米山隆一が、復興ではなく能登を廃棄して、都会に移住させよと主張したことで、私は激怒したが、政府、自民党は間違いなく米山の新自由主義思想によって能登震災の後始末を行っている。
 
 被災地は復興するな。住民は追い出せ。かわりに1億円を与えよ …… という主張
 https://posfie.com/@e8o/p/u6u94vE

2024.08.14「過疎地の復興はムダ」「移住を考えよ」…財務省財政審が能登半島地震の被災者に言い放つ「許しがたい棄民思想」
 https://gendai.media/articles/-/135433?page=1

  【能登地震】復興より移住を?議論するべき時期?生活インフラは維持?コミュニティを守れる?ひろゆきVS米山隆一|アベプラ
 https://www.youtube.com/watch?v=gbstgQIpiI0

 これに対し、私も、大金持ちだけを儲けさせる「経済合理性」だけを価値の基準にする米山隆一に対して激しく嫌悪感を抱いて、何回もブログを書いた。
 あの室井佑月が、夫である米山の冷徹な新自由主義価値観に賛同しているのだろうか? 私には理解不能だ。
  https://hirukawamura.livedoor.blog/archives/6114659.html

 今回は、民の声新聞の鈴木博喜氏を支援する目的で、記事を紹介する。彼の記事は、もっと広く知られるべきだ。

 【22カ月目の輪島市はいま】「自宅は解体済み…どこへ行けと言うのか」応急仮設住宅入居者が直面する��2年の壁�瓠,修靴瞳�り返される「1年ずつの延長」〜能登半島地震2024 2025/11/01
 http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/blog-entry-837.html

 昨年の元日に発生した能登半島地震の被災者が��2年の壁�瓩膨礁未靴討い襦�2年で退去しなければならないことが災害救助法や建築基準法で定められているからだ。

 石川県内では依然として9000世帯以上が応急仮設住宅に入居しており、馳浩知事は7月、内閣府との協議を経て「条件付きの延長」を発表したが、それもわずか1年。
 では、被災当事者は2年や3年で退去できるのか。
 輪島市内の複数の仮設住宅を巡り、入居者に話を聴いた。行く先々で�犂�限を区切った自立強要�瓩紡个垢詒當砲弊爾鮗�にした。繰り返される住まいの意向調査と1年ずつの延長。

 為政者は東日本大震災から何を学んだのか。あと何回、大規模災害を経験すれば、人権としての住まいは保障されるのだろうか。

 【「困っとるから仮設におる」】
 狭い�爛戰薀鵐性瓩農�濯物を干しながら、80代の女性は怒っていた。
 旧輪島駅近くの応急仮設住宅。干し終えると、さらに声に力が入った。それだけ怒っているのだ。 

 「同じ内容の書類(意向調査)が市役所から何度も送られてきます。自力で再び家を建てるか、市が建設する災害公営住宅への入居を希望するか。毎回尋ねられます。
 でも、こちらからすれば、そんなことを尋ねられたって答えは一緒なんです。行くところがないんです。そうでしょ?地震で自宅が潰れて春には公費解体も終わりました。どこへ行くって言うたって………」

 女性は災害公営住宅への入居を希望している。
 「アパートでも借りようと不動産屋に行ったら「20人待ち」と言われました。いつになったら入居できますか?市の災害公営住宅だって全然手つかずじゃないですか。そんな状況で私らにアンケートをとること自体がおかしいでしょ。

 逆に『あんたらはどうするつもりね』と市役所に聞きたい。書類なんか捨てちゃいましたよ。聞かんでも分かっとるでしょ。困っとるから仮設におるんやから」
 避難所を経て石川県外の教員住宅に入居。応急仮設住宅には昨年6月に入ったという。狭い空間でうつ病を発症した夫を見守っている。

 「来年4月末が期限だそうです。役所から言われました。だから私なりに戸建て住宅も探したんですよ。でも、お金がある人はいいでしょう。『1000万円出せば中古住宅を売ってやる』と言われても用意できませんよ。3軒も4軒も調べましたよ。でもね………」
 狭い応急仮設住宅。福島でも、入居後に心身を病んでしまった被災者が少なくなかった。

 「見てください。夫と2人で4畳半ですよ。ベッドとテレビを置いたらもう……私だって早く出て行きたい。でも、市営住宅が空いてるというから市役所に行ってみたら『現在は募集しとらん』と断られました。
 そういう問題じゃないと思います。そんな言い方はないでしょう。めんどくさいかもしらん。でも、もうちょっと親身になってほしい。若い人よりも年寄りの方が切羽詰まってるからね」

 女性は目に涙を浮かべながら言った。
 「仮設で死ぬのは嫌や。でももう、いつあの世に行ってもいいわ」
 為政者は、その言葉を待っているのだろうか。

 輪島市内では約3000世帯が応急仮設住宅で暮らしている。最も早く入居が始まったマリンタウンでは、来年1月にも丸2年を迎える
 応急仮設住宅のすぐそばに建設されたスポーツ施設。被災当事者からは「本当に必要なのはこれなのか?」と疑問の声も聞かれた

 【「見れば状況は分かるやろ」】
 「出て行ってくれと言われても行くところがないし……」
 昨年9月の豪雨災害で床上浸水の被害を受けた宅田町団地。60代女性は夫と自営業。自宅兼店舗は地震で激しく損傷し、公費解体でさら地になった。戻る家などない。狭い仮設での生活がようやく落ち着き始めたと思ったら、今度は昨秋の豪雨災害で床上浸水。
 いったん退去し、修繕が終わった昨年末に戻った。そうして迎える「入居期限」。9月に入って市役所から書類が届いたという。これでは生活が落ち着くはずがない。

 「災害公営住宅が完成するまでここに居させてくださいって書いて出しました。でも、いつになるやら……。
 そもそも、2年で退去できる人なんてどのくらいいるのでしょうか。市内を見渡したって、新たにできた戸建て住宅なんて数えるほどしかありませんよ。
 仮に発注したって何年も待つ。お金も時間もかかるのに、仮設の入居延長はたった1年ですからね。しかも書類なんて出さなくたって、見れば状況は分かるやろって思うんやけどね」

 この女性だって、何も半永久的な応急仮設住宅での生活を望んでいるわけではない。「行くところがあれば出ますよ」。入居できた仮設は「2K」。
 そこに家族4人で暮らしている。室内には家具ばかりでなく仕事道具もある。役所に「3Kにしてもらえないか」と相談したが「4人の場合は2Kと決まっている」と断られたという。しかも、ここで暮らす限り、浸水の不安もつきまとう。

 狭い部屋での生活がどれほどストレスになるか、想像するまでもないだろう。しなくていい夫婦げんかをしてしまうとも聞く。2011年3月の震災・原発事故からもうすぐ15年が経とうとしているが、被災者が直面する課題はまったく解消されていないことが分かる。

 輪島港に面した「マリンタウン」。応急仮設住宅に一人で入居している80代女性は「災害公営住宅への入居を希望しているけれど『3年ほど待ってくれ』と言われた」と肩を落とした。
 石川県漁業協同組合輪島支所近くに整備された応急仮設住宅には、漁師たちが多く入居している。

 夫と共に漁業に携わってきた女性は「災害公営住宅が完成するのは3年後?そんなん死んでまうわ」と苦笑した。
 自宅はやはり公費解体が済んでいる。住まいの意向を尋ねられても「災害公営住宅の完成を待つ」と答えるしかない。
 それまでは道路沿いの狭い部屋でダンプカーが通り過ぎる音に悩まされながら生活するしかない。

 ある団地で女性は言った。
 「良い方に考えんと。悪いことばかり考えたらね……」
 そうやって自分に言い聞かせる。それもまた、震災被災者の実情だった。

 石川県の馳浩知事は今年7月、応急仮設住宅入居に関し「条件付きの1年延長」を発表した。延長には内閣府の承認が要る
 輪島市は現時点で975世帯分の災害公営住宅建設を計画している。完成目標は3年後。だが、遅れる可能性もある

 【災害公営住宅完成目標は3年後】
 7月10日午後の会見で、石川県の馳浩知事は「応急仮設住宅の入居期間の延長について報告いたします……6月30日に、入居期限の延長について、国との協議が整いました。要件に該当する場合は、1年を超えない範囲で延長が可能です。
 来年以降も被災者の住まいの確保の状況などを踏まえて、1年ごとに延長に向けた協議が行われます……個別にご相談をいただきたいと思います。柔軟に対応していただけるように、政府にもお願いを申し上げております」と語った。

 記者からの質問にも「最後の1人まで対応するのが私どもの使命です。事情というのが、それぞれございますから、対応いたします」と答え、いかにも被災者に寄り添っているかのような姿勢を示した。
 だが、現場との�牴硬拑広瓩和腓�い。

 輪島市役所のある幹部職員は、取材に対し「うちの職員が仮設の入居者に『早く出て行け!』と言っているんですか?そんなことは言っていないと思いますよ」と語気を強めた。
 もちろん、そんな露骨なことはしていない。意向調査にしても、災害公営住宅の必要戸数を把握するため。意味なくやっているわけではないことは理解できる。市長や市職員が何度も応急仮設住宅を訪ねて住民懇談会を開いている。だが、応急仮設住宅入居者の現状は厳しい。

 輪島市「被災者生活再建支援課」の担当者は、取材に対し「明確な割合までは出せていないが、2年で応急仮設住宅から出られる人は多くないという印象です」と話した。意向調査への回答率は決して高くないという。
 災害公営住宅の建設を所管する「まちづくり推進課」の担当者によると、災害公営住宅の完成は2027年度末(2028年春)を目標にしており、基本的に希望者は全員入居できるという。

 「建築部門では入札不調が続いています。資材の高騰や人手不足も考えられます。スケジュール通りに進まない可能性はあると思います」
 先の幹部職員は「3年後に災害公営住宅が完成する。そこに入れてあげると言っているのだから何も問題はないでしょ」とも言い放った。これが行政の本音なのだろう。声をあげる市民はうるさいから黙っていろということか。

 「まちづくり推進課」の担当者は、2007年3月の能登半島地震でも被災者対応に従事したが、今回は「被害の範囲も規模も比べものにならない。
 あのときのイメージではまったく歯が立たない」と吐露した。行政は何もやっていないとは言わない。だが、取材で訪ねた応急仮設住宅では、一度として「行政はよくやってくれている」という言葉を聞かなかった。
 それは果たしてわがままなのだろうか。被災地はもうすぐ、震災から2回目の年の瀬を迎える。
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 引用以上

 友人と輪島市を訪れたのは、もう7・8年も前のことだが、素晴らしいという印象しかなかった。簡単に行けないが、また行きたい土地だった。
 朝市を歩き、友人は売り手女性の親切に感激していた。それから小さな輪島塗美術館を訪れ、漆器を見て回った。朝市で、裏日本特有の無私の温かさのある人間性を見て、本当に素晴らしい土地だと思った。

 前夜、和鞍温泉の安い宿に泊まったが、やりすぎ感のある接待がやや鼻についたが、私は母が新潟の人間なので、裏日本では、無私で人を喜ばせることを楽しむ人が多いことをよく知っていた。

 能登半島北端は、事実上、朝鮮国境である。北朝鮮の漁民が遭難すると、能登北端か佐渡北端に流れ着くのが普通だ。北朝鮮の脱北者たちは、能登半島に救いを求めることが多い。
 1910年の朝鮮併合後、戦後まで、能登は朝鮮半島への玄関口になった。国境が取り払われたので、自由な往来が始まったのだ。
 朝鮮の人々は、輪島港や舞鶴・新潟に上陸し、関西や広島などに向かった。
 北朝鮮による、日本人誘拐拉致事件の舞台にもなっている。
 
 「朝鮮にさらわれるぞ」石川で広がっていたウワサ 危機感生かせず、相次いだ失踪 2015/10/15
 https://www.sankei.com/article/20151015-SLUKHXL32RIARFZCJ236XZZ3MU/2/

能登沖で保護の9人、脱北者と断定 仮上陸認める 2011年9月14日
 https://www.nikkei.com/article/DGXNASDG1305V_U1A910C1000000/

日朝・日韓の国家関係が暗雲に覆われれば、直接接触が起きるのが能登半島である。
 だから、能登の住民は、朝鮮半島からの侵略者に対する「防人さん」なのだ。
 この地から住民を追い出すかのような米山隆一の発言を許せば、大切な防人さんを失う結果になる。過疎地に人が住んでいるのは、領土保全の観点から、とても重大である。

 だが、2024年1月1日のM7.8巨大地震が発生しても、国は、阪神大震災や新潟地震、東日本大震災のような内容のある復興政策を行わなかった。
 震災による荒廃地は、二年経過しても、まともに復興されなかった。その理由について、私は以下のように危惧した。
 
自民党政権は、能登の復興をさせずに住民を追い出し、原発メッカにするつもり 2024年09月05日
 https://hirukawamura.livedoor.blog/archives/6160460.html

 どうみても、国と石川県は、能登の被災住民を他地域に追放したがっている 2024年11月29日
 https://hirukawamura.livedoor.blog/archives/6177939.html

 能登震災復興に、まったくやる気を見せない馳浩石川県知事 2024年12月20日
 https://hirukawamura.livedoor.blog/archives/6180518.html

 私は、国が能登震災の復興について積極的でない理由について、最大の懸念は、志賀原発がボロボロの再起不能状態であることから、もしかしたら珠洲原発建設を再開しようとする意思があるのではないかと思った。
 能登北端を無人地帯にすれば、珠洲原発の建設に反対する住民がいなくなるからだ。

 しかし、原発推進者たちは、能登半島がどれほど恐ろしい地形なのか、まるで理解していない。地図を見れば一目瞭然だ。和鞍温泉は、そもそも火山性温泉ではなく、中央構造線と似た、巨大構造線に伴う「断層温泉」なのだ。
 列島地図を俯瞰すれば、和鞍温泉付近に邑知潟地溝帯が鮮明に見えて、その延長に、佐渡の國中地溝帯につながっていることが一目で分かる。
 そして、それは、淡路島で中央構造線と分岐し、琵琶湖から樺太に向かう、超巨大断層帯の一部であることも分かるはずだ。
 これを2000年前後に提唱したのが、琉球大学、木村政明助教授だった。
 
 能登半島で起きた巨大地震と木村政昭氏の「日本列島断層」 2024年01月02日
 https://hirukawamura.livedoor.blog/archives/6099828.html

 誰一人、何一つ語られず隠蔽され続ける「日本列島断層」2024年02月09日
 https://hirukawamura.livedoor.blog/archives/6110331.html

 この断層が真実なら、台湾に発して日本海を経由し、樺太、カムチャッカに至るサンアンドレアス断層にも匹敵する規模の世界的断層である。
 ところが、日本の地質学会、地震学会は、非常に不可解なことに、木村教授の日本列島断層説を完全無視し続けている。

 この元旦能登地震にあって、志賀原発が20キロリットルのPCB絶縁油を海に流し、使用済燃料プールの冷却水の大半も揺れで流れ、珠洲原発予定地では、4mもの高さの縦ズレ断層ができたことなど、報道は少なく、社会から隠されている。
 必死になって、原発被害を隠蔽しているように見える。

 そして、能登大震災が日本列島断層の真上で起きたことも隠されたままだ。
 なぜ、学会や政府は、必死になって日本列島断層の存在を否定しているのか?
 日本列島断層を承認すれば、その上に、柏崎原発、能登志賀原発、そして若狭の14基という日本最大の原発群の存在を、福島第一原発事故の経験から見直さなければならなくなるのである。
 私は、原発群を守るために巨大断層を国ぐるみ、学会ぐるみで否定しているとしか思えないのだ。

 日本列島断層で起きた地震は、実は若狭の巨大地震が起きることも示している。
 1662年に若狭ではM7.6の巨大地震が発生した。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%9B%E6%96%87%E8%BF%91%E6%B1%9F%E3%83%BB%E8%8B%A5%E7%8B%AD%E5%9C%B0%E9%9C%87

 そして、1891年、内陸最大級のM8.0 明治濃尾地震が福井県大野市を震源にして起きている。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BF%83%E5%B0%BE%E5%9C%B0%E9%9C%87

 いずれも、日本列島断層付近を震源とする断層であり、新潟地震や中越地震も同じだ。ということは、若狭地方に、いつでもM8前後の地震が起きることを意味している。原発を稼働させたまま若狭地震が起きれば、PWR原子炉が爆発して、福井県はおろか、京都府も、二度と人が住めなくなる可能性がある。

 国や原子力業界は、関西が完全崩壊し、二度と人が住めなくなる放射能事故に目をつむって、若狭原発を稼働し、さらに、世界最大の柏崎原発も再稼働させようとしている。あれほど、凄まじい震災が続いた新潟県の、日本列島断層地震が起きる可能性が十分すぎるほどあるのにだ。

 能登半島の復興をせずに、住民を大都会に移動させるという米山隆一地方政策では、能登半島は誰も住まない空っぽになり、自由自在に中国人、朝鮮人が上陸してコロニーを作れる条件を設定することになる。
 国は、住民を追い出して珠洲原発を作りたいようだが、その前に、日本人全体が放射能汚染で死滅してしまうだろう。