核開発・AI開発・IT化・EV化は誰のために行われているのか? あなたのためでは絶対にない!
 それは、大金持ちが、より効率的に金儲けをするためと、権力者が自分の権威を自慢し、他者に圧迫感を与えるためのみに開発される。
 他国の脅威なんてのは、兵器開発のために高額の税金をふんだくる口実だけだ。

 我々の生活に、核やAIは何一つ必要ではない。本当に必要なものは、畑を耕して食物を収穫する能力、木を切って加工し、家を作る能力、布を織って服を作る能力、異性とエッチして子供を作り、育てる能力である。大学ですら必要ない。
 我々が必要とするのは、子供たちがのびのびと安全に過ごせる環境、自然と触れ合って、たくさん学べる環境である。

 核開発を行えば、100%確実に、人間の手に負えない核廃棄物が出る。その超猛毒性の寿命は地球の寿命よりも長い。人類の未来を暗黒に塗りつぶすことしかできない。
 クリーンと称する核融合だって、あまりにも膨大なトリチウムを環境に放出する。微生物によって有機化されたOBTトリチウムは生物遺伝子を破壊する。
 今、開発実験をしている多治見市・土岐市周辺では、やがて大量のダウン症児が登場してくるだろう。東濃地方全域で、遺伝障害児が激増することになる。

 全国に62基の原子炉が建設された。稼働中は13基で、すべて暴力団と結託した暗黒企業、関西電力のものばかりだ。なぜ、関電だけが耐用年数25年で設計された原子炉を60年も運用しているかというと、それは安全だからではない。
 関電には廃炉資金がないのだ。それは株主と経営者利権を絶対的に優遇しているからで、原子炉を稼働せず、廃炉を決定すれば、株主が猛反発し、経営者報酬も大きく下がるからである。

 だから関電経営陣は、大事故が起きるまで、素知らぬ顔をして安全と決めつけて運転を続ける。もしも巨大事故が起きれば国が救済してくれる前例を東電が作った。
 「想定外の事故だった」と弁解すれば、国が何もかも面倒を見てくれて倒産も免れる。裁判所は、すべての住民訴訟を却下、敗訴にする。経営者は責任追求を逃れてドバイに逃げればいいという前例ができたのだ。

 だが、関電が引き起こすPWR原子炉の大事故は、フクイチ事故の比ではない。フクイチBWR原子炉が80気圧300度で運用されているのに対し、PWRは160気圧350度だ。
 BWRでは、核燃料被覆管のジルカロイ乖離水素が爆発して炉心が破壊されるが、PWRでは、同じ乖離水素爆発でも、威力が数百倍になる。理由は一次冷却水が密閉系だからで、炉心の耐圧容器がバラバラになってしまう。
 どこかの無知なバカ教授が「防爆システム」が作動するとか言っていたが、そんなものはない。

 このとき、フクイチ事故の何十倍もの核分裂中放射能が半径数百キロメートルを汚染する。
 若狭原発群でPWR爆発事故が起きれば、地元の福井・滋賀はもとより、京都も壊滅する。ちょうど、福島の大熊町あたりの惨劇が再現される。
 たぶん、永久に人が住めないだろう。事故後15年の大熊町の実態を見よ!
 https://hirukawamura.livedoor.blog/archives/6190838.html

 それどころか、たぶん、大阪市を含む阪神全域、兵庫、岐阜、奈良、愛知・鳥取も絶望的な汚染に閉ざされ、人が住めなくなる可能性が大きい。
 関西電力の株主配当と経営者報酬のために、これだけの犠牲が生贄のように提供されるのだ。
 原子炉の専門家は、60年稼働させたPWR原子炉が、どれほど恐ろしい中性子脆性劣化を起こしているか、繰り返し警告してきたが、それを理解できる原子力規制委員は皆無だ。物凄い鼻薬が効かされているのだろう。
 https://cnic.jp/424

 そもそも、世界の巨大地震の一割を引き受けている震災王国であるにもかかわらず、超危険な原子炉を63基も建設し、15基を稼働させている本当の理由は何か?
 槌田敦教授は、核兵器用の高純度(94%)プルトニウム生産を行っている証拠を、フクイチ事故3号機の核爆発から発見した。

 暴力団と結託していると噂がある東電と関電だけが、必死に再稼働を進めていて、三菱重工とともに、核兵器開発を行ってきた可能性が非常に強いのだ。
 これは定検中の停止原発で、劣化ウランに中性子を照射することで得られる。短時間の照射を何十回も繰り返すことで、プルトニウム240の生成を抑えて、高純度のプルトニウム239を製造することができる。
 4号機は定検停止中だったはずなのに、米軍サーモグラフに稼働熱が写ってしまったのだ。そして定検で核燃料がないはずなのに謎の水素爆発が発生した。
 
 「電力企業や政府がウソをつくはずがない」と多くの国民が思い込まされてきたのだが、フクイチ事故でも政府は、2000名以上の急性被曝死者を震災死者に潜り込ませて、事故後15年間、必死になって隠蔽してきた。
 それを告発する私のブログやツイッターは、過去ログやアカウントごと何度も削除された。(ツイッター・ヤフーブログ・はてな・FC2・アメブロ…今のブログは5箇所目だ。
 関電は、反原発町長を暗殺する指令が暴露されたのに、ズブズブの関係にある福井県警は立件さえしなかった。

 さて、核開発は、未来に人類を滅ぼす悪魔しか遺さない。人類にとって有用なものは何一つない。それは絶対に手をつけてはないらない「パンドラの箱」だった。
 それは莫大な利権を生み出し、建設予定地にカネをばら撒いた。資本主義・新自由主義によってカネの盲者に洗脳されていた人たちは、大喜びで、原発建設を歓迎した。
 その結果、フクイチ事故が起き、今、福井県が滅亡しようとしている。
 人類の未来よりも、目先のカネが欲しかったのだ。
 http://voicebook.seesaa.net/article/408577539.html

 戦後、自民党政権は、金儲けを唯一の価値と考えた政権だった。何もかもカネがすべて、カネにならないものは排除する。人の健康よりも金儲けが大切という姿勢で、戦後80年の日本社会が動いてきた。

 私は1960年ころ、発泡スチロールが世に出たとき、これを自動車の前後に貼れば、事故負傷が大きく減ると思った。だが、衝突緩衝材として利用する自動車産業は皆無だった。
 今でも私は、転倒、衝突事故による負傷を回避する最良の緩衝材と信じているが、これを安全設備として採用する企業はゼロだ。
 理由は、「カッコ悪い」からだ。経営者は、かっこいいものが売れると信じている。

 自動車産業の金儲け圧力を受けて、全国に車用の道路が作られた。だが、人や自転車が安全に通行できるインフラは作られなかった。
 この結果、みんなが歩くことが危険だと思うようになり、車利用にシフトした。そうなると、歩かないことで成人病(糖尿病・腎臓病・認知症)が激増した。

 もしも、車社会でなければ、もしも安全な歩行・自転車インフラが整備されていたなら、こんな病気は現在の一割もなかっただろう。
 日本の健保費用が不足することもなく、医師がゼニゲバに走ることもなかっただろう。本当に健康な日本社会が成立し、人口も増えるだろうと思う。

 私は、財務省と安倍晋三らのせいで「失われた30年」の産業停滞、認知症社会が成立したと思っているのだが、今後、消費税を廃止しても総需要を活性化させる方法として、ヒャルマル・シャハトが行ったアウトバーン建設と同じように、自転車、歩行者の安全専用道路建設を中核に、社会的需要ができ、歩くことで老人たちの認知症を大きく減らすことができると考える。
 大切なことは、多くの消費者が建設に参加し、報酬を政府が直接手渡すことで、竹中平蔵のような中抜き野郎を排除することだ。

 人々がゼニゲバ価値観に走り、原発のようなまるでクロコダイル麻薬かヘロイン、フェンタニルのような刹那的快楽の金儲けばかり狙うようになった本質的な原因について、結局、儒教的序列価値観による利己主義と自分の利権優先価値観に洗脳されてしまっていることだと考えている。
 
 日本の教育体制は、儒教の序列主義が色濃く残っていて、何が何でも人に序列や順位をつけて、「どっちがエライ」と相手を見下す人生を生み出している。
 こうして「他人より自分の方が上だ」という価値観を人生の基礎に置いてしまうと、必ず新自由主義の銭ゲバ社会がやってくる。
 だが、本来の日本人は、鎌倉仏教による薫陶のおかげで、人生の本質は「因果応報」であると教えられてきた。
 儒教的序列価値観とは全く相反するものだった。

 儒教の序列主義では、男は女よりエライ、兄は弟よりエライ、上司は平社員よりエライ、社会的地位が高い者は、低い者よりエライ、金持ちは貧乏人よりエライ、領主は領民よりエライとか、必ず人間に序列をついて、人々は他人を見下すことが人生の目標であるかのように洗脳されてゆく。だが、それは何の実証根拠もない、教えられた決めつけだけなのだ。

 上位にある者がエライなんて科学的根拠は、どこにも存在しないから、空虚な権威主義を信奉する者たちは、いつでも自分のエラさを誇示できるものを探している。
 だから、人の手の届かないような高度な技術とか、神秘的な技術とか、法外なボロ儲けの方法とかを追求することになる。
 権威と地位と蓄財が、他人を見下せる根拠になるからだ。他人の幸せに奉仕することは嘲笑されても、自分を偉く見せることにはつながらないから興味も持たない。

 「普通の人の手が届かない高度技術」 「巨額の金儲け」 「豪邸、高級車のセレブ生活」他人を見下すために、こうしたアイテムが必要だった。
 これこそが、原子力開発の本当の理由である。
 そして、AIやIT社会も同じ優越感をもたらす技術であって、それが人々に幸せももたらすことに使われることは絶対にない。

 それは金持ちや権力者の優越感を満たすことにしか使われない。みんな優越感がほしい。他人を見下したくて仕方がない。
 だから、人類を滅ぼすことしかできない核開発に幻想を抱き、AI社会に幻想を抱くのだ。
 そんなものが、本当に人類の未来に貢献できるかどうか、すこし深く考えれば、誰にでも分かることなのに…。

 もしも、人類に未来があるとすれば、それは畑を耕せる強靭な肉体と精神力、たくさん歩いてホメオスタシスを高める生活、他人の幸せを自分の喜びとする人生観、人の笑顔を見て癒やされる自分の姿しかない。
 誰もが、このことを心の奥底で感じているはずだが、目先の金儲け競争や、序列における見栄や他人の見下しのなかで、その本質を見失ってしまうのだ。

 それでも核兵器を持つことに憧れる人たちがいる。だが実際問題として、日本政府が中国や北朝鮮の脅威のために核兵器を開発保有したって、それを戦争で使った瞬間に、投下した国は世界中から敵視され、加害行為の何十倍かの被害を受けることになる。
 もうすぐプーチンが、ウクライナに核兵器を投下するが、加害国は、被害国の何十倍の損失を被ることになる。ロシアは世界世論によって完全に破壊されるだろう。
 プーチンの運命は、ムッソリーニやチャウシェスクの後追いしかない。

 世界は、序列や見下しの価値観のなかで、それから抜け出して本質を見抜けない人たちが滅亡してゆく姿を見せられることになるだろう。
 若者たちは、みせかけのゼニゲバ社会に騙されてはいけない。
 本当に豊かな人間社会は、他人の笑顔に癒やされる自分のなかにしかないのだ。