最近、愛子ちゃんの帰趨が騒がれていて、愛子天皇就任を推す声が圧倒的ななかで、統一教会の忠実な下僕として、「日本から天皇制を廃止させる」という文鮮明の指示を実現するため、愛子天皇を永久に追放する高市早苗政権の活動=「皇室典範改定」が加速している。

 背後には、同じく統一教会の麻生太郎の指示があると見られている。(日本政府内の統一教会、核心部隊は、国税庁を利用して、文鮮明指示を実現している財務省である。麻生は財務省と一体)
 https://note.com/tokaiama21/n/n9350adbdfaea

 ただ統一教会側は、天皇制による権力権威礼賛の世論を利用し、天皇の血統を、朝鮮の血統に入れ替えることを目的にしているようにみえる。
 それは秋篠宮紀子の血だ。紀子の母親、川嶋(杉本)和代は、朝鮮総連での勤務が暴露されていて、北朝鮮系帰化人といわれている。
 紀子の子、悠仁が天皇位につけば、天皇制は朝鮮のものになる。

 和代の父とされる杉本嘉助は本当の親ではないように思える。和代氏は日本人ではなかった可能性が強い。和代氏の人相は、典型的な北朝鮮人のものだ。
 和代氏が統一教会と関係している明確な証拠は、今のところ出てきていないので、風評にすぎないのだが、北朝鮮人、それも両班特有の人相を知っている人なら、以下の写真だけで、なるほどと納得できるだろう。
 https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEj50sD64yYPPSAv_GmqsCm-yO5F6AFfyTJXKECQLL6X02VGH9CcuW4KnUN6UkCd4uLi7DKjf9INYBKlgDioDvsVO7Qcb3jm-i130yJqbzguNjacZhhBRHIb-PqJow6wy1J8ZT7qY7BcNA/w1200-h630-p-k-no-nu/Kimchi2.jpg

 文鮮明は、イムジンガンの北にある平安北道、定州の両班だった。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%87%E9%AE%AE%E6%98%8E
 1900年頃、日本政府が、文の所属する李朝両班の奴隷制度を廃止させた。経過は「翔ぶが如く」にある。
 西郷は、朝鮮密偵からもたらされた両班の奴隷制度に激怒し、1873年に征韓論をぶちあげたが、西南戦争に阻まれた。西郷の遺志が実現するまでに27年を要したが、日本政府は朝鮮併合とともに、両班の歴史的利権をすべて取り上げた。

 文鮮明や朴正煕、李承晩ら韓国トップは、すべて両班出身である。理由は、両班にしか教育が与えられておらず、8割の国民は、日本の朝鮮総督府によって、はじめて教育機会を与えられたからだ。読み書きができなければ、政治や経営をすることはできないので、韓国特権階級は、すべて両班出身ということになった。財閥も同じだ。

 両班は、自分たちが遊んで暮らせる巨大利権だった奴隷制度の廃止に激しく怒り、凄まじい怨念で、日本国を敵視することになった。
 https://www.youtube.com/shorts/rTcm3LF0i7s
 朝鮮では、先祖の恨みは千年(文は420世代という)続き、子孫が晴らさねばならない義務があると朝鮮儒教が教えていた。

 文鮮明や朴正煕が「国際勝共連合」と統一教会というカルトをつくり、「自分たちよりも下の存在」と見下してきた日本による朝鮮支配の復讐を始めた。
 そして、天皇血統を廃止し、政府を支配して、税金を4~5倍に上げて、日本人口を5000万人以下にする計画が実行されはじめた。
 それは1960年代のことだ。
 https://www.youtube.com/watch?v=eSB4kTA-rAw

 このことは、このブログで数百回も取り上げて、読者も飽きているかもしれない。
 https://note.com/tokaiama21/n/n4b904108e90f
 だから、統一教会が現在の血統を廃止させ、自分たちの(朝鮮の)血統にすり替えて天皇制を乗っ取ろうとしていることに絞って話を進める。
 
 そもそも天皇制は、どういう理由で作られたのか?
 最初に断っておくが、私は孔子儒教の先天的序列(例えば男のほうが女より上という男尊女卑)など嘘の塊だと思っていて、人間は、生まれてから死ぬまで平等、対等であるべきと思っているので、特権階級を生み出す天皇制には反対だ。

 洗脳教育を受けないで、普通に世の中を見られる人なら、人間に先天的序列など存在せず、誰もが同じ人間であることを、いやというほど思い知って生きてきたはずだ。
 天皇も、実は明治維新までタダの神主にすぎない人だった。
 これが、特別な血統、特権を受ける存在としたのは、本居宣長から平田篤胤に至る幕末の国学思想の潮流である。

 薩長土肥、維新勢力は、平田国学を維新の共有思想とした。平田は南北朝以来、北朝天皇が表舞台に立ってきたのだが、正統は、後醍醐南朝であるとし、維新組=松下村塾生を中心に、北朝撲滅部隊が作られ、江戸最期の天皇である孝明を暗殺した。
 手を下したのは、伊藤博文と井上馨だった。孝明の妾だった岩倉具視の姉の屋敷で、厠に潜り込んで下から刺し、孝明は三日三晩苦しんだ末に死んだ。

 新政府が、明治天皇に即位させたのは、長州奇兵隊力士隊に所属する、自称南朝末裔の大室寅之祐だった。彼はフルベッキ写真で最前列中央にいる。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AB%E3%83%99%E3%83%83%E3%82%AD%E7%BE%A4%E5%83%8F%E5%86%99%E7%9C%9F#/media/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Verbeck_picture.jpg

 孝明の本当の子は、中山慶子が産んだ祐宮といい、5尺の小柄で蹴鞠の達人だった。慶子の父だった中山忠能が、維新秘密暗殺部隊から密かに匿ったといわれ、新政府は、彼を「堀川天皇」として、祭祀を司らさせたといわれる。大正天皇の実父といわれるが真偽は不明。
 明治天皇は、6尺豊かな大男で、人目で祐宮と別人だとわかった。
 (たくさんのリンクを紹介しようとしたら、ほとんど削除されていた。まだ最近だ)
 https://ameblo.jp/japmasa778/entry-12228675018.html

 大室は、天皇に即位後、南朝末裔が疑われた。明治帝には、五人の側室と15人の子がいたが、男子5人は全員殺害されたと噂される。柳原愛子の子、大正帝は、大室の子ではない。もしそうなら最強の天皇になっていただろうが、遺伝障害のため受精能力がなく、知的障害があったともいわれる。
 昭和帝の父も大正帝ではなく、西園寺八郎と鬼塚英昭が指摘しているが、真偽はわからない。また、西園寺公望と裕仁が兄弟だったとの説もある。

 天皇家の神武以来、万世一系血統説も、もちろん理論的にありえない虚説であり、これは天皇神話を国民統治思想として利用した、山縣有朋が平泉澄に作らせた見え透いた虚構である。これを、まともに信じて、未だに言い張っている自民党議員、ネトウヨ、自称歴史学者は、陳腐というしかない。
 こんな連中が、秋篠宮のDNA鑑定を「恐れ多い」として拒絶しているのだ。

 そもそも、天皇はAD702年の大宝律令から使われだしたもので、それまでは王にすぎなかった。まあ、地方豪族に毛が生えた程度だった。
 天皇の中央集権的権威が成立したのは、AD500年代の継体王からだが、継体は百済武寧王の子という説が有力な、三国湊に上陸した渡来人であり、それまでの九州王朝、弥生人による大和国とは完全に血統が異なる女真族天皇である。

 九州王朝は、2600年前の神武降臨以来だが、彼らは呉越戦争で敗北し、坑刑皆殺しを逃れて蘇州を脱出し、台湾、山東、朝鮮南岸、九州などにたどり着いた子孫であるという説が極めて有力である。
 だから、山東、済州島、九州では同じ「倭寇」の文化=照葉樹林帯文化圏が残っていた。民俗学・文化人類学研究者の間では大昔から常識だった。

 この大和王朝を継体の一族が乗っ取ったのだが、その始まりは、日本書紀に記されたAD300年頃、弓月君=秦氏の日本上陸だっただろう。
 このとき、当時の日本人口の一割にあたる百済女真族がエベンキ新羅に追われて日本に渡来した。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%93%E6%9C%88%E5%90%9B

 彼ら、騎馬文化の民族が、倭社会の弥生人文化を根底から変革した経過は、江上波夫の騎馬民族征服王朝説に詳しい。
  https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A8%8E%E9%A6%AC%E6%B0%91%E6%97%8F%E5%BE%81%E6%9C%8D%E7%8E%8B%E6%9C%9D%E8%AA%AC

 王制=天皇制が、倭社会、日本社会にどうして必要だったのか?
 それは、侵略拡大を求める中国王朝の存在であり、中央集権国家であることを示さなければ、日本国家が中国の属国にされる運命を避けられなかったからだ。

  なぜ日本に「天皇」という文化が生まれ育ったのか 2019/5/12
 https://news.yahoo.co.jp/articles/43add10ae5f278af3608f155880e62fc5797b557
 以下、一部抜粋引用

 「天皇」という言葉と概念が登場するのは、天皇史上もっとも権力が集中した天武帝の御代とされる。文字、都市、法律、その他、中国を規範として国家制度が整えられていく時期であり、天皇文化が中国文化との関係によって成立したことは明らかだ。しかしそのままではない。

 民族と文化の激しい戦いが続いた地中海文化と比べ、黄河長江文化には強力な一神教としての宗教が成立しなかった。儒教は道徳に近く、道教の源流となった老荘思想は哲学に近く、宗教ではないという人もいる。つまり比較的宗教色が薄い文化なのだ。しかし「天」という概念に対する尊崇の念は強かった。

 それぞれの国を治める「王」を超えて、一つの文化圏としての中国全体を治める「皇帝」という概念ができたのは始皇帝のときだが、以後、中国の歴代皇帝は天帝(天の支配者=北極星を象徴とする神のような存在)の子として「天子」とされた。「天皇」はこの「天」を含むので、皇帝より上の感覚もあり、形而上学的(宗教的)な意味をより強く含む。

 中国やヨーロッパから見れば、一人の王の領域ほどしかない日本列島が、今なお、皇帝さえ超えるほどの意味をもつ象徴を抱えているということになる。
 “偉そうなところのある”文化なのだ。とはいえ、王朝が交代する中国(易姓革命)やヨーロッパと比べ、「万世一系」とされるように圧倒的な歴史の長さがあることは事実である。というより「これ(天皇家)だけは変わらない」というのが日本文化の特質である。
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 一部引用以上

 あまり参考にならなかったが、一つの強力な中央集権王朝が成立していて、強大な武力を持て余している時、弱みをみせた周辺地域を、次々に併合してゆくのが国家権力というものの性質だ。
 この脅威を抑制するには、国家を成立させ、一致団結した中央集権制が成立していることを示さねばならなかった。
 これが、王を作り出し、集団武力組織を作り出し、国家を作り出した。
 このあたりのメカニズムは、エンゲルスも「家族私有財産国家」のなかに触れている。

 もし日本に天皇を核心とする強力な中央集権制がなかったなら、侵略を受け潰されていた可能性は高い。これは歴史の摂理といってもいい。
 天皇制は、日本という中央集権国家の象徴であるとともに、国民団結の象徴であったことも事実だろう。

 だから、人々は、天皇家に特別な人格と特権を付与し、祭祀を司らせた。
 文鮮明が、天皇家を韓国、朝鮮に乗っ取らせる本質も、同じで、天皇制を朝鮮人が奪うことの意味は、日本統治の主権を韓国統一教会が奪うということであり、これによって、李朝両班が奴隷制という巨大利権を日本に廃止させられた怨念を晴らし、復讐と遂げることができるのである。

 愛子ちゃんの運命は風前の灯火なのだが、まあ、日本の中央集権制を確保し、中国、朝鮮半島の侵略から守るシステムが新たに成立するなら問題はない。
しかし、個人的な立場でいえば、愛子ちゃんに何か特別なものを感じるのも事実で、高度な知性、豊かな人間性、包容力が見えていて、私は彼女に好感を抱いている。

 愛子ちゃんの真価が発揮されるのは、たぶん40歳を過ぎてからだろう。彼女が日本国のキーウーマンであり、核心的人物になるだろうという予感は強くしている。
 何度も書いているが、愛子天皇を阻むことは、たとえ統一教会高市早苗でも不可能だと思う。あまりにも人間の格が違いすぎる。
 同じ人間にすぎないんだけどね。愛子ちゃんのウンコだけ芳香がするということはないだろうね…。
 (平安時代の庶民信仰に、実際に貴人のウンコをありがたがった記録がある)