首をつながれているからだ。
こうした差別制度は、ごく一部の特権階級が、自分たちの利権を永続させようとして人々を洗脳していることに他ならない。
竹中平蔵や岸田文雄は、日本の人々を金の多寡でランク付けし、強固な序列社会を復活させようとしているといってよいだろう。
私には、朝鮮社会の亡霊が復活しているようにしか見えない。
ちなみに、1900年前後の李朝崩壊時に、朝鮮半島から日本に移住した人々は正規の手続きを経ない密入国を含めれば300万人を超えるといわれる。
初期は両班階級、戦前末期は、白丁階級が多かった。
http://hirukawamura.livedoor.blog/archives/6052441.html
民族集団は、何もなければ3世代に3倍に増えるといわれるので、岸信介による北朝鮮帰還運動を割り引いても、現在、朝鮮からやってきた人々の子孫は、1000万人程度はいると見なければならない。
つまり、日本人の一割くらいは朝鮮由来というわけだ。しかも、それを自覚している人は非常に少ない。大半の人が自分のルーツを知らないし、知ろうともしない。
朝鮮人に対して「チョン」とかの蔑視言葉を投げつけて差別して喜んでいる人の多くが、実は朝鮮由来である可能性がある。
というのも、「他人を見下す」というのが朝鮮式儒教文化の特徴だからで、他人を見下し、小馬鹿にしたがる趣味の人物(私もずいぶん見下されたが)の多くが、朝鮮文化の影響を受けている可能性が強いのだ。
だから、人を見下す人物をみたなら、この人の先祖は、おそらく……と思うべきなのだ。
「朝鮮人疑惑」などという差別用語を、抵抗もなく書いてしまった自分と向き合おうと思う。
「朝鮮」という言葉の意味は、私にとっては「儒教」を意味する。儒教とは序列差別の社会を意味し、この社会における究極の悪=「諸悪の根元」を意味する言葉だ。
現在、我々が抱いている韓国・朝鮮の不快なイメージは、すべて儒教思想が招いている現実である。
司馬遼太郎が「飛ぶが如く」のなかで、1873年、西郷隆盛が征韓論を主張するに至った経緯を詳しく書いている。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%81%E9%9F%93%E8%AB%96
西郷らは、1872年、池上四郎・武市正幹・彭城中平を清国・ロシア・朝鮮探偵として満洲に派遣し、北村重頼・河村洋与・別府晋介を釜山に派遣し、朝鮮の実情を探らせた。
当時は李朝末期で、インドのカースト制度よりも、はるかに劣悪な差別制度が定着していて、「奴隷制社会」と表現するにふさわしい実態だった。

朝鮮の差別制度は、両班・中人・常人・賎人の四種類があり、さらにインドのダリットと同じように「人外の民」として最下級の奴隷階級である奴婢がいた。白丁と呼ばれる被差別階級は賤民や奴婢も含んでいたかもしれない。
彼らは、「染めた衣類」の着用が許されなかったので白丁と呼ばれた。
左の女性たちと中の男性の衣類は染めているように見えるので、常人階級かもしれない。彼らは、両班階級がかますびしいと感じただけで捕らえられ、このように恣意的に懲罰された。
右が白丁階級で、アメリカにおける黒人奴隷の鎖に相当するのが拘束板だ。
白丁階級は、街中を自由に歩くことは許されなかった。女性は好き勝手に強姦され、殺されるのも普通のことで、両班は何の罪にも問われなかった。李氏朝鮮にあって、女性と白丁に人権は存在しなかった。
こうした実情を見て、西郷の派遣した探偵たちは驚愕し、あまりの人権意識の低さに激怒した。
帰国して、西郷に実情を報告したとき、西郷も激しく憤り、朝鮮の民衆を奴隷制度から救うため、日本が朝鮮を制圧し、人権規範を敷設しなければならないと決意し、征韓論を主張した。しかし、新政府首脳、大久保利通らに拒絶され、西南戦争に結びついた。
この経緯は「飛ぶが如く」に詳しく説明されている。
何度も書くが、こうした差別と人権抑圧は、朝鮮儒教がもたらした思想である。
孔子が創立したといわれる儒教の本質は、「人間には生まれながらの犯しがたい貴賤の序列があり、社会は序列を守ることで秩序が保たれる」というものである。
この序列意識によって、階級差別があり、その前に男女の差別があった。
女性は、男性の子を産むための道具にすぎず、家長である男の言いなりになることしか許されなかった。
なかには「試し腹」という、娘が子を産める能力があることを証明するため、家長が娘を孕ませるような習慣さえあった。
https://commons.nicovideo.jp/works/sm33349051?transit_from=spwebvideo_watch_contentstree_more
この制度が、朝鮮社会を著しく近親相姦率の高い社会にし、遺伝的劣化をもたらし、激昂しやすい「火病」と呼ばれる朝鮮韓国人のパーソナリティの原因になっていると指摘する人も少なくない。
なお、同様の近親相姦率の高い民族として、ユダヤ人も挙げられている。
日本は、西欧列強の朝鮮侵略を恐れ、1800年代末、日清戦争によって清国の冊封従属国だった地位を解放し、国家として独立させた。
下関条約が朝鮮独立記念日にあたるのだが、朝鮮李朝の両班階級は、日本が朝鮮を独立させたという事実を、極度に嫌悪し、朝鮮独立を、日本敗戦とすり替えてしまっている。
李朝両班階級は、自分たちの特権階級としての支配権が喪失させられることを極度に恐れ、日本が朝鮮奴隷制、階級差別制度を廃止させたことに激しく憎悪した。
これが、「朝鮮反日運動」の原点である。以来、現在に至るまで反日運動を背後で操作してきたのも李朝両班階級残党だった。
私が「朝鮮人」をイメージするとき、この李氏両班残党を最初に考えてしまっているので、「朝鮮人疑惑」などという差別用語を使ってしまった。
どういう人たちかというと、文鮮明(南平文)の祖父が、北朝鮮定州市に住んでいたとき、両班儒家を代表する人物だった。
このとき、岸信介の妻の三代前、曾祖父が岸(李)要蔵という人物で、文鮮明の祖父と極めて親密な両班仲間だったという情報がある。岸は佐藤家から岸(李家)に婿入りし、両班の生き残り戦略に加担した可能性が強い。
また娘の洋子を、安倍(李)晋太郎に嫁がせ、晋三を産ませることで李朝の血縁を強化した。
文鮮明祖父や李要蔵らは、朝鮮李朝崩壊後のビジョンとして、日本の皇族娘を李垠に降嫁させ、旧李朝を、そのまま日本皇族に併合させる戦略を考えたらしい。これによって両班階級に新たな支配権、権力が与えられる可能性があるということだ。
そして、梨本宮方子が選ばれ、李垠の妻として李朝を継ぐ子を産ませたのだが、宮廷内の両班手先が毒殺してしまったので、次男の晋太郎が安倍寛の養子になったことは、すでに書いている。
http://hirukawamura.livedoor.blog/archives/5959096.html
文鮮明と岸信介は、皇族と李朝の血縁を合体させ、両班の権力を取り戻すこと戦略を考え、戦後、大韓帝国=韓日統一帝国を実現し、その王として、安倍晋太郎(岸信介の娘の子)を就任させる予定だったようだが、早死にしたので、孫の晋三に託したようだ。
以来、文鮮明は、安倍晋三を筆頭とする自民党関係者に統一教会を接近させ、選挙運動の主体になった。安倍晋三の選挙資金と運動員は、統一教会が提供してきた。
中曽根政権時代には、大量の原理研キャリア組が、政府官僚に採用されている。
それは防衛、法務、文部といわれている。黒川弘務も原理研出身といわれ、検察長官に就任直前に阻止された。
現在の最高裁裁判官の大半が、安倍晋三の息のかかった統一教会系人物ともいわれる。
https://gendai.media/articles/-/101899
今、安倍派と二階派が検察の手入れを受けている本当の理由は、統一教会の法務への侵出を危惧した、検察良心派が自民党内の統一教会による影響を丸裸にする目的とも噂されている。
本当は、政治資金不記載ではなく、統一教会との関係が問題にされているのだ。
ただ、私が「朝鮮人疑惑」と書いてしまって後悔した理由は、両班階級の悪辣な戦略に対する憎悪を、被差別の下層大衆と一緒にしてしまったことだ。
私は、韓国人とたくさんの接点を持っている。
1970年代には、柳さんという在日解体業者で働いたこともあり、このとき、在日者の他人に対する思いやりの深さや、暖かさを身にしみて感じることがあった。
知人が韓国に嫁入りに入り、家族関係の深さを語っていたことも印象に残っているが、一方で、儒教習慣による女性蔑視、軽視の風潮から韓国男性の傲慢さを知るとともに、朝鮮女性の苦難は、未だに深刻に続いていて、「他人を見下す」という根付いてしまっている差別の風潮が、韓国社会をどれほど恐ろしい呪縛、桎梏に閉じ込めているのか思い知らされた。
私はタクシー運転手時代(1980年代末ころ)、たくさんの渡日女性を送迎した。
このとき彼女らの中に日本語を話せる人が少なくなかった。それは併合時代、朝鮮人子弟全員が日本語教育を受けていたからだ。
彼女らに日本に来た理由を尋ねると、一様に、韓国の女性蔑視、人権軽視社会への憎悪を口にした。
韓国では、女性が容易に強姦され、しかも警察も相手にしてくれないと言うのだ。
彼女らの大半が、実は接待、風俗産業に従事し、韓国のぼったくり文化を日本に持ち込んでいたので、褒められた話ではないのだが、しかし一人の例外もなく、韓国の女性差別文化を嫌悪していた。
また千葉で緊急入院した女性と話したとき、彼女は、過度の節食のため、卵巣が萎縮していた。理由を尋ねると、韓国ではスタイルの悪い女性は、軽視され嘲笑されるため、いつでも美容に気を遣わねばならず、整形をしなければ相手にされないという。
美容整形という文化は、韓国社会が世界最高峰なのだが、その理由は、「女は男の愛玩動物」、あるいは子を産むための道具にすぎないという女性蔑視の価値観から来ているのである。
女性が生まれ持った容姿で、誇り高く自立することが許されない。
私の世代は、1970年代、ウーマンリブ運動が吹き荒れ、「男に迎合しない、誇り高き女性」を目指す運動があり、可愛く見せるための美容やファッションが軽蔑され、若い女性たちは一様にジーンズをはいて歩く文化が成立したことがあった。
「女性は男のための存在ではない」という強い女、主体性のある女を目指したのだが、その後、ジャニー喜多川らが、芸能活動を通じて、再び女性を男に隷属させる「可愛い女」の文化を蔓延させるようになった。
私は、「儒教の呪い」から解放されるために、「男のための可愛い女」という女性の価値観が根底から破壊される必要があると思う。
女性は男のための道具でもなければ、男の価値観のために生きているわけではない。再び、ウーマンリブの思想が社会に普及し、「可愛い文化」が追放されなければ、日本社会の解放はありえないし、朝鮮文化=儒教からの脱却も不可能だと思う。
だから、私の頭のなかには、朝鮮人疑惑=儒教思想疑惑 というイメージがあり、一部の読者を不快にさせる表現を行ってしまったことを謝罪したい。
現在、日本社会にあって、儒教思想を復活しようとしている社会的影響の強い人物といえば、「大衆に恵んでやる」の竹中平蔵をはじめ、堀江貴文、橋下徹、竹田恒泰、百田尚樹、上念司、有本香、櫻井よしこ、長谷川幸洋らを挙げておきたい。
彼らの共通点は、人間社会に序列と差別を持ち込もうとしていることだ。これは儒教の本質である。自分たちは特権階級に君臨し、人間を国家権力の道具として利用する発想しかない。
人権の意味をまったく理解していない。人より国家を上位に置いているのだ。
実は、これはユダヤ人の聖典であるバビロニアタルムードに描かれているものと、まるで同じである。
だから、ユダヤ教の本質もまた儒教と同じと考えるべきである。
孔子は、2500年前、春秋時代の人だが、彼は、この時代、シルクロードを通じて、おそらく旧約聖書を入手していただろうと思う。
旧約聖書は、男系氏族、封建社会が成立した時代の思想的教書である。儒教が、こうした封建思想と無関係ではありえない。
国家や支配階級のための思想であり、家康は朱子学を見て、これほど政権維持に都合の良い思想はないと考え、林羅山らを通じて、各藩支配の思想的教書として採用した。
以来、日本は儒教社会となった。
今、我々の時代は、「一人はみんなのために、みんなは一人のために」(アルフレッド・マーネス)の思想=利他主義を共有して生きて行かねばならない。
ところが、儒教思想の信奉者たちは、「一人は上位者のために、みんなも上位者に服従しなければならない」と誘導するのだ。
人間の序列は、生まれながらにして犯しがたい価値として存在するというわけだ。
この思想によって、天皇家、皇族という被差別集団が存在している。あれは、みんなから羨まれているように見えるが、実は逆立ちさせたなら、「奴隷」と同じ価値観なのである。
上の方に板で枷につながれた人々の写真があるが、実は、あの人々は皇族と同じである。だから可愛いことで知られる佳子君は、目の前にある竹下通りを一人で散歩することさえ許されない。
皇族という枷で首をつながれているからだ。
こうした差別制度は、ごく一部の特権階級が、自分たちの利権を永続させようとして人々を洗脳していることに他ならない。
竹中平蔵や岸田文雄は、日本の人々を金の多寡でランク付けし、強固な序列社会を復活させようとしているといってよいだろう。
私には、朝鮮社会の亡霊が復活しているようにしか見えない。
ちなみに、1900年前後の李朝崩壊時に、朝鮮半島から日本に移住した人々は正規の手続きを経ない密入国を含めれば300万人を超えるといわれる。
初期は両班階級、戦前末期は、白丁階級が多かった。
http://hirukawamura.livedoor.blog/archives/6052441.html
民族集団は、何もなければ3世代に3倍に増えるといわれるので、岸信介による北朝鮮帰還運動を割り引いても、現在、朝鮮からやってきた人々の子孫は、1000万人程度はいると見なければならない。
つまり、日本人の一割くらいは朝鮮由来というわけだ。しかも、それを自覚している人は非常に少ない。大半の人が自分のルーツを知らないし、知ろうともしない。
朝鮮人に対して「チョン」とかの蔑視言葉を投げつけて差別して喜んでいる人の多くが、実は朝鮮由来である可能性がある。
というのも、「他人を見下す」というのが朝鮮式儒教文化の特徴だからで、他人を見下し、小馬鹿にしたがる趣味の人物(私もずいぶん見下されたが)の多くが、朝鮮文化の影響を受けている可能性が強いのだ。
だから、人を見下す人物をみたなら、この人の先祖は、おそらく……と思うべきなのだ。

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