「偶像」の意味は、かなりアバウトで知られるグーグルAIによれば
【神様や仏様などをかたどって作られた像や、崇拝の対象となる人や物。現代では転じて、憧れの的や、熱狂的なファンを持つ人物(アイドル)も「偶像」と呼ばれる】
などと書かれている。
わが日本の偶像といえば、もちろん浩ちゃん=なるちゃんだ。もっとも、天皇を絶対的権威として偶像化したのは、まだ150年くらい前のことで、山縣有朋という人物が仕掛けた国民洗脳工作といわれている。
室町時代〜江戸時代には、天皇家は単に伊勢神宮の大神主にすぎなかった。しかし、明治新政府は、国民の思想統一のため、日本国最高権威としての「偶像」に天皇を利用することに決めた。
そこで、当時、幕府が行っていた藩校・寺子屋教育での朱子学=儒教の延長で、「修身」というカリキュラムを設定して学校教育を通じて国民を洗脳した。あらゆる人間に序列をつけて、絶対の最高権威が天皇であって、日本国民は天皇の下に一致団結せよと、一種の全体主義教育を行った。
これは西欧で行われていた一神教、宗教教育と同じものであると考えてもよい。
これによって、日本の八百万の神の頂点に、天皇が君臨することになった。
そして、日本国民が一丸となって、天皇の不滅を信じて無謀な対米戦争を行った結果、広島、長崎に原爆が落とされ、日清日露戦争以来の日本人の優越感に満ちた国家的興奮は潰えた。
敗戦時、戦勝国アメリカの代理人、マッカーちゃんは、天皇制を廃止しようとしたが、対ソ連工作(冷戦対策)として日本の赤化防止のため、天皇制全体主義を利用しようと切り替えた。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%82%B5%E3%83%BC
それで、戦前からの天皇崇拝教育が生き延びてゆくことになった。
もしもマッカーちゃんが、占領政策を真面目に実行していれば、天皇制も消えていたし、ミッチー・ブームも存在しなかった。
八百万の神々で知られた日本には、ものすごい数の偶像があって、崇拝対象になっている。
天皇という日本最大の偶像は、戦争で強烈な色彩を失ったんだが、今でも、橋本環奈程度のアイドル人気を誇っている。まあ、その程度に神格化が色褪せた。愛子ちゃんも、せいぜい同じくらいだと思う。
なんで、そんなに崇拝対象が多いのかわからないが、とにかく日本人は拝むことが大好きだ。翔平くらいの強烈な実力=異彩を放てば、崇拝したくなる気持ちもわかるが、ただ家柄だけで偶像化するのは、少し知能が不足しているように見える。
その崇拝対象になりたい人も多くて、自分をキリストだと言ったのは、文鮮明、麻原彰晃、大川隆法とか、本当にたくさんいるよね。
なんで、みんながキリストに憧れるかといえば、それが人類最高峰ともいえる偶像だからだ。
だから、キリスト教というのはカトリック(バチカン)も、プロテスタントも偶像の塊といっていい。とにかく権威をひけらかす連中なんだ。
どこのキリスト教団に行っても、凄まじい権威を示す巨大な伽藍があって、キリスト像やマリア像のような偶像にあふれている。それを一生懸命、みんなが拝んで自己満足し、涙を流している。
みんながひれ伏す権威というものほど、人を簡単に騙し、自分たちの利権に利用しやすいものはない。
ところが、その御本尊、御神体であるイエス・キリストという人物は、偶像が大嫌いだった。「自分を偶像にするなど、とんでもない!」と全身全霊で拒絶する人物だった。
彼はクムラン教団というユダヤ教の宗派に所属していたことが知られるが、その記録が1954年に死海のほとりにある洞窟から発見されて、死海文書として世に知られるようになった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%BB%E6%B5%B7%E6%96%87%E6%9B%B8
この死海文書で、公開されている内容は以下のようなものだ。
https://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/95828/1/jscsh_006_89.pdf
実は、死海文書の多くがバチカンの手に渡ったのだが、その内容を解析すると、偶像キリスト教=バチカンの存在そのものを全否定する内容につながってしまう。
そこで、バチカンは、キリスト教団の否定につながる内容を隠蔽し、改竄するよう指示し、死海文書を長期間凍結してしまったのだ。
クムラン教団は、モーゼの十戒を絶対視していた。それは旧約聖書、申命記に記載されている。その第二項に、「偶像崇拝」の絶対禁止が強烈に書かれている。
https://www.biblegateway.com/passage/?search=%E7%94%B3%E5%91%BD%E8%A8%98%205&version=JLB
【6 『わたしは、エジプトでの奴隷生活からあなたを救い出した、あなたの神、主である。
7 わたしのほかは、どんなものも神として拝んではならない。
8 決して偶像を造ってはならない。鳥でも動物でも魚でも、どんな像も造ってはならない。
9-10 それらを拝んでもならない。どのような方法で礼拝してもならない。あなたがたの神は、このわたしだけだ。
わたしはねたみ深いから、わたしとほかの神を同時に愛することは許さない。わたしの罰は、わたしを憎む者の子ども、孫、ひ孫までも及ぶ。しかし、わたしを愛し、わたしの命令を守る者には、千代に至るまでも恵みを与えよう。
11 実行するつもりもないのに、むやみにわたしの名を使って誓ってはならない。そのようなことをしたら必ず罰せられる。】
モーゼは、繰り返し強く言っている。「決して偶像を造ってはならない。鳥でも動物でも魚でも、どんな像も造ってはならない。それらを拝んでもならない。どのような方法で礼拝してもならない」
モーゼが、ヤハウェを指して、私だけが神であると強調し、次に、どんな偶像も作るな、拝むなと激しく言っている理由は、偶像を作り出せば、神の外側に神を作ってしまうからだ。
モーゼもイエスも、イスラエル人であり、すなわちスファラディユダヤ人のセム族であり、同時にレビ族であった。レビ族というのは、ユダヤ人の祭祀を司ることを許された支族であり、後に、シルクロードを経て日本にたどり着いて神道を司ったともいわれる。
モーゼも、イエスも、世上宣伝されているようなコーカソイド西欧人ではなく、モンゴロイドの形質を持った黒髪、黒瞳のセム族だった。(ノアの子セムの子孫)
クムラン教団とイエスにとって、申命記の十戒は最高の指針だった。だから、イエスの生涯は、偶像化との対決だったといってもいい。
(セム族と日本人の遺伝子に共通項があることから、7300年前、鬼界噴火で世界に旅立った縄文人が、シュメール人やイスラエル人の先祖という説もある)
だが、イエスの死後、「キリスト教」が成立すると、イエスが最も激しく拒絶したはずの偶像化が始まった。イエスが張り付けられた十字架が偶像化され、マリア像が偶像化され、キリスト教会が偶像化され、神職や神学が偶像化された。
言い換えれば、キリスト教の成立とともに、キリストは正反対のものに変質させられ、キリスト教から追放されたといえる。
だから、1945年、エジプトでトマス福音書が発見されたとき、そこには、「薪を割っても私はそこにいる。石をどけてもそこにいる。石造りの教会にはいない」
と77章に書かれていたのだが、バチカンやキリスト教団は、これを偽書と決めつけた上、「石造りの建物にはいない」を削除してしまった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%9E%E3%82%B9%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E7%A6%8F%E9%9F%B3%E6%9B%B8
トマス福音書も死海文書も、バチカンは絶対に見たくない、見てはならないものだった。
そりゃそうだ。モーゼの十戒を、これほど、あからさまに破っているのがバチカンや「キリスト教」と名付けられた集団なのだから。
ところで、古代イスラエルでは、2700年前に、アッシリアが攻め入ってきて、十二支族のうち二支族を残して、残りのイスラエル人が行方不明になってしまった。
その代表が、イスラエルの祭祀を司ったレビ族だった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%81%AE%E5%A4%B1%E3%82%8F%E3%82%8C%E3%81%9F10%E6%94%AF%E6%97%8F
レビ族は、ユダヤ人全体の戒律を定めていて、旧約聖書のレビ記によれば、とても神とは思えない過酷な戒律が記されている。
https://www.churchofjesuschrist.org/study/scriptures/ot/lev/20?lang=jpn
レビ族を含む、失われた十支族は、シルクロードを使って世界に移動したと考えられている。そして、古代弓月といわれたキルギスタン付近に拠点地域が成立した可能性がある。
そのグループの一部が、2000年以上前に東進して、中国東北部(満州)に、高句麗や夫余という国を作り、さらに朝鮮半島を南下して、百済という国を作った。
百済の武寧王の一族が日本にやってきて、高野新傘という女性が桓武天皇の母であると、平成天皇=明人氏が公式に発言した。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E9%87%8E%E6%96%B0%E7%AC%A0
【平城京に在位した光仁天皇と結ばれ,次の桓武天皇の生母となった高野新笠は続日本紀によれば百済の武寧王を始祖とする渡来人の子孫とされています。】
https://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/okotoba/okotoba-h22e.html
これで、現代イスラエルの「失われた十支族をシオンに戻すプロジェクト」=アミシャーブは、日本の天皇家をレビ族の子孫と断定することになった。
まあ、レビ族は宗教団体のようなもので、旧約聖書を世界に広める伝道師のようなグループだったので、日本に申命記に描かれた十戒を持ち込んだ。
契約の箱に収められた十戒の刻まれた石板(八咫鏡)とアロンの杖(草薙の剣)、そしてマナの壺(八尺瓊勾玉)が、そのまま、日本に持ち込まれたということになった。
そして、神道が日本中に拡大したのが、弓月氏(秦氏)が渡来したとされるAD300年以降のことだ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%93%E6%9C%88%E5%90%9B
その神道の御神体は、「八咫の鏡」であり、全国の神社の奥社のご本尊様も、実は鏡なのである。
「なーんだ、神道も偶像を作ってるじゃん」
と誰もが思うだろが、実は違う。御本尊の鏡を拝むと、そこに写っているのは、自分の姿なのだ。
すなわち、「拝むべきはアンタ自身なんだよ」と言っているのである。
これは偶像否定といってもいい。なかなかイキな偶像破壊ではないか?
自分を拝んでも、誰も嬉しくもないしご利益もないんだから…。
【神様や仏様などをかたどって作られた像や、崇拝の対象となる人や物。現代では転じて、憧れの的や、熱狂的なファンを持つ人物(アイドル)も「偶像」と呼ばれる】
などと書かれている。
わが日本の偶像といえば、もちろん浩ちゃん=なるちゃんだ。もっとも、天皇を絶対的権威として偶像化したのは、まだ150年くらい前のことで、山縣有朋という人物が仕掛けた国民洗脳工作といわれている。
室町時代〜江戸時代には、天皇家は単に伊勢神宮の大神主にすぎなかった。しかし、明治新政府は、国民の思想統一のため、日本国最高権威としての「偶像」に天皇を利用することに決めた。
そこで、当時、幕府が行っていた藩校・寺子屋教育での朱子学=儒教の延長で、「修身」というカリキュラムを設定して学校教育を通じて国民を洗脳した。あらゆる人間に序列をつけて、絶対の最高権威が天皇であって、日本国民は天皇の下に一致団結せよと、一種の全体主義教育を行った。
これは西欧で行われていた一神教、宗教教育と同じものであると考えてもよい。
これによって、日本の八百万の神の頂点に、天皇が君臨することになった。
そして、日本国民が一丸となって、天皇の不滅を信じて無謀な対米戦争を行った結果、広島、長崎に原爆が落とされ、日清日露戦争以来の日本人の優越感に満ちた国家的興奮は潰えた。
敗戦時、戦勝国アメリカの代理人、マッカーちゃんは、天皇制を廃止しようとしたが、対ソ連工作(冷戦対策)として日本の赤化防止のため、天皇制全体主義を利用しようと切り替えた。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%82%B5%E3%83%BC
それで、戦前からの天皇崇拝教育が生き延びてゆくことになった。
もしもマッカーちゃんが、占領政策を真面目に実行していれば、天皇制も消えていたし、ミッチー・ブームも存在しなかった。
八百万の神々で知られた日本には、ものすごい数の偶像があって、崇拝対象になっている。
天皇という日本最大の偶像は、戦争で強烈な色彩を失ったんだが、今でも、橋本環奈程度のアイドル人気を誇っている。まあ、その程度に神格化が色褪せた。愛子ちゃんも、せいぜい同じくらいだと思う。
なんで、そんなに崇拝対象が多いのかわからないが、とにかく日本人は拝むことが大好きだ。翔平くらいの強烈な実力=異彩を放てば、崇拝したくなる気持ちもわかるが、ただ家柄だけで偶像化するのは、少し知能が不足しているように見える。
その崇拝対象になりたい人も多くて、自分をキリストだと言ったのは、文鮮明、麻原彰晃、大川隆法とか、本当にたくさんいるよね。
なんで、みんながキリストに憧れるかといえば、それが人類最高峰ともいえる偶像だからだ。
だから、キリスト教というのはカトリック(バチカン)も、プロテスタントも偶像の塊といっていい。とにかく権威をひけらかす連中なんだ。
どこのキリスト教団に行っても、凄まじい権威を示す巨大な伽藍があって、キリスト像やマリア像のような偶像にあふれている。それを一生懸命、みんなが拝んで自己満足し、涙を流している。
みんながひれ伏す権威というものほど、人を簡単に騙し、自分たちの利権に利用しやすいものはない。
ところが、その御本尊、御神体であるイエス・キリストという人物は、偶像が大嫌いだった。「自分を偶像にするなど、とんでもない!」と全身全霊で拒絶する人物だった。
彼はクムラン教団というユダヤ教の宗派に所属していたことが知られるが、その記録が1954年に死海のほとりにある洞窟から発見されて、死海文書として世に知られるようになった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%BB%E6%B5%B7%E6%96%87%E6%9B%B8
この死海文書で、公開されている内容は以下のようなものだ。
https://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/95828/1/jscsh_006_89.pdf
実は、死海文書の多くがバチカンの手に渡ったのだが、その内容を解析すると、偶像キリスト教=バチカンの存在そのものを全否定する内容につながってしまう。
そこで、バチカンは、キリスト教団の否定につながる内容を隠蔽し、改竄するよう指示し、死海文書を長期間凍結してしまったのだ。
クムラン教団は、モーゼの十戒を絶対視していた。それは旧約聖書、申命記に記載されている。その第二項に、「偶像崇拝」の絶対禁止が強烈に書かれている。
https://www.biblegateway.com/passage/?search=%E7%94%B3%E5%91%BD%E8%A8%98%205&version=JLB
【6 『わたしは、エジプトでの奴隷生活からあなたを救い出した、あなたの神、主である。
7 わたしのほかは、どんなものも神として拝んではならない。
8 決して偶像を造ってはならない。鳥でも動物でも魚でも、どんな像も造ってはならない。
9-10 それらを拝んでもならない。どのような方法で礼拝してもならない。あなたがたの神は、このわたしだけだ。
わたしはねたみ深いから、わたしとほかの神を同時に愛することは許さない。わたしの罰は、わたしを憎む者の子ども、孫、ひ孫までも及ぶ。しかし、わたしを愛し、わたしの命令を守る者には、千代に至るまでも恵みを与えよう。
11 実行するつもりもないのに、むやみにわたしの名を使って誓ってはならない。そのようなことをしたら必ず罰せられる。】
モーゼは、繰り返し強く言っている。「決して偶像を造ってはならない。鳥でも動物でも魚でも、どんな像も造ってはならない。それらを拝んでもならない。どのような方法で礼拝してもならない」
モーゼが、ヤハウェを指して、私だけが神であると強調し、次に、どんな偶像も作るな、拝むなと激しく言っている理由は、偶像を作り出せば、神の外側に神を作ってしまうからだ。
モーゼもイエスも、イスラエル人であり、すなわちスファラディユダヤ人のセム族であり、同時にレビ族であった。レビ族というのは、ユダヤ人の祭祀を司ることを許された支族であり、後に、シルクロードを経て日本にたどり着いて神道を司ったともいわれる。
モーゼも、イエスも、世上宣伝されているようなコーカソイド西欧人ではなく、モンゴロイドの形質を持った黒髪、黒瞳のセム族だった。(ノアの子セムの子孫)
クムラン教団とイエスにとって、申命記の十戒は最高の指針だった。だから、イエスの生涯は、偶像化との対決だったといってもいい。
(セム族と日本人の遺伝子に共通項があることから、7300年前、鬼界噴火で世界に旅立った縄文人が、シュメール人やイスラエル人の先祖という説もある)
だが、イエスの死後、「キリスト教」が成立すると、イエスが最も激しく拒絶したはずの偶像化が始まった。イエスが張り付けられた十字架が偶像化され、マリア像が偶像化され、キリスト教会が偶像化され、神職や神学が偶像化された。
言い換えれば、キリスト教の成立とともに、キリストは正反対のものに変質させられ、キリスト教から追放されたといえる。
だから、1945年、エジプトでトマス福音書が発見されたとき、そこには、「薪を割っても私はそこにいる。石をどけてもそこにいる。石造りの教会にはいない」
と77章に書かれていたのだが、バチカンやキリスト教団は、これを偽書と決めつけた上、「石造りの建物にはいない」を削除してしまった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%9E%E3%82%B9%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E7%A6%8F%E9%9F%B3%E6%9B%B8
トマス福音書も死海文書も、バチカンは絶対に見たくない、見てはならないものだった。
そりゃそうだ。モーゼの十戒を、これほど、あからさまに破っているのがバチカンや「キリスト教」と名付けられた集団なのだから。
ところで、古代イスラエルでは、2700年前に、アッシリアが攻め入ってきて、十二支族のうち二支族を残して、残りのイスラエル人が行方不明になってしまった。
その代表が、イスラエルの祭祀を司ったレビ族だった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%81%AE%E5%A4%B1%E3%82%8F%E3%82%8C%E3%81%9F10%E6%94%AF%E6%97%8F
レビ族は、ユダヤ人全体の戒律を定めていて、旧約聖書のレビ記によれば、とても神とは思えない過酷な戒律が記されている。
https://www.churchofjesuschrist.org/study/scriptures/ot/lev/20?lang=jpn
レビ族を含む、失われた十支族は、シルクロードを使って世界に移動したと考えられている。そして、古代弓月といわれたキルギスタン付近に拠点地域が成立した可能性がある。
そのグループの一部が、2000年以上前に東進して、中国東北部(満州)に、高句麗や夫余という国を作り、さらに朝鮮半島を南下して、百済という国を作った。
百済の武寧王の一族が日本にやってきて、高野新傘という女性が桓武天皇の母であると、平成天皇=明人氏が公式に発言した。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E9%87%8E%E6%96%B0%E7%AC%A0
【平城京に在位した光仁天皇と結ばれ,次の桓武天皇の生母となった高野新笠は続日本紀によれば百済の武寧王を始祖とする渡来人の子孫とされています。】
https://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/okotoba/okotoba-h22e.html
これで、現代イスラエルの「失われた十支族をシオンに戻すプロジェクト」=アミシャーブは、日本の天皇家をレビ族の子孫と断定することになった。
まあ、レビ族は宗教団体のようなもので、旧約聖書を世界に広める伝道師のようなグループだったので、日本に申命記に描かれた十戒を持ち込んだ。
契約の箱に収められた十戒の刻まれた石板(八咫鏡)とアロンの杖(草薙の剣)、そしてマナの壺(八尺瓊勾玉)が、そのまま、日本に持ち込まれたということになった。
そして、神道が日本中に拡大したのが、弓月氏(秦氏)が渡来したとされるAD300年以降のことだ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%93%E6%9C%88%E5%90%9B
その神道の御神体は、「八咫の鏡」であり、全国の神社の奥社のご本尊様も、実は鏡なのである。
「なーんだ、神道も偶像を作ってるじゃん」
と誰もが思うだろが、実は違う。御本尊の鏡を拝むと、そこに写っているのは、自分の姿なのだ。
すなわち、「拝むべきはアンタ自身なんだよ」と言っているのである。
これは偶像否定といってもいい。なかなかイキな偶像破壊ではないか?
自分を拝んでも、誰も嬉しくもないしご利益もないんだから…。

コメント
魔女狩りの主役はプロテスタントでした
カルビン・ルターが殺した異教徒は300万人といわれます
ベトナム戦争で、北爆全面支援したのも、広島長崎に原爆投下を支持したのもプロテスタントです。
死刑制度も積極的に推進しています。福音派のことですが
そうかもしれません。
私はバチカンも関与していただろうと思っていましたが・・。
私が読んだスエーデンボルグの「天界と地獄」に依れば、カトリックは「聖職者、とりわけ教皇など権力の上の方に居る人間の多くが死後は地獄で暮らす者が多い。(天界も地獄も当人が自分から望んで行くのであって、地獄に堕とされるのではない、という。)
他方、善行を奨める教えに従って生きていた一般の信者は素朴な善人も多く、彼らの多くは天界で暮らしている。これはカトリックは上に行くほど欺瞞に満ちており、末端に行くほど「正直さ善行」を大切にする生活をするからである、という趣旨の事が書かれています。
その一方でプロテスタントは根本的なところで教義が狂っているので、熱心な信奉者は大概
地獄で暮らす事になる、と書かれています。
私にはこのスエーデンボルグのレポートは衝撃でした。
言い忘れましたが、先のコメントも非公開の方が無難な気がします。
先のコメントの続きです。
私はスエーデンボルグの指摘は鋭いと思います。
実は彼はイスラム教や教祖ムハンマドについても書いています。
地獄でムハンマドに会った話やイスラム教信者は間違った教えのせいで、そのままでは天界へはいけない事についても書かれています。
子供でも10歳を過ぎて霊界へ来た者は真理について学び直さないと天界へはいけないので、教育の場が与えられる、そうです。
アジア人などのアミニズムなどの素朴な信仰を持っていた人々は問題なく天界へ行ける(本人が望めば)と書かれています。
こうした記述のどこまでが信頼できるか?という問題もありますが、
「宗教的教えの魂に与える影響の深刻さ」といった問題を忌憚なく書いているのだと思います。
この点(宗教的教えの影響を侮ってはいけない)をスエーデンボルグは繰り返し指摘しています。
この世で生きていく上でこの「スエーデンボルグの忠告」を心に刻んで生きる様、心がけています。
<タピ丘@jadarap
最近やっと理解できたんだが、ここで露骨な差別煽ってる奴らも会社のネトウヨおやじも煽動されちゃう普通の人々も「少数=悪」って観念があるのな。大多数が正義だと思ってる節がある>
<ワイド師匠@feedback330
そう。日本人の多数派は、「少数派は間違っているから少数派なのである」という認識を持っている。そしてこれを裏返すと「多数を掌握した者は正しい」「正しいから勝ったのだ」という理屈になるのである。>
この「多数を掌握したものは正しい」という理屈は多くの日本人が潜在的に持っているものだと思います。
その考え方では
「少数派であるのは間違っているから」であり、
「多数派であるのは正しい事の証」という理屈が成り立ちます。
だから多数派がますます支持されるのです。
「何が正解か判らないときは、数の多い方が正しいのだ。」というわけです。
これは日本人の中に脈々と流れている判断基準なのです。
これがファシズム・全体主義と極めて親和性があるのは間違いありません。
また、参政党現象の様な熱狂を生み出す土壌にもなります。
私はこの日本人的「数が絶対正義」論に恐怖を覚えます。
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