老人介護施設=老人ホームというものは、私から見ると「安楽死収容所」に見えると何度も書いた。
【あと3日で正月になる冬の夜、誰にも見られてはいけないという掟の下、辰平は背板に母を背負って「楢山まいり」へ出発する。辛くてもそれが貧しい村の掟だった。途中、白骨遺体や、それをついばむカラスの多さに驚きながら進み、辰平は母を山に置く。
辰平は帰り道、舞い降ってくる雪を見る。感動した辰平は、「口をきいてはいけない、道を振り返ってはいけない」という掟を破り、「おっかあ、雪が降ってきたよう〜」と、おりんの運のよさを告げ、叫び終わると急いで山を降りていく。
辰平が七谷の上のところまで来たとき、隣の銭屋の倅が背板から無理矢理に70歳の父親を谷へ突き落としているのを目撃する。
「楢山まいり」のお供の経験者から内密に教えられた「嫌なら山まで行かんでも、七谷の所から帰ってもいい」という不可思議な言葉の意味を、辰平はそこではじめて理解する。
家に戻ると、妊婦の松やんの大きな腹には、昨日までおりんがしめていた細帯があり、長男のけさ吉はおりんの綿入れを着て、「雪がふって、あばあやんは運がいいや」と感心していた。
辰平は、もしまだ母が生きているとしたら、今ごろ雪をかぶって「綿入れの歌」(―なんぼ寒いとって綿入れを 山へ行くにゃ着せられぬ―)を考えているだろうと思いを馳せる。】
楢山節考に描かれた、おりんの最期の光景だが、それは、私の知識のなかでは、ナチスによるT4作戦で、先天性障害を持った子供たちが連れてゆかれたガス室(初期はトラックの排気ガス)や、日本で障害者が連れてゆかれた強制不妊手術・強制堕胎質の光景であり、現代日本における老人施設での終末の光景に重なって見える。
私の祖母も百歳まで生きながらえて、老人ホームで亡くなったが、最期は、骨粗鬆症による大腿骨骨折や骨盤骨折を繰り返し、決して安楽な死ではなかった。
彼女は、黒川村(白川町)の出身で、ずいぶん激しい人生だったが、大正時代からの経験なクリスチャン(プロテスタント福音派)で、死ぬまで信仰を守り続けた。
実は、彼女の数年後輩の女性たちは、満蒙開拓団に同行し、凄まじい運命に翻弄された。祖母は、たまたま、その運命を免れた。
https://wararchive.yahoo.co.jp/wararchive/ann2.html
私は死刑廃止運動を行っていたのだが、祖母が当然、賛成してくれると思っていたのだが、あるとき、彼女が、「人を殺した悪いやつは死刑にして当然」と語ったので、びっくりした記憶がある。
後に、アメリカ福音派が、共和党、そしてトランプの支持母体であることを知り、ユダヤ教に非常に近い倫理観を持っている集団であることを知って納得した。
福音派は、ベトナム戦争でも北爆を積極的に支持した。トランプのイラン戦争でも、トランプを熱狂的に支持する人たちが福音派に多い。
私の解釈では、イエスが登場した理由は、古い契約(旧約聖書)を新しい契約(新約聖書)に置き換えるためであり、それは人を「死の恐怖」で支配することをやめさえ「愛」によって人間関係を築く関係に置き換えるためであると思っている。
例えば、「罪なき者は、この女を石撃て」が示すものだ。
https://muchacafe.hateblo.jp/entry/2017/07/10/000807
ついでに書いておくが、ユダヤ教、イスラム教、キリスト教は旧約聖書を生活、倫理の規範にしている。旧約聖書は、人を死の恐怖で支配する教理であることは、トーラー・レビ記20章を見ればわかる。
https://otawara-church.com/?p=1791
現在なお、旧約聖書を倫理規範にしている「キリスト教」は、福音派・モルモン教・エホバの証人などだ。ユダヤ教やイスラム教は、レビ記20章を忠実に残酷に実行している部分がある。ガザ大虐殺も、その例だ。
それでは、世界最大のキリスト教宗派であるカトリックは、旧約を脱しているかといえば、そうではない。カトリックの壮大な伽藍や、キリスト像、イコンなどは、厳格なエッセネ派だったキリストが、もっとも大切にした十戒の教えを真正面から破っている。
十戒の第二項には、「偶像の禁止」が書かれているが、キリストが生涯、偶像をひどく嫌ったのに、死後、キリスト教が成立した瞬間に、偶像化の大行進が始まった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%82%BB%E3%81%AE%E5%8D%81%E6%88%92
ちなみに、モーゼもダビデもイエスも、古代ユダヤ12支族のうち、祭祀を司るエフライム族だといわれる。この部族は、2600年前のアッシリア侵攻にによる古代イスラエル崩壊とともに「失われた十支族」となった。
現代イスラエルの国家プロジェクトであるアミシャーブは、失われた十支族のエフライム族が天皇家だと認定した。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%96
したがって、今、イスラエルがアメリカを焚き付けてイランを攻撃させている原因である「エルサレム第三神殿」の建設にあたって、祭祀者として天皇家の敬宮愛子が拉致誘拐される可能性があると、私は何度も書いている。
イスラエルはエゼキエル書の預言を信じて、ハルマゲドンを引き起こそうとしているのだ。
話が飛んでしまったので、元に戻す。
私自身が老いて、終末施設に向かう現実に直面しているのだが、残念ながら、私は貧乏なので、何千万円もかかる老人施設に入居することはできず、金の切れ目がこの世の切れ目になり、自分で自分を始末する運命しか残されていない。
今や、民間老人ホームは高値の花で、相当な金持ちしか入れない。おまけに詐欺師がウヨウヨと待ち構えているといわれる。
仮に、すべてが完備した理想郷であっても、私に資金があったとしても、私には、資本主義が吐き出している霧の彼方に、朧に見え隠れする、おりんの遺棄された小屋にしか見えない。
それは「死を待つ小屋」だ。
母も、終末を老人施設で迎えた。母は肺機能障害に苦しんだ。咳が止まらなかった。老人ホームの契約医師は、96歳の老母に「肺穿刺検査」を行った。
私は、母の介護から完全に疎外されていたので、それを知らなかったが、その3日後に死んで、事情を知った時、医師もホーム側も、そんなことをすれば死ぬことが当然であることを十分過ぎるほど認識していたと確信した。
それは施設による、終末の無言のプロコトルだった。「殺されたのだ」と思った。
以前、ワタミの老人施設で、老人たちに肉食中心の豪華な食事を提供している理由として、「食事が豪華であるほど早く死ぬので回転率が上がる」というホンネを知ったことがある。
認知症や骨粗鬆症を発症した老人を、家庭介護するのは、とてつもなく大変な負荷があり、それを老人施設が引き受けるようになるのは、資本の論理としても必然性がある。
日本社会に、そんな老人の終末思想を洗脳したのは、小泉純一郎が導入した「介護保険」である。もしかしたら、小泉自身が、その恩恵? を受けているかもしれない。
月5万円しかない私の年金からも、強制的に天引きされている。だが、私は介護施設に入ることは、たぶんできない。最期は、自分で始末するか、カネが切れ、体が動かなくなり餓死するかだろうと思う。
だから、介護施設を敵視しているわけではない。
私は、老人たちが、人間社会、部族社会のなかで最期を迎える施設が隔離されていてはならないと思う。
死を前にした老人たちは、若者や子供たちに、自分の死を見せることが必要なのではないかと思う。
死を隔離してはならない。それを見せることで、若者たちは、死を前提にした人生設計を考えることができる。
今、ネットでもオールドメディアでも、死を残酷と決めつけ、見てはならないものとして疎外する仕組みが成立いている。YouTubeで死を扱おうものなら、たちまちAIが排除してしまう。人間や人生の負の側面を見せないようにしているのだ。
言い換えれば、人生をキレイゴトだけに飾ろうとしているように見える。
それは、たぶん今世紀に入ったあたりで、組織的、意図的に行われた。
昔は、もっと死は身近なものであり、インターネットが普及した1990年ころなら、ネットのコンテンツは死に溢れていた。テレビでも、死が普通に放映されていた。
我々は、ベトナム戦争やクメール・ルージュ、ツチ族・フチ族戦争の、死屍累々たる光景をテレビでも垣間見ることができた。
だが、それは人に不健全なショックを与え、厳重に忌避べきものにされてしまった。老人を介護施設に送り込む思想も、家庭で子供たちに死を見せない配慮があったかもしれない。それは本当に正しいのか?
若者が人生を設計するうえで、死が遠い異世界のものになってしまったなら、それは現実を反映した適正なものになるのだろうか?
私は、自分の死を若者や子供たちに見せることで、人生の本当の意味を伝えることができると考える。
もしも、死の見えない人生だけしか知らないとすれば、それは金儲けを人間唯一の価値と定めた資本主義や新自由主義にとって都合の良い思想しかもたらさない。
死を直接見ることで、人生の意味が「金儲けや他人を見下す」ことだけではない。万人が平等に共有する運命が待ち構えていることを理解できるようになると思う。
逆に、新自由主義は、人の死を、人々が忘れてしまうことを前提にして成立しているように思えるのだ。
人生に若者たちのスペースしか見えていないのは、死を遠ざけ、忌避する意図的な作為が隠れているように見える。
資本主義は、車を売るために、人々がホメオスタシスを生み出す歩行の機会を奪っていった。街路は、交通事故の危険が人を縛り、歩くことをためらわせるような設計になっている。
もしも、為政者が資本主義ではなく、人間の本質を理解できていたなら、人々が安心安全に歩ける歩道や、自転車専用道を用意したにちがいない。だが、為政者は資本家に儲けさせるために車のインフラを拡大することしかしなかった。
老人の終末施設も、同じような意味で設計されているように見える。
歩くことでホメオスタシスが維持され、認知症を避けることができる。それなのに、施設に入れば、生活行動を規制され、自由に歩けなくなる。
豪華な食事と、楽な生活スタイルは、まるで老人の余生を奪っているように見えるのは、私だけなのか…。
老人たちを施設に閉じ込め、安楽死させる。これで、若者たちの人生観に死の意味が遠ざけられてゆく。
老いたなら、施設が死を始末してくれる。これで、ますます現実の社会から死の意味が遠ざかってゆく。これは新自由主義による作為ではないのか?
以下の記事は、私の運命が嘲笑されているようなタイトルなのだが…。
2026.05.09「老人ホームで幸せに暮らす人」「孤独の中で老いて死んでいく人」の決定的な差
https://gendai.media/articles/-/166541
期待外れの老人ホーム生活
長年、自営業を営んできた林義雄さん(79歳、仮名)が老人ホームへの入居を決めたのは、妻を病気で亡くして間もなくのことだ。足が悪くなっていたこともあり、住み慣れた名古屋市内の一軒家を売り、息子家族が暮らす京都から近い大阪市内の施設を選んだという。
仕事一筋で生きてきた林さんにはそれなりに蓄えがあり、老人ホームでの暮らしに期待を抱いていたと振り返る。
「入居当初は、妻の死に落ち込んでいましたが、『自分の時間ができた』と楽しみにもしていました。ただ、新しく住む街で周りには知らない人ばかり。友だちもおらず、だんだん孤独を感じるようになったんです。
それに追い打ちをかけるように、入居当初は2ヵ月に1回は顔を見せに来てくれた息子夫婦もほとんど来てくれなくなった。最近は施設の食堂に行くのも億劫で、部屋で一人で食事を済ませることが増えました」
林さんが老人ホームに移って4年が経つが、いまでは一日のなかで言葉を交わすのは、ほんの数人。週1回の回診で訪れる医師と、1日3回食事を部屋まで届けてくれる施設職員だけだという―。
「人生100年時代」と言われて久しいが、平均寿命は延び続け、介護が必要になることは誰にとっても他人事ではなくなった。老後の住まいの選択肢はさまざまあるが、食事や生活面のサポートが受けやすい、人と触れ合いやすい環境として、老人ホームを選ぶ人も少なくない。
老人ホームで幸せに暮らす方法
だが、同じ施設に暮らしながら、生き生きと毎日を送る人もいれば、林さんのように孤独の中で老いていく人もいる。その差はいったいどこにあるのか。
日本最大級の老人ホーム・介護施設検索サイト「LIFULL 介護」の編集長、小菅秀樹氏が解説する。
「老人ホームで幸せに暮らすには、施設選びから入居後の過ごし方まで、さまざまな要素があります。ただ、充実した生活を送っている人、反対に孤独な人はどの施設にもいる。誰でも幸せになれる「いい老人ホーム」はありません。おカネをかけていい施設に入ろうが、どんなに条件が整っていない施設に入ろうが、最後はその人がどう過ごすかにかかっているんです」
施設によっては、卓球台やカラオケルームなど身体を動かせる設備やレクリエーションが充実している。林さんの住む老人ホームにも、ジムや麻雀、ビリヤードができるスペースがあるが、林さんがそこへ足を運んだことは、一度もないという。
「最初の頃は1階の食堂に通っていたんですが、部屋が5階でエレベーターに乗るのも面倒になってきて……。部屋まで食事を届けてもらえるサービスを使うようになりました。そうしたら今度は筋力が落ちちゃって、歩くと膝が痛くなってますます部屋から出なくなりました。
うちの老人ホームでは月に一度、1階のホールでイベントをやっているのですが、今さら知らない人たちの輪の中に入って行けないですよ。でも、仕事していたときは趣味なんて何もなかったから、一人で楽しむこともできません」(林さん)
いつまでこの孤独は続くのか―林さんは肩を落として、遠くを見つめた。
老人ホームに入れば安心と思っていたのに、気づけば部屋に閉じこもりがちになり、どんどん社会から孤立していく人がいる。その入り口になりやすいのが、「歩かなくなること」だ。日本最大級の老人ホーム・介護施設検索サイト「LIFULL 介護」の編集長、小菅秀樹氏が解説する。
「設備が充実している老人ホームは便利な反面、気づいたら自分で何もできなくなる。食事も日用品もフロントに頼めば届けてくれて、外に出なくても生活できてしまう。
だからこそ、大事なのは『歩く力』を維持することなんです。行動範囲は活力に直結するので、意識的に外出することをオススメします。老人ホームに来る前と同じように外に出る。外出が人との接点を生み、生活のリズムをつくっていきます。外出するのが億劫という人は入居の時点で、食堂や大浴場など共用部が近い1階の部屋を選ぶのも一つの手です」
一方で、老人ホームに入ってから新しい趣味をはじめ、日に日に生き生きとしてきた人もいる。東京都杉並区の老人ホームに暮らす中川夏美さん(83歳、仮名)だ。入居して5年以上が経つが、言葉通り「第二の人生」を満喫しているという。
「入居するまで歌うことが趣味でしたが、コロナをきっかけにきっぱりやめました。いまは心機一転、ビリヤードや麻雀と、入居してから新しくはじめたことばかりです。
最初は知らない人ばかりで不安でしたが、ここに来てむしろ交友関係が広がった気がします」
中川さんは独身で、近年、残された肉親である2人の弟を相次いで亡くした。自身の体調にそれほど不安はなかったが、1人になったことで将来への漠然とした不安を感じ、住んでいた場所から少し離れた老人ホームへの入居を決めたという。
そんな中川さんが、入居して半年後からずっと力を入れているのが、ビリヤード同好会の運営だ。入居者や施設職員から代表を任され、会員名簿の作成から出欠管理まで一手に担っている。
「代表になってから、否が応でも人と関わるようになりました。メンバーが増えれば、顔と名前を覚えなきゃいけない。面倒といえば面倒ですが、それが毎日の張り合いになっています。他の入居者に参加を呼びかけるチラシをつくるのも、密かな楽しみの一つなんです」(中川さん)
ほかにも、中川さんが心身の健康のために入居後から続けている習慣がある。毎週土曜日は施設を出て近くのレストランで夕食をとり、体調が良い日は近所のスーパーで食材を買って自分で料理することだ。
サークル活動で「役割」を見つける
「老人ホームにいると、どうしても会話の相手が同じ入居者ばかりになってしまいます。話題もだんだん同じ話になってくる。だから意識して外に出るようにしているんです。お店の店員さんでも、道ですれ違う人でも構わない。普段は顔を合わせない人、年の違う人と少しでもいいから言葉を交わすことを心がけています。足腰が動くうちは、できるだけ自分の足で出かけるようにもしています」
現在、中川さんは百人一首にもハマっている。入居するまで一度も遊んだことがなかったが、ノートに書き写して現代語訳と読み方を一気に覚えたという。
「大変でしたけど、やってみたら奥が深くて。上の句を聞いただけで下の句がすっと出てくるようになると、本当に嬉しいんです。年をとっても、新しいことは覚えられる。まだまだ死にたくないですね」(中川さん)
「もう歳だから……」と諦めず、常に新しいことをはじめ、目標を持つことが大切だ。前出の小菅氏が解説する。
「自立型の老人ホームの大半は、サークル活動を推奨しています。一人ではできない運動やゲームも、施設なら仲間が見つかりやすい。入居を機に、思い切って新しいことに挑戦してみるのはとてもいいことだと思います。
それに充実した生活を送っている人は、必ずといっていいほど『役割』を持っています。ただ参加するだけでなく、運営する側にも回ってみてください。年をとると誰かに頼られるという経験が減ってくる。だからこそ、誰かに必要とされている、自分が動かないと何かが回らないという感覚が、毎日の活力を生んでくれるはずです」
「週刊現代」2026年5月11日号より
*******************************************************************
引用以上
私は、たとえ悲惨であっても、社会から後ろ指を指されようとも、自分の人生を自分で、好きなように始末したい。矢尽き刀折れて死を迎えるのが私の終末でありたい。
【あと3日で正月になる冬の夜、誰にも見られてはいけないという掟の下、辰平は背板に母を背負って「楢山まいり」へ出発する。辛くてもそれが貧しい村の掟だった。途中、白骨遺体や、それをついばむカラスの多さに驚きながら進み、辰平は母を山に置く。
辰平は帰り道、舞い降ってくる雪を見る。感動した辰平は、「口をきいてはいけない、道を振り返ってはいけない」という掟を破り、「おっかあ、雪が降ってきたよう〜」と、おりんの運のよさを告げ、叫び終わると急いで山を降りていく。
辰平が七谷の上のところまで来たとき、隣の銭屋の倅が背板から無理矢理に70歳の父親を谷へ突き落としているのを目撃する。
「楢山まいり」のお供の経験者から内密に教えられた「嫌なら山まで行かんでも、七谷の所から帰ってもいい」という不可思議な言葉の意味を、辰平はそこではじめて理解する。
家に戻ると、妊婦の松やんの大きな腹には、昨日までおりんがしめていた細帯があり、長男のけさ吉はおりんの綿入れを着て、「雪がふって、あばあやんは運がいいや」と感心していた。
辰平は、もしまだ母が生きているとしたら、今ごろ雪をかぶって「綿入れの歌」(―なんぼ寒いとって綿入れを 山へ行くにゃ着せられぬ―)を考えているだろうと思いを馳せる。】
楢山節考に描かれた、おりんの最期の光景だが、それは、私の知識のなかでは、ナチスによるT4作戦で、先天性障害を持った子供たちが連れてゆかれたガス室(初期はトラックの排気ガス)や、日本で障害者が連れてゆかれた強制不妊手術・強制堕胎質の光景であり、現代日本における老人施設での終末の光景に重なって見える。
私の祖母も百歳まで生きながらえて、老人ホームで亡くなったが、最期は、骨粗鬆症による大腿骨骨折や骨盤骨折を繰り返し、決して安楽な死ではなかった。
彼女は、黒川村(白川町)の出身で、ずいぶん激しい人生だったが、大正時代からの経験なクリスチャン(プロテスタント福音派)で、死ぬまで信仰を守り続けた。
実は、彼女の数年後輩の女性たちは、満蒙開拓団に同行し、凄まじい運命に翻弄された。祖母は、たまたま、その運命を免れた。
https://wararchive.yahoo.co.jp/wararchive/ann2.html
私は死刑廃止運動を行っていたのだが、祖母が当然、賛成してくれると思っていたのだが、あるとき、彼女が、「人を殺した悪いやつは死刑にして当然」と語ったので、びっくりした記憶がある。
後に、アメリカ福音派が、共和党、そしてトランプの支持母体であることを知り、ユダヤ教に非常に近い倫理観を持っている集団であることを知って納得した。
福音派は、ベトナム戦争でも北爆を積極的に支持した。トランプのイラン戦争でも、トランプを熱狂的に支持する人たちが福音派に多い。
私の解釈では、イエスが登場した理由は、古い契約(旧約聖書)を新しい契約(新約聖書)に置き換えるためであり、それは人を「死の恐怖」で支配することをやめさえ「愛」によって人間関係を築く関係に置き換えるためであると思っている。
例えば、「罪なき者は、この女を石撃て」が示すものだ。
https://muchacafe.hateblo.jp/entry/2017/07/10/000807
ついでに書いておくが、ユダヤ教、イスラム教、キリスト教は旧約聖書を生活、倫理の規範にしている。旧約聖書は、人を死の恐怖で支配する教理であることは、トーラー・レビ記20章を見ればわかる。
https://otawara-church.com/?p=1791
現在なお、旧約聖書を倫理規範にしている「キリスト教」は、福音派・モルモン教・エホバの証人などだ。ユダヤ教やイスラム教は、レビ記20章を忠実に残酷に実行している部分がある。ガザ大虐殺も、その例だ。
それでは、世界最大のキリスト教宗派であるカトリックは、旧約を脱しているかといえば、そうではない。カトリックの壮大な伽藍や、キリスト像、イコンなどは、厳格なエッセネ派だったキリストが、もっとも大切にした十戒の教えを真正面から破っている。
十戒の第二項には、「偶像の禁止」が書かれているが、キリストが生涯、偶像をひどく嫌ったのに、死後、キリスト教が成立した瞬間に、偶像化の大行進が始まった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%82%BB%E3%81%AE%E5%8D%81%E6%88%92
ちなみに、モーゼもダビデもイエスも、古代ユダヤ12支族のうち、祭祀を司るエフライム族だといわれる。この部族は、2600年前のアッシリア侵攻にによる古代イスラエル崩壊とともに「失われた十支族」となった。
現代イスラエルの国家プロジェクトであるアミシャーブは、失われた十支族のエフライム族が天皇家だと認定した。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%96
したがって、今、イスラエルがアメリカを焚き付けてイランを攻撃させている原因である「エルサレム第三神殿」の建設にあたって、祭祀者として天皇家の敬宮愛子が拉致誘拐される可能性があると、私は何度も書いている。
イスラエルはエゼキエル書の預言を信じて、ハルマゲドンを引き起こそうとしているのだ。
話が飛んでしまったので、元に戻す。
私自身が老いて、終末施設に向かう現実に直面しているのだが、残念ながら、私は貧乏なので、何千万円もかかる老人施設に入居することはできず、金の切れ目がこの世の切れ目になり、自分で自分を始末する運命しか残されていない。
今や、民間老人ホームは高値の花で、相当な金持ちしか入れない。おまけに詐欺師がウヨウヨと待ち構えているといわれる。
仮に、すべてが完備した理想郷であっても、私に資金があったとしても、私には、資本主義が吐き出している霧の彼方に、朧に見え隠れする、おりんの遺棄された小屋にしか見えない。
それは「死を待つ小屋」だ。
母も、終末を老人施設で迎えた。母は肺機能障害に苦しんだ。咳が止まらなかった。老人ホームの契約医師は、96歳の老母に「肺穿刺検査」を行った。
私は、母の介護から完全に疎外されていたので、それを知らなかったが、その3日後に死んで、事情を知った時、医師もホーム側も、そんなことをすれば死ぬことが当然であることを十分過ぎるほど認識していたと確信した。
それは施設による、終末の無言のプロコトルだった。「殺されたのだ」と思った。
以前、ワタミの老人施設で、老人たちに肉食中心の豪華な食事を提供している理由として、「食事が豪華であるほど早く死ぬので回転率が上がる」というホンネを知ったことがある。
認知症や骨粗鬆症を発症した老人を、家庭介護するのは、とてつもなく大変な負荷があり、それを老人施設が引き受けるようになるのは、資本の論理としても必然性がある。
日本社会に、そんな老人の終末思想を洗脳したのは、小泉純一郎が導入した「介護保険」である。もしかしたら、小泉自身が、その恩恵? を受けているかもしれない。
月5万円しかない私の年金からも、強制的に天引きされている。だが、私は介護施設に入ることは、たぶんできない。最期は、自分で始末するか、カネが切れ、体が動かなくなり餓死するかだろうと思う。
だから、介護施設を敵視しているわけではない。
私は、老人たちが、人間社会、部族社会のなかで最期を迎える施設が隔離されていてはならないと思う。
死を前にした老人たちは、若者や子供たちに、自分の死を見せることが必要なのではないかと思う。
死を隔離してはならない。それを見せることで、若者たちは、死を前提にした人生設計を考えることができる。
今、ネットでもオールドメディアでも、死を残酷と決めつけ、見てはならないものとして疎外する仕組みが成立いている。YouTubeで死を扱おうものなら、たちまちAIが排除してしまう。人間や人生の負の側面を見せないようにしているのだ。
言い換えれば、人生をキレイゴトだけに飾ろうとしているように見える。
それは、たぶん今世紀に入ったあたりで、組織的、意図的に行われた。
昔は、もっと死は身近なものであり、インターネットが普及した1990年ころなら、ネットのコンテンツは死に溢れていた。テレビでも、死が普通に放映されていた。
我々は、ベトナム戦争やクメール・ルージュ、ツチ族・フチ族戦争の、死屍累々たる光景をテレビでも垣間見ることができた。
だが、それは人に不健全なショックを与え、厳重に忌避べきものにされてしまった。老人を介護施設に送り込む思想も、家庭で子供たちに死を見せない配慮があったかもしれない。それは本当に正しいのか?
若者が人生を設計するうえで、死が遠い異世界のものになってしまったなら、それは現実を反映した適正なものになるのだろうか?
私は、自分の死を若者や子供たちに見せることで、人生の本当の意味を伝えることができると考える。
もしも、死の見えない人生だけしか知らないとすれば、それは金儲けを人間唯一の価値と定めた資本主義や新自由主義にとって都合の良い思想しかもたらさない。
死を直接見ることで、人生の意味が「金儲けや他人を見下す」ことだけではない。万人が平等に共有する運命が待ち構えていることを理解できるようになると思う。
逆に、新自由主義は、人の死を、人々が忘れてしまうことを前提にして成立しているように思えるのだ。
人生に若者たちのスペースしか見えていないのは、死を遠ざけ、忌避する意図的な作為が隠れているように見える。
資本主義は、車を売るために、人々がホメオスタシスを生み出す歩行の機会を奪っていった。街路は、交通事故の危険が人を縛り、歩くことをためらわせるような設計になっている。
もしも、為政者が資本主義ではなく、人間の本質を理解できていたなら、人々が安心安全に歩ける歩道や、自転車専用道を用意したにちがいない。だが、為政者は資本家に儲けさせるために車のインフラを拡大することしかしなかった。
老人の終末施設も、同じような意味で設計されているように見える。
歩くことでホメオスタシスが維持され、認知症を避けることができる。それなのに、施設に入れば、生活行動を規制され、自由に歩けなくなる。
豪華な食事と、楽な生活スタイルは、まるで老人の余生を奪っているように見えるのは、私だけなのか…。
老人たちを施設に閉じ込め、安楽死させる。これで、若者たちの人生観に死の意味が遠ざけられてゆく。
老いたなら、施設が死を始末してくれる。これで、ますます現実の社会から死の意味が遠ざかってゆく。これは新自由主義による作為ではないのか?
以下の記事は、私の運命が嘲笑されているようなタイトルなのだが…。
2026.05.09「老人ホームで幸せに暮らす人」「孤独の中で老いて死んでいく人」の決定的な差
https://gendai.media/articles/-/166541
期待外れの老人ホーム生活
長年、自営業を営んできた林義雄さん(79歳、仮名)が老人ホームへの入居を決めたのは、妻を病気で亡くして間もなくのことだ。足が悪くなっていたこともあり、住み慣れた名古屋市内の一軒家を売り、息子家族が暮らす京都から近い大阪市内の施設を選んだという。
仕事一筋で生きてきた林さんにはそれなりに蓄えがあり、老人ホームでの暮らしに期待を抱いていたと振り返る。
「入居当初は、妻の死に落ち込んでいましたが、『自分の時間ができた』と楽しみにもしていました。ただ、新しく住む街で周りには知らない人ばかり。友だちもおらず、だんだん孤独を感じるようになったんです。
それに追い打ちをかけるように、入居当初は2ヵ月に1回は顔を見せに来てくれた息子夫婦もほとんど来てくれなくなった。最近は施設の食堂に行くのも億劫で、部屋で一人で食事を済ませることが増えました」
林さんが老人ホームに移って4年が経つが、いまでは一日のなかで言葉を交わすのは、ほんの数人。週1回の回診で訪れる医師と、1日3回食事を部屋まで届けてくれる施設職員だけだという―。
「人生100年時代」と言われて久しいが、平均寿命は延び続け、介護が必要になることは誰にとっても他人事ではなくなった。老後の住まいの選択肢はさまざまあるが、食事や生活面のサポートが受けやすい、人と触れ合いやすい環境として、老人ホームを選ぶ人も少なくない。
老人ホームで幸せに暮らす方法
だが、同じ施設に暮らしながら、生き生きと毎日を送る人もいれば、林さんのように孤独の中で老いていく人もいる。その差はいったいどこにあるのか。
日本最大級の老人ホーム・介護施設検索サイト「LIFULL 介護」の編集長、小菅秀樹氏が解説する。
「老人ホームで幸せに暮らすには、施設選びから入居後の過ごし方まで、さまざまな要素があります。ただ、充実した生活を送っている人、反対に孤独な人はどの施設にもいる。誰でも幸せになれる「いい老人ホーム」はありません。おカネをかけていい施設に入ろうが、どんなに条件が整っていない施設に入ろうが、最後はその人がどう過ごすかにかかっているんです」
施設によっては、卓球台やカラオケルームなど身体を動かせる設備やレクリエーションが充実している。林さんの住む老人ホームにも、ジムや麻雀、ビリヤードができるスペースがあるが、林さんがそこへ足を運んだことは、一度もないという。
「最初の頃は1階の食堂に通っていたんですが、部屋が5階でエレベーターに乗るのも面倒になってきて……。部屋まで食事を届けてもらえるサービスを使うようになりました。そうしたら今度は筋力が落ちちゃって、歩くと膝が痛くなってますます部屋から出なくなりました。
うちの老人ホームでは月に一度、1階のホールでイベントをやっているのですが、今さら知らない人たちの輪の中に入って行けないですよ。でも、仕事していたときは趣味なんて何もなかったから、一人で楽しむこともできません」(林さん)
いつまでこの孤独は続くのか―林さんは肩を落として、遠くを見つめた。
老人ホームに入れば安心と思っていたのに、気づけば部屋に閉じこもりがちになり、どんどん社会から孤立していく人がいる。その入り口になりやすいのが、「歩かなくなること」だ。日本最大級の老人ホーム・介護施設検索サイト「LIFULL 介護」の編集長、小菅秀樹氏が解説する。
「設備が充実している老人ホームは便利な反面、気づいたら自分で何もできなくなる。食事も日用品もフロントに頼めば届けてくれて、外に出なくても生活できてしまう。
だからこそ、大事なのは『歩く力』を維持することなんです。行動範囲は活力に直結するので、意識的に外出することをオススメします。老人ホームに来る前と同じように外に出る。外出が人との接点を生み、生活のリズムをつくっていきます。外出するのが億劫という人は入居の時点で、食堂や大浴場など共用部が近い1階の部屋を選ぶのも一つの手です」
一方で、老人ホームに入ってから新しい趣味をはじめ、日に日に生き生きとしてきた人もいる。東京都杉並区の老人ホームに暮らす中川夏美さん(83歳、仮名)だ。入居して5年以上が経つが、言葉通り「第二の人生」を満喫しているという。
「入居するまで歌うことが趣味でしたが、コロナをきっかけにきっぱりやめました。いまは心機一転、ビリヤードや麻雀と、入居してから新しくはじめたことばかりです。
最初は知らない人ばかりで不安でしたが、ここに来てむしろ交友関係が広がった気がします」
中川さんは独身で、近年、残された肉親である2人の弟を相次いで亡くした。自身の体調にそれほど不安はなかったが、1人になったことで将来への漠然とした不安を感じ、住んでいた場所から少し離れた老人ホームへの入居を決めたという。
そんな中川さんが、入居して半年後からずっと力を入れているのが、ビリヤード同好会の運営だ。入居者や施設職員から代表を任され、会員名簿の作成から出欠管理まで一手に担っている。
「代表になってから、否が応でも人と関わるようになりました。メンバーが増えれば、顔と名前を覚えなきゃいけない。面倒といえば面倒ですが、それが毎日の張り合いになっています。他の入居者に参加を呼びかけるチラシをつくるのも、密かな楽しみの一つなんです」(中川さん)
ほかにも、中川さんが心身の健康のために入居後から続けている習慣がある。毎週土曜日は施設を出て近くのレストランで夕食をとり、体調が良い日は近所のスーパーで食材を買って自分で料理することだ。
サークル活動で「役割」を見つける
「老人ホームにいると、どうしても会話の相手が同じ入居者ばかりになってしまいます。話題もだんだん同じ話になってくる。だから意識して外に出るようにしているんです。お店の店員さんでも、道ですれ違う人でも構わない。普段は顔を合わせない人、年の違う人と少しでもいいから言葉を交わすことを心がけています。足腰が動くうちは、できるだけ自分の足で出かけるようにもしています」
現在、中川さんは百人一首にもハマっている。入居するまで一度も遊んだことがなかったが、ノートに書き写して現代語訳と読み方を一気に覚えたという。
「大変でしたけど、やってみたら奥が深くて。上の句を聞いただけで下の句がすっと出てくるようになると、本当に嬉しいんです。年をとっても、新しいことは覚えられる。まだまだ死にたくないですね」(中川さん)
「もう歳だから……」と諦めず、常に新しいことをはじめ、目標を持つことが大切だ。前出の小菅氏が解説する。
「自立型の老人ホームの大半は、サークル活動を推奨しています。一人ではできない運動やゲームも、施設なら仲間が見つかりやすい。入居を機に、思い切って新しいことに挑戦してみるのはとてもいいことだと思います。
それに充実した生活を送っている人は、必ずといっていいほど『役割』を持っています。ただ参加するだけでなく、運営する側にも回ってみてください。年をとると誰かに頼られるという経験が減ってくる。だからこそ、誰かに必要とされている、自分が動かないと何かが回らないという感覚が、毎日の活力を生んでくれるはずです」
「週刊現代」2026年5月11日号より
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引用以上
私は、たとえ悲惨であっても、社会から後ろ指を指されようとも、自分の人生を自分で、好きなように始末したい。矢尽き刀折れて死を迎えるのが私の終末でありたい。

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