今回の岡田は良かった。私が、これまで書いてきた数千のブログに共通する課題=「人間疎外」の本質をえぐっていると思う。かなり突き刺さるものがあったという意味だ。

 【悲惨な現実】アメリカはどうしてこんな事に?「高級住宅街だった町にゾンビのような人々がうろうろと…」トランプ支持者の白人労働者層の現実が辛すぎた#岡田斗司夫 #切り抜き #サイコパスおじさん
 https://www.youtube.com/watch?v=6loQvAx8wZk

 最初に、アメリカ経済を象徴しているウォルマート問題が出てくる。
 これは、大企業が地方経済を侵食し、古い商秩序を破壊して、供給独占によって地域社会を奴隷化してゆくプロセスをわかりやすく説明している。

 なぜ、この問題が深刻かといえば、日本でもまったく同じメカニズムで、地域社会が崩壊させられてきたからだ。
 地方のかつての繁華街を訪れると、一様にシャッター街になっている。もう商品を売れるシステムが疎外されてしまったのだ。

 ウォルマートの手口が紹介されているが、100ドルの価値ある自転車を、最初に8ドルで大量販売する。すると地域社会の自転車販売店はすべて自転車がまったく売れんなくなって潰れる。
 その後、ウォルマートは100ドル以上で販売する。長い目で見れば初期投資を回復する手段が、地域社会崩壊後に用意してあるわけだ。

 これは、資本主義経済が勃興してから、大型資本が、地域資本を潰して独占化を図る典型的な手口として知られているが、地域経済が潰れたあと、住民は就職先を失い、大型資本に奴隷のように従属させられてゆく運命が待ち構えている。

 岡田は、その後を語っていないが、実は、日本社会で、そのようにして地域社会を崩壊させ、独占資本として君臨することに成功した商業資本は、ほぼすべて新たな競争の暴風のなかで自滅してゆく経過を辿っている。

 たとえば、これを大規模に展開したのがダイエーだった。次にユニーや西友のような競合大規模小売業者だ。現在は、四日市・岡田克也一族のイオンが、同じ轍にハマって時間の問題で崩壊しようとしている。
 https://chakuwiki.org/wiki/%E3%83%80%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%83%BC%E3%81%AE%E8%A1%B0%E9%80%80

 西友は、ウォルマートに吸収された。イオンは崩壊寸前の中国という泥舟に自ら乗り込み、一緒に沈んでいる状況だ。
 https://www.sankei.com/article/20251130-AGJ7ITFM6NEQZFFXI4RAXPC5FY/

 私は、近所の自治体を席巻しているバローグループの変遷を20年以上見つめて、なぜ、拡大競争という轍にはまって自滅してゆくのかを観察してきた。
 https://hirukawamura.livedoor.blog/archives/5936772.html

 結局は、経営陣が、経営者コミュニティのなかで覇を競い合い、見栄を張って身の丈を顧みない拡大競争に引きずられ、タヌキやウサギしかいないような過疎地域にまで大規模店を出店することで、経営困難に陥ってゆく姿を見てきたのだ。
 それは彼らの辞書に、拡大しかなく、引くこと、身の丈を知ることが書かれていなかったせいだろう。

 資本主義は、世界が弁証法的であることを理解できないのだ。すなわち、成長があれば衰退がある。上昇があれば下降がある。生があれば死がある。事物現象は新陳代謝し、人は老い、衰弱し、新しい、より若く合理的なものにとって代わられてゆくという法則だ。

 資本主義の経営者たちの大部分は、世界には成長と上昇拡大しかないように思い込まされていて。まるでトランプのように、自分の力を誇示し、人生を飾りたいと願っている。
  大規模小売店の拡大競争を続けるうちに、狸の住む、利益の見込めない荒野にまで新店舗を建設するようになるのだが、これを自制し、身の丈を顧みる落ち着いた経営者がいないのだ。
 
 日本は、世界のなかで、もっとも長寿命の企業が多い。世界最古の金剛組は1400年以上の歴史があり、世界の100年以上の長寿企業の半分以上を日本企業が占めている。
 https://note.com/metamorphose_aya/n/nbafd452ddabb

なぜ、こうなっているのか? その理由は、歴史的な経営者たちが、ものごとの本質を見抜く知恵を持っていたからだ。
 日本の企業は、経営者の特権を守り、欲望を満たすための道具ではない。人々の幸せに奉仕するためのシステムであり、経営者はそれを人生の喜び、誇りにしてきたからだ。
 「企業は自分の利権のためのものではない 」
 これを最初に明文化して理念として社員を諌めたのが三井高利だった。
 https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00258/030900002/

 江戸時代、ホンモノの経営者たちは「成り金」を嫌った。嵐や地震がやってきても倒れない地域社会に根を張った商業、企業を構築することが最大の価値だった。
 それは地域社会全体で商売の利益を分かち合うという「三方良し」の思想が根付いていたからだ。
 だが、日本の長寿企業を支えた、そんな価値観のなかに、明治の産業革命が資本主義を招き入れ、さらにバブル時代以降、中曽根康弘と竹中平蔵が「新自由主義」を導入した。
 
 新自由主義は、成長と無制限の金儲け、独占と特権階級を目指す競争をもたらした。
 つまり、企業は、「イチバーン」という優越感、「他人を見下す」という見え張り競争の価値観のなかで競技を始めたのだ。
 小売業種が、その最先端を突っ走るランナーだった。
 ダイエー・ユニー・イオン・バローが「われこそ一番槍」の栄誉を目指して身の丈を忘れて駆け出して、いつのまにか誰もいない荒野のなかで、気づいたら需要供給のバランスを見失って逸脱し、世間から取り残され、潰れていったのだ。

 私は、安倍晋三政権が2012年に発足し、消費税10%を実現したとき、これで、「戦後日本経済の成長は終わった」と確信した。
 安倍の所属する統一教会=自民党は、教祖文鮮明が、「日本の税金を4~5倍に上げて、生活水準を三分の一に落とさせる」と表明していたので、消費増税は、その手段だった。

 だが、世間にはバブル時代の経済メカニズムが忘れられない成金趣味者がわんさかといた。ベンツやロールスロイスに乗って、自分の栄華を誇っていたミニトランプの成り金たちだ。
 我が家の近所の恵那峡のほとりに、ロマンチックな欧州の寺院を模した教会が建っていて、そこで結婚式ビジネスが行われていた。
 そこが、2013年に大規模に改修され、中世風のスケールダウン教会(聖ラファエル教会)が作られた。

 たぶん数十億円の費用が投じられただろう。まあ、プライダルビジネスを狙ったことが明らかで、1980年代なら成功したかもしれない。しかし、統一教会=文鮮明の魔手が、その構想に立ちはだかり、世間の生活水準が下がり、もうプライダルビジネスが成立しなくなった。
 高価な結婚式を挙げる余裕が、誰からも失われてしまったのだ。

 経営者は、恵那駅前に素晴らしい和風豪邸を建てたが、まだ新築だというのに、いつのまにか更地にされ。ロールス・ロイスは軽自動車に代わった。
 そして、いまや聖ラファエル教会は、誰一人寄付くものもなく、寂れた姿を晒している。

 同じように、バブル時代に普通だった金儲けシステムが、文鮮明ビジョンによって成立できなくなった。統一教会と財務省が、底辺の経済活動を大増税で抑圧した結果、底辺生活者需要が失われ、岡田一族のイオンも風前の灯火になっている。
 供給が過剰になり、日本経済は、誰も手を出せない高級品が溢れながら窒息してしまっているのだ。

 冒頭では、拡大競争に明け暮れて自滅するマーケット・チェーン・ビジネスを挙げたのだが、なかには、消費者に寄り添って徹底的な安売りを行うマーケットもあって、たとえば、安く買えるカネスエグループなどは、驚くほどの盛況を見せている。
 バローグループは、利益率の神話に拘泥し、取り残されているといえる。このままでは、ダイエーやユニーの徹を踏んで、やがてウォルマートに吸収されるかもしれない。

 こうした、底辺の消費者需要を無視した供給神話を信奉しているのが、新自由主義経済を日本に導入した竹中平蔵の功績といえるだろう。
 竹中は、ケインズ経済学を批判する、新保守主義学派の経済学者であって、需要よりも供給に主眼を置いた人物である。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%B9%E4%B8%AD%E5%B9%B3%E8%94%B5

 竹中平蔵と文鮮明は、たぶん何かのつながりがあると私は確信している。いずれも、底辺の消費者需要を破壊し、日本国を破滅させる巨大な活動を行った。
 竹中平蔵は、日本の若者たちを窮乏させ、企業に隷属させ、景気を低迷させている最大の功労者だ。彼のせいで、日本の少子化傾向がとどまるところを知らない。
 まさに、朝鮮両班階級が求めた、日本国の破滅と日本人の奴隷化に最大の貢献をしている。竹中のせいで、日本の若者たちの数割が、ルンペンプロレタリアートに転落させられたのだから…。

 冒頭の岡田斗司夫に戻るが、岡田のコンテンツに共通するのは、「人の能力が、遺伝子に左右されている」という原理だ。
 まあ、それは事実だと私も思う。30歳くらいまでは、意思と努力がものをいうが、40歳くらいからの人間は、遺伝能力に規定される。
 つまり、地頭がいいやつは、40歳過ぎて、本当に能力を発揮するようになる。それまでは、環境や努力が、自分を形成する傾向が大きい。

 だが、私の経験では、地頭がいい人ほど認知症を発症しやすいのだ。岡田斗司夫は私より5歳若いが、もう60代後半の老人だ。
 今は、ボキャブラリーも豊富で、集大成を発揮している絶頂期だと思うが、もう数年もすれば、彼に認知症の恐怖が押し寄せてくるだろう。
 あれ、それと指示代名詞しか思い浮かばなくなる恐怖だ。

 これを克服するには、毎日7000歩近く歩くことで、ホメオスタシスと免疫を活性化するしかないのだが、彼にそれができるだろうか?
 私は、たとえ、ウォルマートが行っている経済独占化、人間奴隷化の社会になったとしても、最後に勝つのは「歩くやつ」だと確信している。
 私は、毎日歩いていてもアホだが、これは例外だ。

 これから、新自由主義、巨大企業による人間奴隷化社会が成立することは、岡田がコンテンツのなかで指摘しているとおりなのだが、そうして、最終的な支配者になった独占企業=国家独占資本の支配者たちにも、間違いなく認知症が待ち構えている。
 それは彼らが、完全自動化、超高級車に乗って歩かなくなるからだ。
 歩かなければ認知症になる。これが「最後の一厘の仕組み」、最後のどんでん返しというやつだ。支配階級はアホになるのだ。

 歩くやつが人類最後の勝利を収めるのだ。そして、岡田の言う通り、人間の遺伝的進化は、40歳を過ぎて発露する。
 奴隷にされた若者たちも、本当はアホじゃない。中年になったことを自覚した段階で、本能が呼び覚まされ、高い知性が息を吹き返す。
 何が真実か、見極めることができるようになり、人生の本質が見えるようになる。

 人生は、今生きているたった一つの肉体ではない。数万年前から、数万年先の未来につながる一連の、霊的意識という流れのなかにある共通する存在であり、その存在理由は、カルマであり、カルマの本質は、絶対精神に向かう意識の流れである。
 宇宙の本質は熱平衡に向かうエントロピーの流れであり、人生の本質は、数百回も肉体を取り替えながら、体験する意識の流れであり、それが究極の平衡を獲得し、矛盾が消えたとき「上がり」という絶対精神を獲得し、もはや物質を必要としなくなるのだ。

 我々の人生は一つではない。この肉体で学んだ真実は、必ず次の肉体に受け継がれる。でなければ、死の価値がない。生の価値もない。
 数百世代前の自分から、数百世代未来の自分に至る意識の流れこそ、自分の真実であることを理解する必要がある。
 当分のあいだ、「絶対精神=イデー」に到達することはできないから、安心していいぞ。まだ人生の先は、長すぎるほど長い。次の肉体が待っている。