山梨県による富士登山鉄道計画が煮詰まっているという。すでに半世紀前には山頂までのケーブルカー構想が提唱されていたが、活火山である性質から、噴火による破壊が不安視されてきた。
今のところ、山梨県側スバルラインに沿って、5合目まで路面電車を設営するのだという。
富士山における鉄道構想
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%8C%E5%A3%AB%E5%B1%B1%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E9%89%84%E9%81%93%E6%A7%8B%E6%83%B3
「富士山登山鉄道構想」について
https://www.pref.yamanashi.jp/fujisan/fujisan_railway/fujisan_railway_top.html
富士登山鉄道構想の主体は山梨県だが、調べてゆくと、山梨県を突き動かしている勢力は、富士急グループであることが分かる。
富士急グループの支配者は、堀内光雄という閣僚経験のある自民党の実力者だ。
https://www.pref.yamanashi.jp/fujisan/fujisan_railway/fujisan_railway_top.html
もう94歳なので、実質、息子の富士急社長、堀内光一郎(64歳)が実権を引き継いでいる。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A0%80%E5%86%85%E5%85%89%E4%B8%80%E9%83%8E
彼らが、富士急ハイランドに飽き足らず、富士山のもたらす権益を極限まで吸い取るシステムとして、五合目までの路面電車計画を実現しようとしているが、もちろん、その先に、山頂までのケーブルカー敷設が見えているのは間違いない。
この数年のインバウンド激増で、「こりゃ富士鉄道が儲かる!」と目がくらんだのだろう。
中曽根康弘・竹中平蔵が日本に持ち込んだ「新自由主義」は、自民党保守議員の隅々まで洗脳してしまっていて、元々金儲けが大好き、自然保護などサヨクによる妄想にすぎず、邪魔な存在と考えてきた人たちは、「金儲けこそ唯一の正義、政府の管理規制を排除し、あらゆるものを市場原理の支配下に置くべきだと主張してきた。
それは、「金になることを推進する。金にならないものは排除する」という絶対原理だった。だから地方の赤字バス路線は、竹中平蔵が経済相に就任した小泉政権以降、補助金を打ち切られ、次々に廃止にされてしまった。我が家のバス路線も同じだった。
私は、中津川市街地でありながら、最寄りのバス停まで15分だったものが2時間になってしまったのだ。
「金になることをやる」という強硬で盲目的視点から、富士山観光は「金になる」と判断されたのだが、今回の登山鉄道計画では、すでにバス路線が存在するスバルラインに併設するものであって、運賃が高価に設定されることが目に見えている割に、みんなが、すでに知っている風景をなぞるだけということになって、「金になる」かは心許ない。
だから、結局、5合目からの山頂ケーブルカー設置が主題であることはいうまでもない。路面電車の先に、山頂ケーブルカー計画がすでに見えている。
もし、山頂ケーブルカーが設営されたなら、これまで登山を「苦労と疲労を求めにゆくだけ」と嘲笑してきた楽ちん便利志向の大衆が押し寄せるのは確実で、確かに儲かることになるだろう。
だが、富士山の神性が失われることも約束されている。楽して上がれるようになれば、高山病に苦しみながら体力の限界に近い、一種の「修行登山」だった富士登山の神秘的な価値は大きく下がり、富士山そのものの価値も、ただの観光地に下落してゆく。
それでも「金になれば勝ち」という新自由主義、資本主義によって、どれほど日本の神秘的な大自然、原風景が破壊されてきたことだろう。
私が心を切り裂かれるような痛みを感じていたのは、尾瀬ダム計画と知床原生林伐採、それに御嶽山の原生林を破壊して逃げ去ったJR東海が建設したチャオスキー場だ。
まずは1960年代に計画された尾瀬ダム計画
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%BE%E7%80%AC%E5%8E%9F%E3%83%80%E3%83%A0%E8%A8%88%E7%94%BB
あの世界で、もっとも美しい高原の一つである尾瀬ヶ原を水没させてダムにする計画を、後に原発巨大事故を起こした東京電力が計画した。
さすがに、当時は、まだ大自然を自分の足で歩く自然保護優先思想を持っていた人たちから猛反発をくらった。尾瀬の凄まじい美しさを知っている人が大勢いたのだ。
若い人には想像もできないだろうが、1960〜70年代は、日本の登山ハイキング絶頂期で、今の何十倍もの人々が、日曜しか休めない当時、土曜の夜から山々に出かけた。
私も、その一人で、サタディミッドナイトフィーバーというトラボルタの映画が大ヒットしていた当時、日本では、土曜の夜の郊外電車がキスリングを持った若者たちで押し合いへし合いで、まさにフィーバーだった。
私も、穂高や赤岳も前夜発日帰りで登った。そして月曜はふらふらになりながら重労働をこなした。若かったからできたのだが。
そんな我々の、日本最高の聖地が尾瀬と上高地だったのだ。
その尾瀬を水没させる東電のダム計画に、我々は激怒した。すでに東電は、尾瀬の全域を買い占めていた。
当時の自民党も、今と同じで、金になることだけしかやらない、自然保護はサヨクの妄想と考える議員たちで占められていた。
だが、その中に、少数だが大自然の価値に気づいていた人もいた。彼らは、環境庁を設立し、尾瀬計画を拒否する勢力を拡大した。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%92%B0%E5%A2%83%E7%9C%81
資本主義の行き過ぎ、自然破壊を問題視する人々が増えた理由は、水俣病の存在だった。今の雅子皇后の母方祖父である江頭豊が水俣チッソの社長だったが、あまりにも非人道的で傲慢な経営優先主義で、もの凄い数の残酷な犠牲者が出た。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%9F%E9%A0%AD%E8%B1%8A
雅子氏の精神的問題について、水俣病被害者たちの怨念と関係があると指摘する霊能者は少なくない。
水俣病や当時の4大公害病がメディアに取り上げられるとともに、自然保護の機運も高まり、1971年、初代環境庁長官、大石武一は、尾瀬ダム計画の廃止を宣言した。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E7%9F%B3%E6%AD%A6%E4%B8%80
東電は、買い占めた尾瀬の土地で、自分たちが水没させようとしていた尾瀬の登山客を相手に小屋を建てて、ちゃっかり商売を始めた。
尾瀬を命に代えて守り抜いた平野三代、長蔵小屋に対しては、初代らが尾瀬に捨てられていた空缶などを敷地に埋めていたのを摘発され、120万円の罰金を科されたことがあった。これは尾瀬を全面破壊しようとしてきた東電側が告発したとみられている。
我々は、尾瀬ダム計画廃止のニュースを聞いてほっとしたのだが、一方で、1987年に起きた林野庁による知床原生林の伐採に、改めて激怒させられることになった。
https://nodaiweb.university.jp/muse/unisan/data/bassai/bassai.html
当時の林野庁長官は、田中宏尚 業者年金基金理事長、農林漁業信用基金理事長 という肩書きの事務官出身だった。それまで、林野庁長官は技官出身者だったのが、前任者から突然、事務官の天下りポストとなった。現地を知る技官出身なら伐採など考えなかっただろう。田中は知床の本当の価値を何一つ理解していなかった。
田中宏尚は、世界有数の貴重な原生林伐採について、「林野庁として自然保護運動を許さずけじめをつける」と発言していた。
この男も、人類の宝というべき知床の価値よりも、伐採による金儲けを優先させようとした。この事件は、尾瀬消滅とともに、末代まで残る日本自然保護史上の大災厄というべきだった。
全国に、資本主義、新自由主義による巨大な自然破壊の爪痕が無残に拡大していったバブル期、私は登山に夢中になって、その過程をつぶさに目撃していた。
1970年代、甲府から三坂峠への道は、秋になると両側がまるで火災で燃え上がっているような素晴らしい紅葉が広がっていた。
こんな紅葉は、70年代は日本全国にありふれていた。ところが、林野庁が全国の自然林を建材価値のある杉林に変える方針を打ち出した。
https://mainichi.jp/maisho/articles/20200609/kei/00s/00s/012000c
「この自然林を伐採し、杉林に変える」林野庁の活動によって、日本国内ではそれまで見られなかった大規模な杉花粉症の発症が起こるようになり、自然林に比べて根が浅く、地盤確保力の弱い杉のせいで、全国的に植林地帯で山崩れが多発するようになった。
広島で起きた多数の山崩れも、昔ながらの自然林なら起きなかった。杉林に変えたせいで、「谷口扇状地崩壊」が起きて、多数の犠牲者が出たのだ。
私は、このブログを書いていて、今でも、御嶽山原生林を大伐採して、大規模なスキー場に変えたJR東海、葛西敬之を許すことができない。
葛西は私と同じ間質性肺炎ですでに死んだが、病院のベッドに命を委ねたのだから当然のことだ。彼が自然を歩いて楽しむ価値を知っていたなら、死なずにすんだだろうに。
彼は金儲けのためだけに人生を終えたが、もし自然を大切にする思想があったなら、本当の人生の喜びを知ることができたはずだ。
葛西敬之が計画したチャオスキー場は、御嶽山の北東側にあって、極めて不便で通行の困難な土地だった。冬場は道路が完全なアイスバーンになって通行が危険だった。
あまりの不便さに、計画段階で閉鎖が約束されたようなチャオスキー場は、もうスキーブームが去っていたというのに、見直されることもなくJR東海によって実現した。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A3%E3%82%AA%E5%BE%A1%E5%B2%B3%E3%82%B9%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%82%BE%E3%83%BC%E3%83%88
そして、誰の目にも当然の閉鎖となり、今では地図上の表記からも消され、残された施設が日々風化してゆくばかりだ。大原生林の汚点になっている。
あの素晴らしかった大原生林が回復するのは、何百年も先になるだろう。
御嶽山の大自然は、葛西敬之という人物によって汚され、その始末は何百年もかかるのだ。
全国の津々浦々に、ミニチャオスキー場が散在している。何が悪いのかといえば、利己的な金儲けと市場原理主義の新自由主義を信奉し、自然保護を軽視し、子供たちの未来に何が必要なのか、何一つ考えようとしない連中の存在だ。
彼らは、自然保護どころか、人類の未来、子供たちの未来をまともに破壊する原子力発電を次々に増設し、再稼働させている。
東日本大震災の教訓を何一つ学んでいない。核廃棄物の始末など、核開発の最初から一度も成功したことがなく、80年以上経ても、未だに高レベル使用済み核燃料が、安全に処理され、今後100万年以上の保管に成功している施設が地球上に存在しないのだ。
まさに、人類の未来を破壊する悪魔と断言してもいい。それを真剣に糾弾してきた、我々の存在は、小さくなり、忘れ去られ、見向きもされなくなっている。
私のブログも、どんどん読者が減っている。
今の若者たちには、半世紀前の土曜の夜の満員電車など想像もできないだろう。
でも、自然を歩いて楽しめる若者だけが、子供たちの未来を守ることができるのだ。
今のところ、山梨県側スバルラインに沿って、5合目まで路面電車を設営するのだという。
富士山における鉄道構想
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%8C%E5%A3%AB%E5%B1%B1%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E9%89%84%E9%81%93%E6%A7%8B%E6%83%B3
「富士山登山鉄道構想」について
https://www.pref.yamanashi.jp/fujisan/fujisan_railway/fujisan_railway_top.html
富士登山鉄道構想の主体は山梨県だが、調べてゆくと、山梨県を突き動かしている勢力は、富士急グループであることが分かる。
富士急グループの支配者は、堀内光雄という閣僚経験のある自民党の実力者だ。
https://www.pref.yamanashi.jp/fujisan/fujisan_railway/fujisan_railway_top.html
もう94歳なので、実質、息子の富士急社長、堀内光一郎(64歳)が実権を引き継いでいる。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A0%80%E5%86%85%E5%85%89%E4%B8%80%E9%83%8E
彼らが、富士急ハイランドに飽き足らず、富士山のもたらす権益を極限まで吸い取るシステムとして、五合目までの路面電車計画を実現しようとしているが、もちろん、その先に、山頂までのケーブルカー敷設が見えているのは間違いない。
この数年のインバウンド激増で、「こりゃ富士鉄道が儲かる!」と目がくらんだのだろう。
中曽根康弘・竹中平蔵が日本に持ち込んだ「新自由主義」は、自民党保守議員の隅々まで洗脳してしまっていて、元々金儲けが大好き、自然保護などサヨクによる妄想にすぎず、邪魔な存在と考えてきた人たちは、「金儲けこそ唯一の正義、政府の管理規制を排除し、あらゆるものを市場原理の支配下に置くべきだと主張してきた。
それは、「金になることを推進する。金にならないものは排除する」という絶対原理だった。だから地方の赤字バス路線は、竹中平蔵が経済相に就任した小泉政権以降、補助金を打ち切られ、次々に廃止にされてしまった。我が家のバス路線も同じだった。
私は、中津川市街地でありながら、最寄りのバス停まで15分だったものが2時間になってしまったのだ。
「金になることをやる」という強硬で盲目的視点から、富士山観光は「金になる」と判断されたのだが、今回の登山鉄道計画では、すでにバス路線が存在するスバルラインに併設するものであって、運賃が高価に設定されることが目に見えている割に、みんなが、すでに知っている風景をなぞるだけということになって、「金になる」かは心許ない。
だから、結局、5合目からの山頂ケーブルカー設置が主題であることはいうまでもない。路面電車の先に、山頂ケーブルカー計画がすでに見えている。
もし、山頂ケーブルカーが設営されたなら、これまで登山を「苦労と疲労を求めにゆくだけ」と嘲笑してきた楽ちん便利志向の大衆が押し寄せるのは確実で、確かに儲かることになるだろう。
だが、富士山の神性が失われることも約束されている。楽して上がれるようになれば、高山病に苦しみながら体力の限界に近い、一種の「修行登山」だった富士登山の神秘的な価値は大きく下がり、富士山そのものの価値も、ただの観光地に下落してゆく。
それでも「金になれば勝ち」という新自由主義、資本主義によって、どれほど日本の神秘的な大自然、原風景が破壊されてきたことだろう。
私が心を切り裂かれるような痛みを感じていたのは、尾瀬ダム計画と知床原生林伐採、それに御嶽山の原生林を破壊して逃げ去ったJR東海が建設したチャオスキー場だ。
まずは1960年代に計画された尾瀬ダム計画
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%BE%E7%80%AC%E5%8E%9F%E3%83%80%E3%83%A0%E8%A8%88%E7%94%BB
あの世界で、もっとも美しい高原の一つである尾瀬ヶ原を水没させてダムにする計画を、後に原発巨大事故を起こした東京電力が計画した。
さすがに、当時は、まだ大自然を自分の足で歩く自然保護優先思想を持っていた人たちから猛反発をくらった。尾瀬の凄まじい美しさを知っている人が大勢いたのだ。
若い人には想像もできないだろうが、1960〜70年代は、日本の登山ハイキング絶頂期で、今の何十倍もの人々が、日曜しか休めない当時、土曜の夜から山々に出かけた。
私も、その一人で、サタディミッドナイトフィーバーというトラボルタの映画が大ヒットしていた当時、日本では、土曜の夜の郊外電車がキスリングを持った若者たちで押し合いへし合いで、まさにフィーバーだった。
私も、穂高や赤岳も前夜発日帰りで登った。そして月曜はふらふらになりながら重労働をこなした。若かったからできたのだが。
そんな我々の、日本最高の聖地が尾瀬と上高地だったのだ。
その尾瀬を水没させる東電のダム計画に、我々は激怒した。すでに東電は、尾瀬の全域を買い占めていた。
当時の自民党も、今と同じで、金になることだけしかやらない、自然保護はサヨクの妄想と考える議員たちで占められていた。
だが、その中に、少数だが大自然の価値に気づいていた人もいた。彼らは、環境庁を設立し、尾瀬計画を拒否する勢力を拡大した。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%92%B0%E5%A2%83%E7%9C%81
資本主義の行き過ぎ、自然破壊を問題視する人々が増えた理由は、水俣病の存在だった。今の雅子皇后の母方祖父である江頭豊が水俣チッソの社長だったが、あまりにも非人道的で傲慢な経営優先主義で、もの凄い数の残酷な犠牲者が出た。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%9F%E9%A0%AD%E8%B1%8A
雅子氏の精神的問題について、水俣病被害者たちの怨念と関係があると指摘する霊能者は少なくない。
水俣病や当時の4大公害病がメディアに取り上げられるとともに、自然保護の機運も高まり、1971年、初代環境庁長官、大石武一は、尾瀬ダム計画の廃止を宣言した。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E7%9F%B3%E6%AD%A6%E4%B8%80
東電は、買い占めた尾瀬の土地で、自分たちが水没させようとしていた尾瀬の登山客を相手に小屋を建てて、ちゃっかり商売を始めた。
尾瀬を命に代えて守り抜いた平野三代、長蔵小屋に対しては、初代らが尾瀬に捨てられていた空缶などを敷地に埋めていたのを摘発され、120万円の罰金を科されたことがあった。これは尾瀬を全面破壊しようとしてきた東電側が告発したとみられている。
我々は、尾瀬ダム計画廃止のニュースを聞いてほっとしたのだが、一方で、1987年に起きた林野庁による知床原生林の伐採に、改めて激怒させられることになった。
https://nodaiweb.university.jp/muse/unisan/data/bassai/bassai.html
当時の林野庁長官は、田中宏尚 業者年金基金理事長、農林漁業信用基金理事長 という肩書きの事務官出身だった。それまで、林野庁長官は技官出身者だったのが、前任者から突然、事務官の天下りポストとなった。現地を知る技官出身なら伐採など考えなかっただろう。田中は知床の本当の価値を何一つ理解していなかった。
田中宏尚は、世界有数の貴重な原生林伐採について、「林野庁として自然保護運動を許さずけじめをつける」と発言していた。
この男も、人類の宝というべき知床の価値よりも、伐採による金儲けを優先させようとした。この事件は、尾瀬消滅とともに、末代まで残る日本自然保護史上の大災厄というべきだった。
全国に、資本主義、新自由主義による巨大な自然破壊の爪痕が無残に拡大していったバブル期、私は登山に夢中になって、その過程をつぶさに目撃していた。
1970年代、甲府から三坂峠への道は、秋になると両側がまるで火災で燃え上がっているような素晴らしい紅葉が広がっていた。
こんな紅葉は、70年代は日本全国にありふれていた。ところが、林野庁が全国の自然林を建材価値のある杉林に変える方針を打ち出した。
https://mainichi.jp/maisho/articles/20200609/kei/00s/00s/012000c
「この自然林を伐採し、杉林に変える」林野庁の活動によって、日本国内ではそれまで見られなかった大規模な杉花粉症の発症が起こるようになり、自然林に比べて根が浅く、地盤確保力の弱い杉のせいで、全国的に植林地帯で山崩れが多発するようになった。
広島で起きた多数の山崩れも、昔ながらの自然林なら起きなかった。杉林に変えたせいで、「谷口扇状地崩壊」が起きて、多数の犠牲者が出たのだ。
私は、このブログを書いていて、今でも、御嶽山原生林を大伐採して、大規模なスキー場に変えたJR東海、葛西敬之を許すことができない。
葛西は私と同じ間質性肺炎ですでに死んだが、病院のベッドに命を委ねたのだから当然のことだ。彼が自然を歩いて楽しむ価値を知っていたなら、死なずにすんだだろうに。
彼は金儲けのためだけに人生を終えたが、もし自然を大切にする思想があったなら、本当の人生の喜びを知ることができたはずだ。
葛西敬之が計画したチャオスキー場は、御嶽山の北東側にあって、極めて不便で通行の困難な土地だった。冬場は道路が完全なアイスバーンになって通行が危険だった。
あまりの不便さに、計画段階で閉鎖が約束されたようなチャオスキー場は、もうスキーブームが去っていたというのに、見直されることもなくJR東海によって実現した。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A3%E3%82%AA%E5%BE%A1%E5%B2%B3%E3%82%B9%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%82%BE%E3%83%BC%E3%83%88
そして、誰の目にも当然の閉鎖となり、今では地図上の表記からも消され、残された施設が日々風化してゆくばかりだ。大原生林の汚点になっている。
あの素晴らしかった大原生林が回復するのは、何百年も先になるだろう。
御嶽山の大自然は、葛西敬之という人物によって汚され、その始末は何百年もかかるのだ。
全国の津々浦々に、ミニチャオスキー場が散在している。何が悪いのかといえば、利己的な金儲けと市場原理主義の新自由主義を信奉し、自然保護を軽視し、子供たちの未来に何が必要なのか、何一つ考えようとしない連中の存在だ。
彼らは、自然保護どころか、人類の未来、子供たちの未来をまともに破壊する原子力発電を次々に増設し、再稼働させている。
東日本大震災の教訓を何一つ学んでいない。核廃棄物の始末など、核開発の最初から一度も成功したことがなく、80年以上経ても、未だに高レベル使用済み核燃料が、安全に処理され、今後100万年以上の保管に成功している施設が地球上に存在しないのだ。
まさに、人類の未来を破壊する悪魔と断言してもいい。それを真剣に糾弾してきた、我々の存在は、小さくなり、忘れ去られ、見向きもされなくなっている。
私のブログも、どんどん読者が減っている。
今の若者たちには、半世紀前の土曜の夜の満員電車など想像もできないだろう。
でも、自然を歩いて楽しめる若者だけが、子供たちの未来を守ることができるのだ。

コメント
コメントする