昨日(5月30日)、毎日行っている肺線維症呼吸トレーニング(2014年から週五程度続けている)のため、ブログを書いてから11時ころ、保古山に向かうと、蛭川街道の両側に、たくさんの人が集まっていて、何かを待っているようだった。もしかして祭りでもやるのだろうか?
有名な杵振り祭は、4月中旬だし、いったいなんだろう?
「何が行われるのか?」まったく知らなかったので、案内看板があるかと探したがまったくない。集まっている人たちは、老人夫婦も含まれていたが、大型バイクの若者が多かった。
帰路、蛭川街道を、凄まじい爆音を響かせたカラフルなレースカーが、たくさん通過していた。
結局、帰宅してネットで調べてみると、なんとラリーが行われていたのだ。
https://www.gifu-np.co.jp/articles/-/716598
毎日、蛭川村内を走っているのだが、横断幕や看板など、事前に予告する広報が一切行われていなかったので、ラリーなどに興味皆無の私は、当日まで、まったく知らなかった。
メイン会場は、どうも恵那峡ランドと笠置林道だったようだ。
笠置林道は、笠置キャンプ場と蛭川・笠置町を結ぶ林道で、近年は熊が増えているのと、リニア中津川基地と若狭原発群を結ぶ大規模な「恵那幹線高圧線ルート」が新設されたことで、私はトレーニング場を、笠置山から根の上に変えたのだ。
もう5年くらい前から、中津川や恵那、明智・上矢作などの東濃地域で、ラリーレースが繰り返されるようになった。一昨年には根の上高原ルートでも行われた。
たぶん、理由は、過疎化が進み、公共交通機関が次々に廃止され、住民がラリーのような迷惑イベントを受け入れやすくなったと判断されたのだろう。
公道ラリー開催は「公共の福祉」ではない 2024年11月24日
https://hirukawamura.livedoor.blog/archives/6177285.html
正直、迷惑でしかないラリーレースだが、バスのない過疎地では、人が集まるだけで、なんとなく嬉しく感じてしまうので、迷惑イベントでも受け入れてしまうのだろう。
それより、若者たちが嬉々として受け入れているうちに、「暴走することがかっこいい」という価値観が刷り込まれてしまうことが一番心配なのだ。
「他人に迷惑をかけないように、穏やかに慎ましく生きる」という日本人らしい価値観が、公道レースを見ているうちに、バカバカしいと思うようになるのではないだろうか?
「むちゃくちゃやるのが、痛快だ」と、峠ドリフトに興じる若者を増やすにちがいない。今でも遠ヶ根峠の舗装など、ドリフト痕に覆われているのに…。
もっとも私が若い頃、夢中になっていた、厳冬期登山クライミングも似たようなものかな…?
時速百数十キロという猛スピードのラリー競技が、一般住宅の存在する地域を疾走してゆく。ときに運転を誤って激突事故や転落事故が起きることもある。
人口の多い地域なら、安全上の理由で、大きな反発を招くにちがいない。
一昨年には、恵那で腹を立てた人がレースを妨害する事件も起きた。
https://www.chunichi.co.jp/article/1017807
今年は、住民である私が、まったく知らないうちに、わが蛭川村にまでラリーが押し寄せてきた。そういえば、最近、レースのような爆音が遠くで聞こえていた。
私は、蛭川のようなバスも廃止され、駅から徒歩4時間という過疎村に、人口減少を利用した、こんなイベントが押しかけてきていることに、主宰者が考えている計算に不快感を抱く。
完全に人的往来が遮断されている山岳地帯で行われるなら、まだ安全な日常への影響は少ないかもしれないが、ここにはわずかな居住者とのんびりした日常生活がある。
しかし、居住者が少ない過疎の住民が、多少の危険に晒されても大きな問題にはならないと主宰者が計算したにちがいない。子供が普段のように飛び出したらどうなるんだよ?
私が子供の頃、1960年くらいだと思うが、魚介運搬用トロ箱が、発泡スチロールに駆逐された時代があった。
このとき、私は、発泡スチロールの登場で、交通事故が大幅に減ると期待したのだ。
当時、私は名古屋市中村区の黄金通付近に住んでいて、まだ黄金陸橋完成前、踏切で待たされて開いたとたんダッシュする車に、6車線もある黄金通を横断している歩行者がはねられ、轢かれて毎日のように事故死者が出ていた。救急車のサイレンが途絶えたことがなかった。
母は、信心深い人で、毎日のように犠牲者が出ている道端で、花を捧げ、般若心経と読経していた。
だから、小学生だった私は、車の前部を、厚い発泡スチロールで覆えば、事故死者が大幅に減ると確信し、自動車メーカーは、当然、事故を減らすため実行するだろうと思った。
しかし、安全対策に発泡スチロールバンパーを設けた車製造企業は、ただの一社も現れなかった。逆に、ヨタハチとかダットサンとか、かっこいいスポーツカーがたくさん登場してきた。どの車も、走行性能ばかり高く、安全対策には目が向けられていなかった。
当時(1965年)、日本で初めての高速道路である名神高速が完成した。これによって車の高速化はますます加速した。最高速が100Kmしか出せないはずなのに、200Km近く出る車が普通に売られるようになった。
もちろん発泡スチロールバンパーは使われなかった。
最高速100キロ規制があるのに、どうして200キロ出る車が売られるのか? 私には理解不能だった。
今回の主題である公道ラリーの発想もまた、同じである。
制限速度50Km規制の公道で、100キロ超えの爆走競争をするという発想が、私には理解不能だ。
「そんなに急いでどこへゆく」という有名な交通標語があるのだが、高速で走ることの意味は、競争社会のなかで、「他人を見下す」自己満足を得るという意味以外に何があるというのだろう?
結局、スポーツカーが登場してくるということの意味は、資本主義社会が、人々の優越感、劣等感を利用して、他人を見下すアイテムに金を使わせるということだ。
まさに資本の論理によって、人々に「見下し競争」あるいは「優越感競争」をさせているということだろう。
ラリーが行われることも、まったく同じ意味だ。ガソリンをぶちまけて危険しか産まない競争は、優越感によって行われるのだ。
勝者に何が与えられるというのか? あなたは交通事故を減らせるのか?
「競争心を利用して金儲けする」
これが「資本の論理」だ。競争があれば、確かに進歩がある。優れたものが生み出されるにちがいない。しかし、敗者、劣ったものの価値は見失われてゆく。
「人をどれだけ幸せにできるか?」という価値観が見失われてゆくのだ。
私は、公道ラリーには賛成できない。自治体側は、「人が集まってくれさえすればいい」と思っているだろうが、集め方の動機が間違っている。競争心を煽ることは負の連鎖しかもたらさない。
集まってきた人々に、幸せをお土産に持たせて返すようなイベントを考えられないのか? まだハイキングイベントの方が100倍もマシだと私は思う。
ホームレスや生活困窮者のための施設を作ったり、仕事を作って、その日ごとに、日給で支払ったりという事業を、自治体主導で、できないのか?
蛭川は、維新のときに鎌倉仏教を廃仏毀釈で捨て去ってしまったが、我々日本人は、先祖である鎌倉時代の聖や遊行僧が、釈迦の思想を全国に行脚して教えて回った。
人生の本質が因果応報であること。悪いことをすれば地獄に落ちること。人を大切にすること…などだ。
だから、武家階級を別にすれば、民衆は、人を大切にする心を育てて今に至っている。戦後日本の繁栄、それも心の繁栄と思いやりの国民性を育てたものは何かといえば、私は鎌倉仏教の教えが大きいと思う。
でなければ1700年前の世界最古の企業が生きているはずがない。世界の100年超長寿企業の半数以上が日本企業なのだ。人を大切にする国民性だけが、長寿企業をもたらしているのである。
日本には7万の寺院があり、8万の神社がある。そこで、我々の先祖は、生きるための知恵=思想を学んできた。
今、信仰喪失からすべての宗教施設が消えようとしている。代わって、日本国破壊を宣言する不可解な新興宗教詐欺グループ=統一教会が登場し、日本の三権、政府・国会・司法を乗っ取り、皇室まで乗っ取ろうとしている。
今や、日本政府は統一教会のいいなりであり、首相も統一教会員だ。
自衛隊幹部にも40年前から統一教会員が参入していると文鮮明語録に明記している。(発言は1980年代)
https://insaem.jp/1641/malsm0001-1/#gsc.tab=0
以下一部抜粋引用
日本の自民党を中心に私が今までやってきたのがそれです。毎週セミナーをしたんです。 経済問題、政治問題、軍事問題、文化問題まですべてセミナーをしたのです。日本の首相の顧問、政治顧問はたった1人か2人なんです。しかし学者は多いんです。 彼らが頭を突き合わせてクラブのようにセミナーをするんです。
文鮮明先生御言葉選集 110巻 p.195
日本統一教会の会長です。 勝共連合会長のその人を中心に、日本の首相を作るための経済団があり、そこに480人余りが連なっているというんです。岸首相がその後継を譲り渡し、福田首相が全部紹介してくれたりしました。
文鮮明先生御言葉選集 110巻 p.192
(アマ註=現統一教会会長、梶栗正義の父親、玄太郎を中心に清和会が作られ、歴代日本首相が作られてきた)
銃の製造・販売は「共産主義」への対応のため
私はこの共産党のことをよく知っているので、日本の共産党はいつも脅迫・恐喝し、必ず暴力に訴えてくることを知っていたので、日本に銃砲社――猟銃ですね――を38カ所作りました。
(アマ註=日本の猟銃鉄砲店の多くを統一教会員が経営、朝日新聞襲撃事件に使われた猟銃も統一教会が手渡した)
文鮮明先生御言葉選集 110巻 p.170
統一教会が銃砲店をもち、日本に猟銃を輸入・販売していた真の目的は「共産主義(者)との戦いに備えるため」にあり「作戦上必要」なのだと文氏が明言しています。
銃砲店を日本に作り、空気銃を5万丁輸出した
日本人を済州島(韓国)に連れて行って訓練した
銃はエアライフル、鳥用の猟銃(⇒武器・兵器ではない)
済州島の「訓練」は名目上、狩猟大会
でも、真の目的は共産主義(者)の暴発に備えるため
日本の警視庁は当初警戒したものの、実は統一教会が共産主義(者)の暴発があった時に対抗してくれることを望んでいる
韓国が生きるためには必ず日本を後ろ盾にしなければならないということです。日本だけではだめなんですよ。必ずアメリカを、どうにかして結びつけなければならないということです。
文鮮明先生御言葉選集 110巻 p.168
*******************************************************************:
原文は、上のリンクに完全版が紹介されています。抜粋引用以上。
日本の首相は、田中角栄を除き、たぶん全員が統一教会員である疑いがある。
統一教会が目指してきたのは、朝鮮儒教に支配された家族観、道徳観を持った日本国民の育成であって、儒教に敵対する鎌倉仏教を排除してきた。だから、仏教が衰退したのだと私は考えている。
朝鮮儒教、最大の本質は、人間には先天的な序列=身分・地位の差別があるというものだ。この思想が、万物平等を唱える釈迦の仏教思想と根源的に矛盾している。
「他人を見下す差別や序列」を、統一教会は日本社会に押し付けようとしている。
私には、冒頭に取り上げたラリー・自動車競争も、そうした序列思想がもたらした価値観から来ているように思えるのだ。
日本には、1900年~1945年まで、300万人の朝鮮韓国人が移住し、そのまま日本人になって住み着いている。
一説によれば、国会議員の半数が、朝鮮系の子孫だとの噂もある。朝鮮人特有の人相をしている高市早苗や岸田文雄、そして安倍晋三など、戦後自民党首相の多くも朝鮮系である。
こうした人々が、日本人の因果応報=平等思想の鎌倉仏教思想を破壊し、競争主義をもたらしてるのではないかと私は思う。
https://hirukawamura.livedoor.blog/archives/6138224.html
https://hirukawamura.livedoor.blog/archives/6081138.html
有名な杵振り祭は、4月中旬だし、いったいなんだろう?
「何が行われるのか?」まったく知らなかったので、案内看板があるかと探したがまったくない。集まっている人たちは、老人夫婦も含まれていたが、大型バイクの若者が多かった。
帰路、蛭川街道を、凄まじい爆音を響かせたカラフルなレースカーが、たくさん通過していた。
結局、帰宅してネットで調べてみると、なんとラリーが行われていたのだ。
https://www.gifu-np.co.jp/articles/-/716598
毎日、蛭川村内を走っているのだが、横断幕や看板など、事前に予告する広報が一切行われていなかったので、ラリーなどに興味皆無の私は、当日まで、まったく知らなかった。
メイン会場は、どうも恵那峡ランドと笠置林道だったようだ。
笠置林道は、笠置キャンプ場と蛭川・笠置町を結ぶ林道で、近年は熊が増えているのと、リニア中津川基地と若狭原発群を結ぶ大規模な「恵那幹線高圧線ルート」が新設されたことで、私はトレーニング場を、笠置山から根の上に変えたのだ。
もう5年くらい前から、中津川や恵那、明智・上矢作などの東濃地域で、ラリーレースが繰り返されるようになった。一昨年には根の上高原ルートでも行われた。
たぶん、理由は、過疎化が進み、公共交通機関が次々に廃止され、住民がラリーのような迷惑イベントを受け入れやすくなったと判断されたのだろう。
公道ラリー開催は「公共の福祉」ではない 2024年11月24日
https://hirukawamura.livedoor.blog/archives/6177285.html
正直、迷惑でしかないラリーレースだが、バスのない過疎地では、人が集まるだけで、なんとなく嬉しく感じてしまうので、迷惑イベントでも受け入れてしまうのだろう。
それより、若者たちが嬉々として受け入れているうちに、「暴走することがかっこいい」という価値観が刷り込まれてしまうことが一番心配なのだ。
「他人に迷惑をかけないように、穏やかに慎ましく生きる」という日本人らしい価値観が、公道レースを見ているうちに、バカバカしいと思うようになるのではないだろうか?
「むちゃくちゃやるのが、痛快だ」と、峠ドリフトに興じる若者を増やすにちがいない。今でも遠ヶ根峠の舗装など、ドリフト痕に覆われているのに…。
もっとも私が若い頃、夢中になっていた、厳冬期登山クライミングも似たようなものかな…?
時速百数十キロという猛スピードのラリー競技が、一般住宅の存在する地域を疾走してゆく。ときに運転を誤って激突事故や転落事故が起きることもある。
人口の多い地域なら、安全上の理由で、大きな反発を招くにちがいない。
一昨年には、恵那で腹を立てた人がレースを妨害する事件も起きた。
https://www.chunichi.co.jp/article/1017807
今年は、住民である私が、まったく知らないうちに、わが蛭川村にまでラリーが押し寄せてきた。そういえば、最近、レースのような爆音が遠くで聞こえていた。
私は、蛭川のようなバスも廃止され、駅から徒歩4時間という過疎村に、人口減少を利用した、こんなイベントが押しかけてきていることに、主宰者が考えている計算に不快感を抱く。
完全に人的往来が遮断されている山岳地帯で行われるなら、まだ安全な日常への影響は少ないかもしれないが、ここにはわずかな居住者とのんびりした日常生活がある。
しかし、居住者が少ない過疎の住民が、多少の危険に晒されても大きな問題にはならないと主宰者が計算したにちがいない。子供が普段のように飛び出したらどうなるんだよ?
私が子供の頃、1960年くらいだと思うが、魚介運搬用トロ箱が、発泡スチロールに駆逐された時代があった。
このとき、私は、発泡スチロールの登場で、交通事故が大幅に減ると期待したのだ。
当時、私は名古屋市中村区の黄金通付近に住んでいて、まだ黄金陸橋完成前、踏切で待たされて開いたとたんダッシュする車に、6車線もある黄金通を横断している歩行者がはねられ、轢かれて毎日のように事故死者が出ていた。救急車のサイレンが途絶えたことがなかった。
母は、信心深い人で、毎日のように犠牲者が出ている道端で、花を捧げ、般若心経と読経していた。
だから、小学生だった私は、車の前部を、厚い発泡スチロールで覆えば、事故死者が大幅に減ると確信し、自動車メーカーは、当然、事故を減らすため実行するだろうと思った。
しかし、安全対策に発泡スチロールバンパーを設けた車製造企業は、ただの一社も現れなかった。逆に、ヨタハチとかダットサンとか、かっこいいスポーツカーがたくさん登場してきた。どの車も、走行性能ばかり高く、安全対策には目が向けられていなかった。
当時(1965年)、日本で初めての高速道路である名神高速が完成した。これによって車の高速化はますます加速した。最高速が100Kmしか出せないはずなのに、200Km近く出る車が普通に売られるようになった。
もちろん発泡スチロールバンパーは使われなかった。
最高速100キロ規制があるのに、どうして200キロ出る車が売られるのか? 私には理解不能だった。
今回の主題である公道ラリーの発想もまた、同じである。
制限速度50Km規制の公道で、100キロ超えの爆走競争をするという発想が、私には理解不能だ。
「そんなに急いでどこへゆく」という有名な交通標語があるのだが、高速で走ることの意味は、競争社会のなかで、「他人を見下す」自己満足を得るという意味以外に何があるというのだろう?
結局、スポーツカーが登場してくるということの意味は、資本主義社会が、人々の優越感、劣等感を利用して、他人を見下すアイテムに金を使わせるということだ。
まさに資本の論理によって、人々に「見下し競争」あるいは「優越感競争」をさせているということだろう。
ラリーが行われることも、まったく同じ意味だ。ガソリンをぶちまけて危険しか産まない競争は、優越感によって行われるのだ。
勝者に何が与えられるというのか? あなたは交通事故を減らせるのか?
「競争心を利用して金儲けする」
これが「資本の論理」だ。競争があれば、確かに進歩がある。優れたものが生み出されるにちがいない。しかし、敗者、劣ったものの価値は見失われてゆく。
「人をどれだけ幸せにできるか?」という価値観が見失われてゆくのだ。
私は、公道ラリーには賛成できない。自治体側は、「人が集まってくれさえすればいい」と思っているだろうが、集め方の動機が間違っている。競争心を煽ることは負の連鎖しかもたらさない。
集まってきた人々に、幸せをお土産に持たせて返すようなイベントを考えられないのか? まだハイキングイベントの方が100倍もマシだと私は思う。
ホームレスや生活困窮者のための施設を作ったり、仕事を作って、その日ごとに、日給で支払ったりという事業を、自治体主導で、できないのか?
蛭川は、維新のときに鎌倉仏教を廃仏毀釈で捨て去ってしまったが、我々日本人は、先祖である鎌倉時代の聖や遊行僧が、釈迦の思想を全国に行脚して教えて回った。
人生の本質が因果応報であること。悪いことをすれば地獄に落ちること。人を大切にすること…などだ。
だから、武家階級を別にすれば、民衆は、人を大切にする心を育てて今に至っている。戦後日本の繁栄、それも心の繁栄と思いやりの国民性を育てたものは何かといえば、私は鎌倉仏教の教えが大きいと思う。
でなければ1700年前の世界最古の企業が生きているはずがない。世界の100年超長寿企業の半数以上が日本企業なのだ。人を大切にする国民性だけが、長寿企業をもたらしているのである。
日本には7万の寺院があり、8万の神社がある。そこで、我々の先祖は、生きるための知恵=思想を学んできた。
今、信仰喪失からすべての宗教施設が消えようとしている。代わって、日本国破壊を宣言する不可解な新興宗教詐欺グループ=統一教会が登場し、日本の三権、政府・国会・司法を乗っ取り、皇室まで乗っ取ろうとしている。
今や、日本政府は統一教会のいいなりであり、首相も統一教会員だ。
自衛隊幹部にも40年前から統一教会員が参入していると文鮮明語録に明記している。(発言は1980年代)
https://insaem.jp/1641/malsm0001-1/#gsc.tab=0
以下一部抜粋引用
日本の自民党を中心に私が今までやってきたのがそれです。毎週セミナーをしたんです。 経済問題、政治問題、軍事問題、文化問題まですべてセミナーをしたのです。日本の首相の顧問、政治顧問はたった1人か2人なんです。しかし学者は多いんです。 彼らが頭を突き合わせてクラブのようにセミナーをするんです。
文鮮明先生御言葉選集 110巻 p.195
日本統一教会の会長です。 勝共連合会長のその人を中心に、日本の首相を作るための経済団があり、そこに480人余りが連なっているというんです。岸首相がその後継を譲り渡し、福田首相が全部紹介してくれたりしました。
文鮮明先生御言葉選集 110巻 p.192
(アマ註=現統一教会会長、梶栗正義の父親、玄太郎を中心に清和会が作られ、歴代日本首相が作られてきた)
銃の製造・販売は「共産主義」への対応のため
私はこの共産党のことをよく知っているので、日本の共産党はいつも脅迫・恐喝し、必ず暴力に訴えてくることを知っていたので、日本に銃砲社――猟銃ですね――を38カ所作りました。
(アマ註=日本の猟銃鉄砲店の多くを統一教会員が経営、朝日新聞襲撃事件に使われた猟銃も統一教会が手渡した)
文鮮明先生御言葉選集 110巻 p.170
統一教会が銃砲店をもち、日本に猟銃を輸入・販売していた真の目的は「共産主義(者)との戦いに備えるため」にあり「作戦上必要」なのだと文氏が明言しています。
銃砲店を日本に作り、空気銃を5万丁輸出した
日本人を済州島(韓国)に連れて行って訓練した
銃はエアライフル、鳥用の猟銃(⇒武器・兵器ではない)
済州島の「訓練」は名目上、狩猟大会
でも、真の目的は共産主義(者)の暴発に備えるため
日本の警視庁は当初警戒したものの、実は統一教会が共産主義(者)の暴発があった時に対抗してくれることを望んでいる
韓国が生きるためには必ず日本を後ろ盾にしなければならないということです。日本だけではだめなんですよ。必ずアメリカを、どうにかして結びつけなければならないということです。
文鮮明先生御言葉選集 110巻 p.168
*******************************************************************:
原文は、上のリンクに完全版が紹介されています。抜粋引用以上。
日本の首相は、田中角栄を除き、たぶん全員が統一教会員である疑いがある。
統一教会が目指してきたのは、朝鮮儒教に支配された家族観、道徳観を持った日本国民の育成であって、儒教に敵対する鎌倉仏教を排除してきた。だから、仏教が衰退したのだと私は考えている。
朝鮮儒教、最大の本質は、人間には先天的な序列=身分・地位の差別があるというものだ。この思想が、万物平等を唱える釈迦の仏教思想と根源的に矛盾している。
「他人を見下す差別や序列」を、統一教会は日本社会に押し付けようとしている。
私には、冒頭に取り上げたラリー・自動車競争も、そうした序列思想がもたらした価値観から来ているように思えるのだ。
日本には、1900年~1945年まで、300万人の朝鮮韓国人が移住し、そのまま日本人になって住み着いている。
一説によれば、国会議員の半数が、朝鮮系の子孫だとの噂もある。朝鮮人特有の人相をしている高市早苗や岸田文雄、そして安倍晋三など、戦後自民党首相の多くも朝鮮系である。
こうした人々が、日本人の因果応報=平等思想の鎌倉仏教思想を破壊し、競争主義をもたらしてるのではないかと私は思う。
https://hirukawamura.livedoor.blog/archives/6138224.html
https://hirukawamura.livedoor.blog/archives/6081138.html

コメント
「日本人は統一教会のヤバさに無頓着である」という事実を示していると思います。。
多くの人が「統一教会が日本社会を操っている実態」を知らないのです。
ラリーの話については仰るとおりだと思います。
>ホームレスや生活困窮者のための施設を作ったり、仕事を作って、その日ごとに、日給で支払ったりという事業を、自治体主導で、できないのか?>
については「金にならないからやらない」という事でしょう。
自治体も「金になるかどうか?」が全てなんです。
「生活困窮者のための施設を作っても金にならないし、票にもならない。持ち出しが増えるだけ。」と考えているでしょう。
持ち出しが増えれば住民から苦情も出るかもしれません。
ラリー開催は騒音や安全性に問題があっても都会から若者が集まって多少なりとも過疎地域に金を落とすなら、開催する事に意味があると考えるのです。
ラリー開催業者からキックバックを得られるなら、住民の苦情や迷惑も厭わないのでしょう。
(そこは「適当にあしらえばいい」と考えているでしょう。)
過疎地ほど住民税収入も少なくなるので、
金になるイベントは(自治体の方からお願いしてでも)歓迎するのでしょう。
これも「金が全て」という価値感になっているからです。
「さもありなん」ですが、これは恐ろしい事です。
これがいかに恐ろしい事であるか?
日本人はなぜ解らないのでしょう?
>日本の首相は、田中角栄を除き、たぶん全員が統一教会員である疑いがある。>
私は鳩山由紀夫や菅直人は違う様な気がします。菅直人は色々問題点もある首相でしたが、福島の原発事故の際の対応はミスはあれど、
国民への誠実さはあったと思います。
民主党政権の鳩山由紀夫は沖縄基地問題で外務官僚に騙され、菅直人は財務省官僚に騙されました。二人とも官僚に騙されたのです。
騙されたのはそれだけ「お人好しで考えが甘かった」のです。官僚の狡猾さへの理解が足らなかったのです。
でも今になって思えば、「民主党政権の首相二人を騙したのは原理研出身官僚だったのかもしれない」と私は推測します。
この可能性はあると思うのです。
その様に思うのは理由があります。
統一教会の洗脳を受けた人間は「嘘をつくのがデフォルト」になります。「自分たちの都合の為にいかに騙すか?」が彼らの信条です。
だから統一教会の幹部は嘘に長けています。
統一教会と嘘はセットです。高市や安倍晋三を見ても判る様に息を吐く様に嘘をつくのが彼らの習性です。
嘘をつく為の訓練を受けているのかもしれません。
(一旦切ります。)
>「他人を見下す差別や序列」を、統一教会は日本社会に押し付けようとしている。>
これに気づく事ができない人がほとんどです。
でもこれは人間を決して幸せにしない価値観です。
「因果応報=平等思想の鎌倉仏教思想」は日本で育まれた日本独自の価値感です。
日本人が誇りとすべき素晴らしい価値観です。この価値観を大切に守ってゆく事が私たちの務めなのです。
私たち日本人を日本人たらしめているのは特定の宗教ではなく、この「因果応報=平等思想」なのです。
これ気づけるかどうかに掛かっています。
「日本人の文化や価値観を朝鮮儒教に明け渡してはいけない」と声を大にして言いたいです。
本当の意味で”日本人らしさ”とは何なのか?
その意味を私たちは知らないといけないと思います。
過去最低のいいねだった
みんなラリーが好きなんだろうか?
私は今でもバンパーを大きな緩衝材にすべきだと思ってるんだが、資本の論理が許さない
みんな競争に洗脳されちゃってるんだな
911(というと震災を指すみたいですが私は東電災、原発災の意で使いました)の日本全滅の危機に感情露わに東電を叱り飛ばす菅直人の姿に私は「誠実」と「必死」を感じました。
東電という自民献金大手ゆえの「何をやっても許される」と勘違いしていた東電経営陣はそれで反省するどころか「エリートの我々を怒鳴りつけるとは、、、許さない!」と”恨”の感情に支配されたように思います。その後の強烈かつ異常な菅直人バッシングは大スポンサー東電の意向に忠実に従ったマスコミ(TV局・大新聞)のいつもの連携プレーだと考えます。
また、ここでも>多くの人が「統一教会が日本社会を操っている実態」を知らない>ことによる洗脳が容易に完成し、”多くの人”がヒステリックに菅直人たたきの尻馬に乗ってしまったという図式ではないでしょうか。
無知を突かれて統一教会にお金を吸い取られてしまった庶民はその金で操られる高級官僚や政治家の思いのままにさらに追加で吸い取られ、、、。これでは生活が楽になんてなるわけがない。みんな(このブログにたどり着くだけの知的好奇心を持っていないか放棄した人)、頼むから知る努力をしましょうよ。統一教会は危険だし、原発も危険ですよ!!
特に最後の一文。
>みんな(このブログにたどり着くだけの知的好奇心を持っていないか放棄した人)、頼むから知る努力をしましょうよ。統一教会は危険だし、原発も危険ですよ!!>
これ↑は全く同感です。
ただ、判断力や洞察力を養ってこなかった人は
(残念ながらその種の人がこの国の多数派です。)、ここのブログに辿り着けても、アマさんの記事の重要さは理解できないでしょう。
>その後の強烈かつ異常な菅直人バッシングは大スポンサー東電の意向に忠実に従ったマスコミ(TV局・大新聞)のいつもの連携プレーだと考えます。>
これもウィル父さんの仰るとおりだと思います。
菅直人はこの事故の後、原発廃止を宣言して
「原発推進勢力や統一教会と繋がる政治家やメディア、及び無知な国民」から総バッシングを受けました。
菅直人がいかにダメ政治家であるか?
原発対応で重大なミスを犯したか?などが
喧伝されました。
原発推進勢力は国民を洗脳する作戦に出て成功したのです。
菅直人をスケープゴートにしたと私は見ています。
菅直人を評価できない点はいくつもありますが
(財務省に騙されたなどは全くお粗末)
原発対応はミスもあったかもしれないけど彼は誠実だったと思います。
(菅直人のミスとされている話の多くは「事実ではないデマ」を流されたものです。)
引退する直前まで「維新のヤバさを訴え続けていた」点は評価します。
判断ミスはありましたが、少なくとも人間の誠実さを失っていない政治家だったと思います。
私が知る限り、統一教会との関わりもないです。
この点は重要です。れいわや共産党以外で統一教会と関わりがない政治家は多くはないからです。
(一旦切ります。)
なお、新しい政党であるチームみらいは統一教会と関わりが見つかっていませんが、私は隠れ統一教会の可能性は否定できないとみてます。
(特に代表の安野。この男の妻は何と文春の文芸部に所属しています。週刊文春には関わってなさそうですが、この夫婦は「要・観察」だと思う。)
みらいは新自由主義の申し子の様な連中ですが、2月の衆院選の結果を見れば、不正選挙の要となったのは間違いありません。
この事もあってか宗教との関わりが噂されるのを否定する為に、つい最近も疑惑否定の為の記事をアップしています。
https://teammirai.client.jp/articles/fact-check-religion.html
これ↑などは”いかにも”な内容で、
「書いてある事をそのまま信じる”素直過ぎる人”」などは、簡単に騙されそうな記事です。
こんな記事がネット上に揚がっている事からも
宗教との関わりのイメージを消したい様です。
ちなみに記事にあった真如苑も日本会議系カルトです。
大事なことなので、もう一度言います。国民投票になれば100%改憲だよ。だって改憲という投票結果となる三重四重の仕掛けがあるんだもん。100%改憲になるから国民投票を呼び掛けているんだよ。
https://www.47news.jp/14383180.html?utm_source=twitter
自民党は読売、朝日、毎日、日経、系列局、NHK、電通、共同通信を押さえているわけですよ。だから不都合な記事は掲載させないし、世論調査や支持率もお手盛りにできる。改憲に賛成する世論も簡単に作れるわけです。現にそうなっている。国民は権力と報道が一体化する恐ろしさに気付いていないのです。
党員数を調べたら、共産党25万人、社民党7400人、れいわ1万人、参政党4万人、憂国連合5000人だった。ところが党員数がたった2500人のチームみらいが、381万票を獲得して、11名の当選者を出した。組織票がものを言う比例区だよ。党員数100倍の共産党はたった4議席だよ。>
<うこっけい@ps2YudrdIpWd9J3
NHKが自民党政権の嘘をサポートしていることを
忘れてはいけない。🐔>
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